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第一章 呪われた男

9. 同室の謝罪

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 隆人達がすずの逆鱗に触れた後の夕食は、不自然な程にいつもと変わらなかった。
 魔法がどうだとか、明日の遠征はどうなるのかとか、他愛のない話ばかりで、誰一人として訓練所で起きたことを話題にしようとはしない。颯空達もその例にもれず、いつもの同室四人組でだらだらと食事をとっていた。
 それでもクラスメートの誰かが時折すずを、いつ爆発するかわからない爆弾を見るような目でちらちらと見ている。当の本人はというと、普段と変わらず無表情のままぱくぱくとご飯を食べていた。そんな彼女の姿を見て、思わず笑みが零れそうになる。

「……やっぱり小鳥遊の事、気になるのか?」
「え?」

 颯空の視線がすずへと向いていることに目ざとく気が付いた湊が、珍しく真剣な表情で話しかけてきた。湊だけでなく、遊星も和真も神妙な面持ちで自分を見ている。
 
「俺のために怒ってくれたわけだから、気にならないといえば嘘になる」

 どうして三人がそんな顔をしているのか見当もつかなかった颯空が、当たり障りのない受け答えをした。それなのに黙り込む三人。不審に思っていると、突然三人が同時に頭を下げてきた。

「すまん!」
「ごめんなさい」
「ごめん!」

 そして、飛び出すそれぞれの謝罪の言葉。まったく意味の分からない行動に、颯空の頭の中が疑問符で埋め尽くされる。

「えーっと……三人ともなんで謝ってんの?」
「…………」

 ゆっくりと頭を上げた三人が、ばつの悪そうに互いに顔を見合わせた。

「……訓練場で俺達は何もできなかったからさ」
「は?」

 予想外の湊の返答に、颯空の口から間の抜けた声が出る。

「御子柴があんな風に言われてよ、俺すげぇ頭にきたんだ。でも、あそこで俺が御子柴をかばったりしたら、その矛先が俺の方に向くんじゃねーかって考えがよぎって足がすくんじまった」
「私も一ノ瀬君と同じです。同室の仲間が貶められ憤りこそ感じましたが、情けない事に君のために動くことができませんでした」
「見て見ぬ振りなんて最低だよね。臆病者で本当にごめん」

 苦しそうな顔で告白する三人を前に、颯空が目をぱちくりとさせた。まさか三人が三人とも罪悪感を抱いていたなんて想像すらしていなかった。そもそも好き放題言われて何も言い返さなかった自分が悪いのだ。三人が気に病む理由などどこを探してもない。
 
「気にしなくていいって。俺がそっちの立場だったら、同じように何もしなかっただろうし」
「……そう言ってくれるのはありがたいけどさ。でも、やっぱ自分が許せねぇんだわ。多分、夏目も沢渡もそうだと思う」

 湊の言葉に、遊星と和真が頷いて同意する。その表情から、三人が本気で自分に対して悪いと思っていることを感じ取った颯空は言葉を失った。
 一ノ瀬湊、夏目遊星、沢渡和真。元の世界では颯空にとってただのクラスメート。仲がいいどころか、言葉を交わした事があるかどうかすら怪しい相手だった。それが異世界に来て、たまたま同じ部屋になっただけの自分をこんなにも気にかけてくれている。その事実を知った颯空の心の中に、懐かしすら覚える優しく暖かな風が流れた。

「……デザート三日分。それでチャラってことで」
「……!!」

 驚いた表情を見せる三人に、颯空が悪戯っぽく笑いかける。本当は三人が自分に謝る必要もないのはわかっている。ただ、それを言ったところで、三人は自分を責め続けるだけだろう。そう考えた颯空が出した最大限の譲歩案だった。

「み、三日も食後の楽しみを奪うのかよ!! 多すぎんだろ!!」
「今回ばかりは一ノ瀬君に賛同しますね。日米和親条約レベルの理不尽です」
「代わりにこの甘いニンジンあげるよ。僕嫌いだし」
 
 それがわかっているからこそ、三人がいつものような軽口で返してきてくれる。それが颯空にはとてもありがたかった。

「しょうがない。じゃあ、今日のデザートだけにしてやろう」
「お、俺のプディングがぁ……」
「こ、これは甘んじて受けるほかありませんね……」
「せ、せめてニンジンも一緒に……!!」

 悲痛な顔でデザートを差し出す三人。颯空はにっこり笑うと、そのお礼といわんばかりに、和真のお皿にニンジンのグラッセを置いた。和真が絶望に打ちひしがれる。

「それにしても、小鳥遊には驚いたなぁ……」

 食事を再開させた湊がすずをチラ見しながら言った。

「まさか御子柴のために怒るなんて夢にも思わなかったな」
「確かにそうですね。彼女は他人に無関心だとばかり思っていました。身長のわりに胸は大きいですが」
「いや、胸関係ねぇよ」

 さらりとセクハラ発言をする遊星に湊が即座に突っ込みを入れる。同室として付き合うようになってわかった事なのではあるが、遊星は真面目な見た目をしながらかなりのむっつりであった。

「僕は無関心どころか、機械のように無感情だと思っていたくらいだよ。あーぁ、僕も無感情だったら何も悩むことなくこのニンジンを口に運べるのに」
「子供か! さっさと食べろよ!」

 颯空からもらったニンジンを和真が憂鬱そうにいつまでもフォークで転がしている。自分とすずの関係性を知らなければ不思議に思っても無理ないだろう。少しだけ迷った颯空であったが、この三人であれば話しても問題ないと判断する。

「すずは中学からの付き合いなんだ」
「あー、それでか…………すずぅ!?」

 湊が奇声を上げながら颯空の顔を見た。驚きのあまり勢い余って和真が弾き飛ばしたニンジンが、遊星の分厚い眼鏡に直撃する。

「同じ中学だった奴が同じクラスにいても別に驚くようなことじゃないだろ?」
「いや、そうなんだけどさ……かなり仲が良かったってことか?」
「まぁ……それなりに、な」

 何かをごまかすように颯空があいまいな笑みを浮かべた。それを悟ったのか、三人ともそれ以上二人の仲を探るような真似はしない。

「まぁ、それなら納得か。中学時代、仲の良かったダチがあんだけバカにされりゃ怒るわな」
「僕達とは違って勇気があるよね、小鳥遊さんは。ちょっと怖かったけど、それ以上にかっこよかったなぁ」
「私としては隠れ巨乳の美少女が代わりに怒ってくれた、という事実に遺憾の意を示したいですね。こんな根暗野郎のためなんかじゃなく、知性にあふれた私のために怒って欲しいです。巨乳ですし」
「根暗野郎は沢渡だろ」
「僕は根暗じゃなくて物静かなだけだけ。キング・オブ・根暗の称号は御子柴君の一人勝ちだよ」

 さらりと言ってのけた和真に颯空がジト目を向ける。突然、湊が勢いよくその場で立ち上がった。

「よし! 決めた!」
「クラスの女子の胸の大きさランキングをですか?」
「お前は胸ばっかだな! そんなに巨乳が好きか!?」
「バカにしないでください! ティアドロップ! ラウンド! サイドセット! そういった胸の形に大きさのバランスが取れているか! 身長や顔がそれにマッチしているか! お尻や足などを含めたボディラインにフィットしているか! すべての要素を考慮して私はおっぱいを評価しているんですよ!?」
「もはや狂気すら感じるよ!!」

 救いようのない眼鏡のむっつりを無視して、湊が颯空と和真の方に向き直る。

「俺はもうここにいる誰かを見捨てるような真似はしない! その覚悟の表れとして、お前らを下の名前で呼ぶことにする! だから、お前らも俺を湊って呼んでくれ!!」
「え、嫌だけど」
「うん、嫌だね」
「生理的に無理です」
「いや、おかしいだろぉぉぉぉぉ!!」

 湊の絶叫が食堂に木霊した。笑いあう颯空と和真と遊星。湊もがっくりと肩を落としながらも、一緒になって笑い出す。その楽し気な様子をこっそり見ていた無表情の美少女が、わずかに口角を上げたことに四人が気づくことはなかった。
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