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5話 歯が痛いですわ!!①

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 その日もいつものようにライオネル様が迎えにきて、馬車に乗り込んだ瞬間だった。

 小枝を踏んだようなパキッという音ともに、突然言葉を発することができないほどの激痛がわたくしを襲った。

 ズキズキと痛んでいるのは、口の中のようだ。とりあえずライオネル様をお待たせしたくなくて、馬車に乗り込み痛む元凶を探し出す。

 痛いのは……左側ですわね。頬かしら? いえ、違うわね。 これは、歯が痛いのだわ!
 でもどうして歯が痛むのかしら? 毎日口の中もしっかりケアしているし、今までこんなことはなかったのに。

 ほんの少し舌先で触れてもズキズキと痛みが増すので、これでは話すこともままならない。今日の授業はどうしようかと考えていると、強い視線を感じた。

 こんな狭い馬車の中でわたくしを見つめるのは、ライオネル様しかいない。痛みを堪えて顔を向ければ、バチッと視線が合う。

 歯は痛いけど、滅多にないことで心臓がドキッと跳ねた。
 まっすぐにわたくしを見つめるアイスブルーの瞳は、なにかを窺っているようだった。

 絡まる視線を堪能していたら、馬車がガタンッと揺れてほんの僅かな振動を受ける。それだけでズキーンと痛みが響いて、思わず俯いてしまった。

 なんてことなの!
 せっかくライオネル様と視線が絡んでいたのに、わたくしから逸らしてしまうなんてありえませんわっ!!

 でも、振動が伝わって、ズキーン、ズキーンと痛んで口が開けない。
 ライオネル様に心配をかけたくないので、俯いたままなんとか痛みに耐え続けた。話すこともできなくて無言のまま馬車は進んでいく。

 かつてないほど静まり返った馬車の中には、なんとも言えない空気が流れていた。



 学院に着いて馬車から降りるときもそーっとそーっと足を下ろす。いつものように手を差し伸べてくれるライオネル様に話しかけることもできず、完璧な淑女の微笑みを浮かべて誤魔化す。

 ひぃぃぃぃぃっ!! 足をついただけですのに、痛いですわ——!!
 いったいなんですの!? わたくしになにが起こってますの!?

 しかも表情筋を動かすだけで激痛が走る。今まで叩き込まれてきた貴族令嬢魂で、アルカイックスマイルを貼り付けたまま校舎へと向かった。

 普段話しまくるわたくしがひと言も話さないから、ライオネル様はまだわたくしをジッと見つめている。

 こんなに見つめられたのは初めてではないかしら。
 歯は痛いけど、これはこれで嬉しくてたまらないわね!

「ハーミ——」

 その時、校内がにわかに騒がしくなった。
 わたくしもライオネル様もそちらに視線を向けた。どうやら誰かが倒れて保健室ではどうにもならずに、王都の大きな治療院へ運ばれていくようだ。

「おい、大丈夫か?」
「クァwせdrftgyふいじこ!!」
「え? なんだって?」
「あqwせdrftgyふじこ!!!!」

 まともに歩けないようで女生徒が担架に乗せられて過ぎていく。
 女生徒は涙を流しながら、両頬をパンパンに腫らした状態でゆっくりと進んでいった。どうも早く歩くと顔が痛むらしく、そろりそろりとしか進めないようだ。

 それでも痛みに耐えかねるのか、まともに話せないのに必死になにかを訴えていた。

 わたくしも女生徒の気持ちがほんの少しだけ理解できる。あんなに顔が腫れてはいないけど、今だってズキズキと歯が痛いのだ。

 可哀想にと思って見ていると、なぜか女生徒はわたくしを憎悪のこもった目で睨みつけてきた。

 あら、あれはドリカさんよね? ああ、ジッと見つめてしまったから、気を悪くされてしまったのね。ただでさえ注目を浴びてお恥ずかしいでしょうに、申し訳ないことをしたわ。

 ピンクブロンドのふわふわの髪が可愛らしい、何度も嫌がらせをするくらい活発なご令嬢だ。さぞおつらいことだろうと心を痛めた。

 ちなみに嫌味ではなく本心である。嫌がらせなどという小さいことに興味はないのだ。

「まあ……男爵令嬢など役に立たないわねぇ……」

 後ろでポツリとつぶやいた声が聞こえたけれど、生徒たちのざわめきにかき消されてしまう。

 痛みを堪えて振り返ると煌めく金髪の後ろ髪が見えた気がした。だけどその髪色の生徒はたくさんいるので、すぐに見失ってしまう。

「行こう」

 ライオネル様に促されたのと、また歯の痛みに襲われてそんなことがあったのをすっかり忘れてしまった。




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