11 / 62
11話 不器用すぎる僕①
しおりを挟むハーミリアが口をきけなくなった翌日、僕は心配のあまり彼女の寝室にノックもせずに侵入してしまい、冷めた目を向けられた。
かつてないほどの失態に、激しく自己嫌悪したが時既に遅しだった。
僕はタックス侯爵家の三階にある私室に戻ってから、今度こそ愛しいハーミリアに捨てられるのかと激しく落ち込んでいた。
「はあ、ライオネル様。いい加減シャキッとなさってください」
「もう、ダメだ。僕は、ついに愛想を尽かされたのだ……!!」
「ハーミリア様がやっと不良物件を掴んだと理解されたのですね。よかったです」
「ジーク、なんてこと言うんだ! まだ婚約破棄されていないぞ!」
前日からいつもと違うハーミリアの態度に不安を感じて、侍従であるジークに話し相談に乗ってもらっていた。彼は僕の乳母の子として共に侯爵家で育ってきた兄のような存在で、本当に頼りになる。
「昨日はあんなに深刻な顔でどうしたのかと思いましたけど、ついにご自分で決着をつけられたのですね」
「だから! まだハーミリアは僕の婚約者だ!」
「わかってますよ。昨日も泣きそうな顔でハーミリア様に嫌われたかもしれないって言い出したから、励まそうと思ったんです」
「いや、むしろ傷口が広がってるんだが?」
……少々乱暴なところはあるが、本当にジークは頼りになるのだ。
それに比べて不器用な僕は、人の二倍も三倍も時間をかけて勉強も魔法も身につけてきた。剣術だけは絶望的なセンスでどうにもならなかったけれど。
それでもハーミリアの婚約者として不動の地位を築くために、なんでも必死にこなしてきたのだ。
だけど僕がこんなに情けないから、ついに見切りをつけられたのかもしれない。
僕はひと目見た瞬間に天使のように愛らしく、女神の如く心の美しいハーミリアに心を奪われた。
父上と母上に彼女以外とは結婚しないと主張して、半ば脅しをかけて婚約を結んでもらった。もちろんハーミリアの生家が潤うように、できる限り融通している。
ハーミリアの素晴らしいところは、見た目の美しさだけではなかった。
努力しないと人並みにこなせない僕を笑うことなく、立派だと褒めてくれたのだ。
僕が努力の天才だと言って、ずっと支え続けてくれた。
それが本当に嬉しくて、いつだって僕はハーミリアに優しく背中を押されてきたのだ。
幸い友人たちとのコミュニケーションはさほど苦労してこなかった。
ただの友人や、貴族の令嬢子息なら穏やかに微笑んでいれば、大抵相手から歩み寄ってくれた。もちろん僕の実家の影響もあるだろう。
でも本来自分は不器用だと理解していたから、穏やかで正しい人間であるように心がけてきたし、誇り高くあるべきだと矜持を持ってやってきた。それですべてが上手くいっていた。
だけどハーミリアの前に出るとダメだった。
僕はハーミリアが好きすぎて彼女を前にすると思考停止してしまい、他の人間と同じように対応できなかったのだ。それでも今までは、嬉しそうに楽しそうに話しかけてくれるハーミリアを、五感のすべてを使って受け止めてきた。
本当は彼女を前にすると、心臓が壊れるほど激しく鼓動して、息をするのも忘れてしまいそうになる。
彼女の声は僕の耳に心地よく、ずっと聴いていたくなるから、いつも返事がひと言で終わってしまった。
彼女の笑顔を見れば顔が緩んでだらしなくなるから、いつもより表情筋に力を込めていた。
視線なんて合わせたら目を逸らせなくなるから、いつもこっそりと盗み見ていた。
もし彼女と同じクラスだったなら、成績を維持するのも難しかっただろう。だってハーミリアに見つめられただけで、頭の中が花畑になってしまうのだから。
それなのに、昨日からひと言も言葉を発してくれなくなった。
30
お気に入りに追加
2,746
あなたにおすすめの小説
私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。
木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。
彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。
それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。
そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。
公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。
そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。
「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」
こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。
彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。
同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。
本日は、絶好の婚約破棄日和です。
秋津冴
恋愛
聖女として二年間、王国に奉仕してきたマルゴット。
彼女には同じく、二年前から婚約している王太子がいた。
日頃から、怒るか、罵るか、たまに褒めるか。
そんな両極端な性格の殿下との付き合いに、未来を見れなくなってきた、今日この頃。
自分には幸せな結婚はないのかしら、とぼやくマルゴットに王太子ラスティンの婚約破棄宣が叩きつけられる。
その理由は「聖女が他の男と不貞を働いたから」
しかし、マルゴットにはそんな覚えはまったくない。
むしろこの不合理な婚約破棄を逆手にとって、こちらから婚約破棄してやろう。
自分の希望に満ちた未来を掴み取るため、これまで虐げられてきた聖女が、理不尽な婚約者に牙をむく。
2022.10.18 設定を追記しました。
ある日愛する妻が何も告げずに家を出ていってしまった…
矢野りと
恋愛
ザイ・ガードナーは三年前に恋人のロアンナと婚姻を結んだ。将来有望な騎士の夫ザイと常に夫を支え家庭を明るく切り盛りする美人妻のロナは仲睦まじく周りからも羨ましがられるほどだった。
だがロナは義妹マリーの結婚式の翌日に突然家を家を出て行ってしまう。
夫であるザイに何も告げずに…。
必死になって愛する妻を探す夫はなぜ妻が出て行ってしまったかを徐々に知っていくことになるが…。
※この作品の設定は架空のものです。
※お話の内容があわないは時はそっと閉じてくださいませ。
前世の推しが婚約者になりました
編端みどり
恋愛
※番外編も完結しました※
誤字のご指摘ありがとうございます。気が付くのが遅くて、申し訳ありません。
〈あらすじ〉
アマンダは前世の記憶がある。アイドルが大好きで、推しが生きがい。辛い仕事も推しの為のお金を稼ぐと思えば頑張れる。仕事や親との関係に悩みながらも、推しに癒される日々を送っていた女性は、公爵令嬢に転生した。
推しが居ない世界なら誰と結婚しても良い。前世と違って大事にしてくれる家族の為なら、王子と婚約して構いません。そう思っていたのに婚約者は前世の推しにそっくりでした。
推しの魅力を発信するように婚約者自慢をするアマンダに惹かれる王子には秘密があって…
別サイトにも掲載中です。
【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
亡くなった王太子妃
沙耶
恋愛
王妃の茶会で毒を盛られてしまった王太子妃。
侍女の証言、王太子妃の親友、溺愛していた妹。
王太子妃を愛していた王太子が、全てを気付いた時にはもう遅かった。
なぜなら彼女は死んでしまったのだから。
今さら、私に構わないでください
ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。
彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。
愛し合う二人の前では私は悪役。
幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。
しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……?
タイトル変更しました。
【完結】悪役令嬢の妹ですが幸せは来るのでしょうか?
まるねこ
恋愛
第二王子と結婚予定だった姉がどうやら婚約破棄された。姉の代わりに侯爵家を継ぐため勉強してきたトレニア。姉は良い縁談が望めないとトレニアの婚約者を強請った。婚約者も姉を想っていた…の?
なろう小説、カクヨムにも投稿中。
Copyright©︎2021-まるねこ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる