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33話 ライオネル様がいないと寂しいですわ①

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 ライル様に会わないまま、学院の年間行事で決められているキャンピングスクールに向かうことになった。

 この行事は生徒たちの親睦を深めるためのもので、少し遠出をして二泊三日の旅行をするものだ。いつもは話すことのない生徒と親交を深めたり、また地方の平民の暮らしに目を向けて将来の領地経営に役立てたりと学べることがたくさんある。

 今回の目的地は王都の南にある街、マリンフォレストだ。海と山に挟まれ観光地や避暑地として人気があり、周辺の国から訪れる観光客も多い。わたくしたちは海を見下ろすように建てられた、貴族向けの高級ホテルに宿泊することになっていた。

 本当ならライル様も一緒に行けるはずでしたのに……寂しいですわ。手紙のひとつもこないなんて、あの噂に関係あるのかしら?

 ライル様が学院に来なくなってもう二週間が経つ。
 その間に信じられないような噂が耳に入ってきた。ライル様がマリアン様と婚約するというのだ。わたくしとの婚約が解消されたと聞いてはいないし、毎日送迎にきてくれるジークも婚約についてはなにも言及していない。

 本当にマリアン様と婚約するための準備で学院に来れないの? 違う、そんなわけない。ライル様は本当にわたくしを想ってくれていた。わたくしがライル様を信じないで、誰が信じるというの!

 不安で揺れるわたくしに明るく声をかけてきたのは、同室で宿泊するシルビア様だ。

「ハーミリアさん、あれを見て! 話には聞いていたけれど、海はこんなにも青くて広くて心躍るものなのね!」
「シルビア様の領地は北方の山脈付近ですものね」

 シルビア様の領地は山に囲まれているから、海を見るのは初めてらしい。いつもはツンとすました淑女らしい立ち居振る舞いなのに、今は年相応の少女のようにはしゃいでいた。

「そうですわ! 後で海辺に行ってみましょう。あの大海原を前にして、そんな暗い顔をしていたらもったいないですわ」

 それでもわたくしを友だと認めてくれて、ライル様がいない不安を抱えているのをさりげなく励まそうとしてくれる。素直じゃないけれど、温かい心の持ち主であるシルビア様にわたくしも笑顔になった。

「ふふ、そうですわね。後でたくさんライル様にお土産話ができるように、わたくしも楽しみませんと損ですわね」
「そうよ! ハーミリアさんはそれくらい図太くいてくださらないと、私の調子が狂いますわ」
「シルビア様のおかげで、もう大丈夫ですわ」

 頬を染めて「それなら結構ですわ!」とそっぽを向いたシルビア様は、相変わらずかわいらしかった。
 普段なら侍女が付き添う旅行も、学院の行事なので荷物の整理は自分でしなければならない。そういったことを経験するのもこの旅行の目的のひとつだった。

「ハーミリアさん、荷物は片付きまして?」
「はい、大丈夫です。夕食まで時間がありますし、浜辺に行ってみますか?」

 今日は到着したばかりだから、次の集合は夕食時間になる。それまでは自由時間とされていた。おそらくさっさと荷物を片付けた生徒は、観光したり現地の視察をしたりと行動していることだろう。

「ええ、もちろんですわ! ハーミリアさん、帽子を忘れてはいけませんわよ。海辺は日に焼けやすいと侍女長が言ってましたわ」
「ええ、しっかりと用意できてますわ。さあ、シルビア様、行きましょう」

 ホテルの正面エントランスの前には、五分も歩けば抜けられる海岸防風林がある。木々の間をすり抜けて向こう側に出れば、眼前にコバルトブルーの大海原が広がっていた。

「まああ! 海ですわ! 私絶対にここに来ようと思っていましたの!」

 嬉しそうに満面の笑みを浮かべるシルビア様に、わたくしまで笑顔になった。
 周りを見れば他にも同じ制服を着た生徒たちが海辺に来ていて、散歩したり打ち寄せる波に戯れたりと自由に過ごしている。子供のようにはしゃぐシルビア様に腕を引かれて、わたくしたちも海辺を散歩することにした。

「ねえ、ハーミリアさん、私も波打ち際で戯れたいのですけど、はしたないかしら……?」
「そうですね、侍女がいたら小言を言われるでしょうけど、今はおりませんわ」
「あら、ハーミリアさんは友は友でも、悪友ね」
「ふふ、シルビア様の友人なら、悪友でも光栄ですわ」

 ふたりで笑い合って、靴を脱いでハイソックスを詰め込む。砂浜の感触に驚いたシルビア様の手を引いて、押し寄せる波に思いっ切り足を踏み入れた。

「きゃあっ! 冷たいですわっ!」
「あはっ、シルビア様、もう少し海へ入りましょう」
「ええ、でも濡れてしまいますわ」
「すぐに乾くから問題ありませんわ」

 そんな風にぐいぐいとシルビア様をリードしていると、突風に煽られてわたくしの帽子が砂浜の方へと飛んでいってしまった。

「いけない、帽子が飛ばされてしまったわ。シルビア様、少し待っていてくださいますか?」
「ええ、もちろんよ」

 濡れた足のまま急いで帽子の元へ向かうと、わたくしの帽子に手を伸ばす男性がいた。
 燃えるような赤髪に琥珀色の瞳で、まるでライル様と正反対の印象だ。すらっとした長身だけど、剣で鍛えているのか体つきはがっちりとしていた。



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