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第二章 炎の山

32. 同室への依頼

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 異世界の勇者達のためにと国からあてがわれた部屋で、三人の男が無気力に時間を浪費していた。その表情は誰かの葬式に参列しているかのように暗い。

「……どうするよ?」
「どうするって言われても……」

 生気のない声で尋ねる一ノ瀬いちのせみなとに、同じく生気のない声で沢渡さわたり和真かずまが答える。そして、そのままお互いため息を吐いた。こんなやり取りがもう三十分以上も続けられている。

「正直、手の打ちようがないですね」

 眼鏡を吹きながら夏目なつめ遊星ゆうせいが諦めたような口調で言った。

「あんな事、急に言われても……俺達に選択肢なんかなかったじゃねぇかよ」

 湊が愚痴りながらベッドにゴロンと転がり、天井を見つめる。

 湊達がこうなる一時間ほど前、大臣のカイル・エシャートンに呼ばれた三人は執務室へと足を運んだ。

「えーっと……なんか呼ばれるようなことしましたっけ?」

 なんとなく職員室への呼び出しを思い出した港が恐る恐るカイルに尋ねる。隣では和真がおろおろしており、遊星も緊張の面持ちで立っていた。

「ミナト殿、そう警戒することはない。別にお主らを罰するためにここへ呼び出したわけではないのでな」

 カイルが笑いながらそう言うと、湊達がほっと安堵の息を漏らす。

「それではなぜ私達はここへ?」

 緊張は幾分和らだが、それでも呼ばれた理由に心当たりのない遊星が真面目な顔でカイルに問いかけた。

「うむ、実はお主らに国からの依頼を受けてもらいたいのだ」
「国からの依頼……?」

 一瞬で安心した気持ちが吹き飛ぶ。国から直々の依頼など、厄介じゃないわけがない。

「お主らは竜人種ドラゴニアを知っているか?」
「え? あぁ、座学で習ったな。竜みたいな人間だっけか?」
「……竜人種ドラゴニアとは、竜の血と人の血を併せ持つ亜人族の一種。見た目は人族と変わらないが、その身には強大な竜の力を宿しており、人族とは比較にならないほどの戦闘力を有する、と教えていただきました」

 湊のあいまいな答えを補足するように遊星が続けた。それを聞いたカイルは満足そうに頷く。

「うむ、よく学んでいるようで安心したぞ」
「その竜人種ドラゴニアと私達に何の関係が?」
「竜人種が住まう地は知っておるか?」

 遊星の問いには答えず、カイルが質問を続けた。当然知るわけがない湊が顔を向けてくるが、遊星は肩をすくめて首を左右に振る。すると、それまで静かだった和真がおもむろに口を開いた。

「えーっと……竜人種ドラゴニアはここから海を渡ったサリーナ地方の山奥に集落があるはず」
「おぉ、そこまで知っておったか。流石は'司書'のギフトを持つ者だ。その知識の量は天井知らずか」
「い、いえ……そこまでは……」

 カイルに褒められ、和真があいまいな笑みを浮かべる。

「よく知っていましたね。たしか、授業ではそこまで話してもらっていないはずです」
「うん。この城の書物庫で読んだことがあったんだ」
「はぁー……そういや、和真はよく書物庫行ってるもんな」

 自由時間になると、決まって和真が書物庫に行っている事を思い出しながら湊が言った。

「そこまでわかっているなら話は早い。お主らにはこれからサリーナ地方へ行って竜人種ドラゴニアと交渉してきてもらう」

 カイルの言葉を聞いた三人は仲良くポカンと口を開いた。言っている事の意味がまるで理解できない。

「……り、理由を聞いてもよろしいですか?」

 一番最初に我に返った遊星が声を上擦らせながら聞いた。

「お主らも知っての通り、彼らはとても強力な種族だ。これから魔族との戦いに備え、是が非でもこちらの戦力に引き入れたい」
「で、でも本には森霊種エルフ以上に閉鎖的で、多種族との関りを持とうとしないって書いてあったと思うんですけど……?」
「ふむ……確かに他の種族に興味がない。というより、俗世に興味がない。その強さゆえに、何が起ころうとも自分達だけで生きていく自信があるためだろうな」
「そ、それなら行くだけ無駄なんじゃ……」

 湊の言葉を、カイルが首を振って否定する。

「五十年前の魔族との戦いでは、こちら側につきその力を振るってくれた、と記されておる。可能性はゼロではない。魔王が現れた際、前回同様こちらの陣営として戦いに参加して欲しい旨を伝えてきてもらいたいのだ。万が一にも魔族に加担されでもしたら目も当てられないのでな。交渉は早いに越したことはない」

 三人が一様に黙りこくった。カイルの話は理解できる。理解はできるが、自分達が行くことに納得できたわけではなかった。
 なにより人選が意味不明だった。異世界から来た中で自分達はお世辞にも優秀とは言えない。特に戦闘面においてはそれが顕著であった。'大商人'に'司書'に'創作家'。およそ戦闘には向いていないギフトを持つ自分達が、未知の土地に住む未知の種族と交渉するなど、自殺をしに行くようなものではないだろうか。

「戦争の勝敗を左右する大事な任務だ。心してかかってくれ。移動には王国のヒッポグリフを貸し与えるので、それを利用するように」
「「「はい……」」」

 三人は力なく返事し、執務室からとぼとぼと自分達の部屋まで戻ってきたのだった。そして、今に至る。
 どうすることもできないという事はわかっているのだが、どうしても部屋から出る気が起きない。

「これってよぉ……もしかしたら……」

 湊がそこで言葉を切る。この先を口にしてしまうと、惨めな気分になりそうだった。だが、理性的な遊星が厳しい現実を突きつける。

「もしかしなくても捨て駒でしょうね。まぁ、竜人種ドラゴニアとの交渉が必要なのは事実だと思います。誰かが行かなくてはならなくて、それで選ばれたのが、失ってもそこまで痛手じゃない私達だったって話ですか」
「だよなぁ……」

 湊が両手で顔を覆った。

「和真、竜人種ドラゴニアってのは凶暴なのか?」
「それはわからないけど……好戦的な種族だとは書いてあったよ」
「交渉する前に叩きのめされそうですね」
「うわ……めっちゃ行きたくないんですけど。いっその事ばっくれるか?」
「国からの依頼ですからね。そんな事をしたら二度とここには戻ってこられないでしょう」
「だよなぁ……」

 三人が大きくため息をつく。どうやら覚悟を決めるしかないらしい。

「……ここで悩んでても仕方ありません。とりあえず、行ってみてから考えますか」
竜人種ドラゴニアを遠目から見て、マジで無理そうならとんずらだな」
「そうだね。……でも、逃げ出した後、僕達やっていけるかなぁ?」
「こんな事なら他のやつらみたいにガンガン冒険者の依頼をこなしていけばよかったな」

 『恵みの森』の一件以来、もっと実戦経験が必要だと判断した国の意向により、湊達は全員冒険者登録をさせられたのであった。当然、魔物と戦うのなど願い下げな三人は揃ってFランク冒険者だ。

「そういや、姐さんはどうする? 話してから行くか?」
「……すずさんには黙っていた方がいいと思います。あの方は無感情な顔をしているくせに、意外と激情型ですからね。怒り狂って魔法による直談判ってことになりかねません」
「すずさんならやりかねないね。ついでに僕達も魔法で処刑されかねないよ」
「大丈夫。怒り狂ったりはしない。……ボクに黙って行こうとした湊達には罰を与えるけど」

 カッチーン。三人が同時に凍り付いた。
 全身から冷や汗を噴き出しながら声のした方へと顔を向ける。そこには小柄なボブカットの美少女が、いつものように無表情で立っていた。その瞬間、三人は死を悟る。

「……さっさと準備して。先に獣小屋に行ってるから」

 問答無用で魔法による制裁が飛んでくると思っていた三人は、意外な言葉に目を丸くした。

「え? な、なんで姐さんが?」
「三バカへの依頼はボクへの依頼でもある」

 身長に比べて大きな胸をそらしながら、すずが得意げに言い放つ。それを聞いた三人が何とも言えない表情を浮かべた。

「すずさん……今回の依頼は危険が高すぎます。魔族ですら簡単には手を出せないような相手のところにあなたを行かせるわけにはいきません」
「遊星、生意気」
「痛っ!?」

 どこからともなく取り出した杖で、すずが遊星の脛を殴り飛ばす。あまりの痛さに遊星は床に転げまわった。

「そんな危険な場所に三バカだけで行かせる方が不安。ボクはお守り役」
「いや、そうは言っても……なぁ?」
「すずさんを巻き込むわけには……」
「湊と和真は脛よりも上がいい?」
「姐さん! 俺達と一緒に来てください!!」
「すずさんが一緒に来てくれるなら百人力だよ!!」

 自分達の股間をロックオンしながら大きく杖を振りかぶったすずを見て、背筋をピンと伸ばしながら二人が言った。

「……よろしい」

 その様子に満足げな顔で頷くと、すずはしっかり旅の準備をするよう三人に指示をし、獣小屋へと向かう。
 城の獣小屋には様々な生物が飼育されていた。その中の一つにヒッポグリフがいる。鷹の上半身に馬の下半身を持つ魔物で知能が高く、利を感じれば人間にも懐く魔物だ。巨大な翼を持ち、人を二人乗せた状態でも丸一日飛行することができるため、騎乗できる生物の中では重宝されている。
 そのヒッポグリフが飼われている小屋に意外な先客がいたため、すずの足がピタリと止まった。

なぎ……?」
「やぁ、すず。こんなところで会うなんて奇遇だね」

 今まさにヒッポグリフにまたがろうとしていた氷室ひむろ凪が驚いているすずに笑顔を向ける。

「何してるの?」
「ん……ちょっとね」
「……いくら凪でもヒッポグリフを無断で乗る事は出来ないはず」

 ヒッポグリフは貴重な移動手段だ。おいそれと貸し与えられるものではない。例えそれが、'勇者'に比肩しうる'剣聖'のギフトを持つ者であってもだ。

「そうなんだよね。だから、俺がヒッポグリフを拝借したことは黙っておいてくれないかな?」

 いつものように飄々とした態度で凪が言う。彼との付き合いは深い。何を考えているのかは何となくわかった。

「行くの?」
「…………」

 すずの問いかけにも凪は笑ったまま答えようとしない。だが、すずにとってはその反応が答えそのものだった。

「目的地は?」
「……一方的な情報は情報にあらず、てね。魔族がどんな相手か、この世界の人族から聞いた話しか知らないからね。すずも知ってるでしょ? 俺は自分の目で見たものしか信じないって」

 どうやら凪は魔族に会いに行くつもりらしい。すずがぐっと拳を握り締める。

「……澪はどうするの?」

 その質問で初めて凪の表情が揺らいだ。だが、何も答えず凪はヒッポグリフにまたがり手綱を引っ張る。

「凪……!!」
「ここにいる限り澪は安全だよ。まだ本格的に魔族との戦争は始まってないかね。それなら、その間に彼女のためにも元の世界へと変える方法を見つけたいんだ。それを魔族なら知っているかもしれないから俺は行くよ」

 そう微笑みかけると、凪はヒッポグリフと共に空へと駆け上がっていった。その姿をすずがじっと見つめる。

「……本当、馬鹿なんだから」

 ほとんど聞こえないほどに小さいすずの呟きには、溢れんばかりの切なさが込められていた。
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