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第二章 炎の山

14. 買い物

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 サリーナ地方への足掛かりを得た颯空は、港を後にし、その足で南地区の弁財天通りに行ってみる事にした。ここは颯空がこの街へ来た時に、一番初めに来た地区であり、最も商業が盛んな場所だ。当然のように朝市が開かれており、港同様の盛り上がりを見せている。

「リンゴやミカン、新鮮な果実がいっぱいだよー! お安くするぜー!」
「朝食に卵は必須でしょ! コカトリスの卵を入荷してるよ!」
「今日搾りたて、メークルの乳はいかがですかー? 栄養満点ですよー!」
「……朝から気合入ってんなぁ」

 早朝とは思わせない商人達の熱気に若干圧倒されつつも、その商人魂に感心させられた。彼らにとってはここが戦場なのだ。全力で事に当たるのが当然と言えば当然なのだが、それでもその熱量に流石は商業の街と思わざるを得ない。

「そこのお兄さん、うちの店見ていかない?」
「い、いや。悪いけど、他に行くとこあるんだ」

 魔物をあしらうのが得意な颯空も、こういう呼び込みの対応はどうにも苦手だった。ぎこちない仕草で断りながら目的地に向かう。

「ふぅ……やっと着いた」

 手ごわい商人達の魔の手を必死に振り払い、何とかここまで来る事が出来た。万屋よろずやコーラン。あのコール・インフルエンサーが営む商業店舗だ。

「これがあいつの店……」

 そう呟きながら、颯空は他の店に視線を向ける。明らかに店とは規模が違った。もしかしたら自分が思っている以上にコールはすごい男なのかもしれない。

「とりあえず中に入ってみるか」

 冒険者ギルドと同じレベルに立派な建物の中へと足を踏み入れる。

「……なるほどな」

 店に入った瞬間、コールが商人界隈で麒麟児と呼ばれる意味が少しわかった気がした。
 この世界の店は基本的に単種類の商品を取り扱っている。要するに八百屋や魚屋、肉屋だ。だが、この店は違う。例えるのであればここは百貨店。野菜や魚、肉も売ってるし、魔道具や消耗品も売っている。つまり、ここに来れば大抵の物がすべて手に入るという事だ。
 これだけの種類の商品を扱って利益を上げるという事は、それだけ多くの商品の相場を理解しなければならない。自分が元いた世界であれば、様々な部署に分けられ、それぞれがその道にのスぺシャリストになっていく事で負担を減らすところを、恐らくあの男は一人でそれを行っている。余程の商才がなければ実現不可能な所業とだろう。

「いらっしゃいませ」

 その事実を知り、コールへの評価を改めていた颯空に、店員が声をかけてきた。

「何かお探しでしょうか?」

 接客態度も他とは一味違う。むしろ、元いた世界と近いものを感じた。それをあの男が徹底させているのだとしたら、本当に恐れ入る。

「冒険者に必要な物を探してる」
「そうでしたか! でしたら、私がご案内いたしますがいかがでしょうか?」
「そうしてくれるとありがたい」
「かしこまりました!」

 店員の男は一礼すると、すぐさま品物を持ってきた。

「こちらはワンタッチでできる快適テントでございます! 冒険者には野宿がつきもの! とはいえ、魔物の戦いに疲弊しきった体でテントを設営するのはとても大変です! ですがこちらの商品、頂点のこのボタンを押しながら地面にたたきつけると、あら不思議! 一瞬で快適な空間をお客様にお届けいたします!」

 まるで通販販売の伝道師のように流暢な口調で商品を説明していく。

「お手軽さもさることながら、その機能は他のテントに引けを取らないどころか、遥かに凌駕しております! まずは、この大きさ! ご家族でも利用できるよう、ゆったりとした空間をご用意いたしました! 簡易ベッドであれば四つまで置くことができます! そして、照明! お客様が魔力を少し練るだけで、テントに付属した照明魔道具が最大十二時間稼働いたします! もちろん、照明のオンオフはお客様の任意で行う事ができます! 最後にセキリュティですが、このテントには魔物除け魔道具が搭載されておりますので、照明に魔力を注いだ時点でそちらにも魔力が行き渡り、凶悪の魔物からお客様を守る事間違いなしです!!」
「…………」

 アパレル店員もびっくりなほどの接客態度だ。だが、悲しいかな。そういう接客に慣れている颯空にとっては、お得感よりもうさん臭さが先行してしまった。

「使い勝手がよさそうなテントだな。いくらだ?」
「こちらのテント、最新式の技術を取り入れておりますので、他に比べて少しだけ値が張ります……とはいえ、数ある店の中から当店を選んでいただいたお客様にはサービスいたします! 本来は五万ガルドなのですが、赤字覚悟で特別に二万ガルドでお売りいたします! 特典として五千ギルド相当の簡易ベッドもつけさせていただきます!」

 サービス、赤字覚悟、特別、特典。消費者が大好物な単語だ。これもあの男の入れ知恵か? 定価の半額以下で買えるというのも購買意欲を全力で刺激してくる。
 ただし、今言った価格が本当に定価であるとすれば、だ。

「……そういえば、ギルド証をまだ出してなかったな」
「いえいえ、それを見せていただなくてもお客様が立派な冒険者であることは…………は?」

 何気なく出した颯空のギルド証を見て、営業スマイル全開だった店員の表情が固まった。

「コ、コココ、コール様の専属冒険者……!?」
「この店で買い物したら色々と安くしてくれるって聞いてな。冒険者に必要な物を全て見繕ってもらえるか? ……もちろん、?」
「は、はひ……」

 それまで調子よく話していた店員の男が、顔面蒼白になりながら商品を選びに行く。約束通りコールは五割引きで購入できるよう手はずを整えといてくれたようだ。数分後、赤字覚悟どころか赤字必死の低価格で冒険者の必需品を全て買い揃えた颯空が、満足顔で店を後にした。

「いい買い物ができた。早起きした甲斐があったな」

 購入した商品は全て闇魔法の"無限の闇ダークホール"に収納してあるため、颯空は手ぶらで帰路についていた。
 上機嫌で弁財天通りを進んでいく。早朝だというのに、多くの人が露店に並ぶ商品を吟味していた。必要な物は買い揃えていたのでこれ以上買う気はなかったが、それでも店に並べられている異世界特有の珍しい商品を物色しながら、颯空は自分の泊っている宿を目指す。
 ゾクッ。
 得体の知れない悪寒に襲われ、その場で立ち止まり振り返った。
 人で賑わう弁天通の一角に全く人が寄り付かない露店が一つ、紺のローブを目深にかぶった商人が座っている。その商人は目の前に人が通っても一切声をかけようとはせず、ただ黙ってそこに佇んでいた。だが、不気味な商人よりも気を引いたのが、その商人が売っている小さな黒い箱だった。一見何の変哲もないしょぼくれた箱なのだが、どうにも嫌な気配を感じる。

「へい、旦那! 朝飯食ったか? まだならうちの自慢のミールドッグとかどうよ?」
「は? ……いや、遠慮しておく」

 唐突に声をかけられた颯空が振り返ると、前歯のない男がホットドッグに似た食べ物をこちらに差し出してきていた。それどころではなかった颯空が適当に断り、もう一度怪しい露天商へと目を向ける。

 そこには黒い箱も紺のローブの商人の姿もなかった。
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