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2. ヤンキー君と引きこもりちゃん

14. 真・天の岩戸作戦

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「よーし、防衛戦気合入れていくぞ!!」
「は、はい!!」
「…………」
「西南からの攻めが厳しい! このままじゃ城壁を突破されるぞ!!」
「私の軍が挟撃する形で進軍する!!」
「流石環だ!! これで西と南も守りは盤石だぜ!! 問題は北と東だ!!」
「東は私と颯空君が同盟を結んでいる勢力から援軍が来る……!!」
「よーし!! そりゃ心強い!! 後は北だけだ!! おい! 北はお前の軍だぞ!? ちゃんと配置したんだろうな!?」
「…………」
「美琴さん、頑張ろうね!」

 いつものように環の家に集まってゲームに興じる颯空と美琴。だが、一人だけいつもと違う。環の声にも応えないまま、美琴は自分のスマートフォンを心ここにあらずといった様子で見つめていた。その頭の中には戦略ゲームに関することなど一切なく、棒立ちの自分の軍をただただ眺めている。

「ま、まずいぞ!! 敵が集中的に北から攻めてきやがる!!」
「っ!! わ、私の軍を今から北に配置するよ!!」
「それはまずい!! 環が止めているから西と南を放置できるんだ!! それなのにお前が動いたら……!!」
「美琴さん!! なんとか凌いで!!」
「…………」
「み、美琴さん?」

 扉越しに環が話しかけても、美琴の耳にはまるで入っていない様子。置物と化している彼女の軍を敵軍が素通りして、颯空の城を攻め立ててきた。必死の抵抗も空しく、そのまま呆気なく城を落とされ、颯空の画面にでかでかと『斬首』の文字が浮かび上がる。キッと眉を吊り上げた颯空は怒りにまかせてスマホをテーブルに叩きつけた。

「おい、てめぇ! やる気あんのか!?」
「え?」
「え? じゃねぇよ!!」

 颯空の怒鳴り声でようやく我に返った美琴が颯空の方へ顔を向ける。その顔があまりにもきょとんとしていたため、それ以上何も言えなくなり、颯空は舌打ちしながら自分のスマホに視線を戻した。

「あ、ご、ごめん。ぼーっとしてた」
「ぼーっと、って……今日はこれで三回目だぞ?」
「……美琴さん、何かあった?」

 遠慮がちに環が尋ねる。まさか環から心配されるとは思っていなかった美琴は目を丸くして彼女の部屋の扉を見た。

「だ、大丈夫よ。大した事じゃないから。心配してくれてありがとうね」
「……そう? それならいいんだけど……」

 見えてはいないと頭では理解しつつも、美琴は笑顔を浮かべる。だが、すぐにその笑顔に影が差した。
 大した事じゃないのは嘘である。今自分が悩んでいるのは、藤代環の今後の身の振り方を左右する重要な事柄だからだ。とはいえ、それを具体的に伝えるわけにはいかない。先ほど二人の目を盗んで確認したところ、環の母親である佳江は彼女に学校との取り決めを話していないらしい。そうである以上、自分がそれを環に打ち明けることはできない。
 とはいえ、明日か明後日のどちらか一日は学校に来てもらわなければ、あのクラスから彼女の席がなくなってしまう。核心には触れないようにして、それとなく学校へ来るように彼女を説得しなければ。緊張を誤魔化すように咳ばらいをした美琴は、自分のスマホを机に置いて、努めて白々しい視線を颯空に向けた。

「それにしても、ここの所毎日毎日環さんの家にお邪魔してスマホゲームをしてるけど、あなた大丈夫なの?」
「はぁ? 大丈夫って何がだよ?」
「中間試験」

 美琴の言葉を聞いた瞬間、颯空の体がピシッと固まる。それだけで美琴の問いへの答えには十分だった。予想通りの反応を見せる颯空に対して、美琴はこれ見よがしにため息を吐く。

「そういえば、今週末から始まる大型連休で勉強するとか言ってたわね」
「……うっせぇな。お前には関係ねぇだろ」
「関係なくなんかないわよ。私が生徒会に推薦している人が落第点を取るようだと困るもの」
「ちっ……」

 颯空が盛大に顔をしかめた。こんなのは環の家でやる必要のない話だという事は美琴も分かっている。これはゆっくりと本題に近づくための布石なのだ。

「連休入れてあと三、四週間。授業を聞いてなかったとしても、十分巻き返せる時間だわ」
「あーもう、説教臭い話するんじゃねぇよ。せっかく楽しく群戦やってんだから、また今度にしろ」
「また今度にしたらその時はその時で適当な難癖付けて、私の話なんて聞こうとしないでしょ?」
「…………」

 もちろん、そのつもりだったのだが、美琴の指摘が正しい事を認めたくないので、颯空は沈黙を選択する。

「私と行動を共にしている以上、本音を言えばトップ三十位には入って欲しいけれど、流石の私もそこまで高望みはしないわ。とはいえ、半分以上の順位は取りなさいよ?」
「おいおい、無茶言いやがるぜ」
「別に無理難題ってわけじゃないでしょ?」
「お前が敬愛する会長が出すものと同じくらいには難題だな」

 スマホをいじりながら颯空が小馬鹿にしたように笑った。普段であればここで彼に噛みついているところだが、今日はそんな事をしている場合ではない。苛立ちをグッと堪え、全く会話に参加してこない環に僅かな不安を抱きつつ、美琴はぎこちない笑みを颯空に向ける。

「ほら、中間試験が終われば楽しい課外授業があるじゃない! だから、頑張りなさいよ!」
「は? 課外授業? なんだよそれ?」
「え……?」

 美琴の笑顔が凍り付いた。颯空の顔を見る限り、本気で分かっていなようだ。よくよく考えたら、それは何もおかしい事ではない。なぜなら、彼は学校に来ても四六時中眠っているのだから。
 だが、それはまずい。このままでは作戦が台無しになってしまう。ここは強行突破するしかない。

「も、もう久我山君たらー! ホームルームの時間も居眠りしてるから大事な話を聞き逃しちゃうんだぞ?」
「え……」

 予想外の展開に内心激しくテンパっているせいで、少しキャラがおかしい美琴を見て、颯空が若干困惑する。しかし、そんな事は気にしていられなかった。今は颯空にどう思われようと関係ない。

「中間試験明けにある課外授業は飯盒はんごう炊飯すいはんよ! 大自然の中で、便利な道具も使わずに私達の力でご飯を作るの! どう!? とっても楽しそうでしょ!?」
「あ、あぁ」

 学校行事にまるで興味のない颯空が課外授業を楽しいそうだと思うわけもないのだが、美琴の余りにすごい剣幕に、首を縦に振る事しか出来なかった。

「あーそういえば、課外授業の班分け、明後日の金曜日だったわよね?」
「はぁ? んな事、俺が知るわけ」
「金曜日だったわよね!?」
「お、おう。金曜日だ」

 血走っているようにも見える美琴の目に恐怖すら感じる颯空。だが、当の本人は次の台詞の事で頭がいっぱいだったため、ドン引きしている颯空になど眼中になかった。

「そうだ、環さん! 金曜学校に来ない? 是非、一緒の班になりたいわ!」

 無邪気な子供のような明るい声で、そして、シャボン玉に触れるような優しい声で美琴が言った。本当はもう少し綺麗な流れで言うつもりではあった。本来、美琴の思い描いていた作戦は、部屋の外から課外授業の楽しさをもうアピールして、環に外への興味を持ってもらうというもの。名付けて、『真・天の岩戸作戦』。キャスティングミスはあったにしろ、割と自然に誘えたのではないか。

 そんな風に思っていた美琴は、答えた環の声を聞いて、自分の甘さを痛感した。

「学校……」

 その声は行き先を見失った子供のようにか細く、四文字の言の葉しか発していないというのに、小刻みに震えているのが伝わってきた。

「環さん……?」

 美琴が困惑の表情を浮かべる。環が今、どんな顔をしているのかはわからない。だが、扉越しでも彼女の纏う空気が変わったのははっきりと感じた。

「あ、あの環さん? 別にそんな深い意味はないのよ? ただ、こうやって仲良くもなれたわけだし、一緒に課外授業の班になれたら楽しいかな、って思っただけで」
「美琴さん、颯空さん」

 慌てて言い訳し始めた美琴の言葉を遮るように、環が二人の名前を呼ぶ。

「ごめん……今日は帰ってくれないかな?」
「……!!」

 予想外の言葉に、美琴は大きく目を見開いた。今までこんなにも明確に拒絶された事があっただろうか。その震える声を前に、美琴の心に罪悪感と後悔の大波が押し寄せてくる。

「た、環さん! あ、あのね!」

 何を言おうとしているのか、自分でもわからない。ただ、このままではまずいと思い、美琴が必死に声をかけようとした。だが、颯空に肩を掴まれ、反射的に振り返った美琴は、彼の無表情の顔を見て口から言葉が出なくなる。

「……帰るぞ」
「っ!?」

 小声でそれだけ言うと、颯空は床に置いていた自分の鞄を担ぎ、廊下を歩いて行った。頭が真っ白になっていた美琴であったが、このままここにいてもどうすることもできないので、夢遊病者のような足取りで颯空の後を追う。

「ごめんね……ごめんね……」

 そんな彼女の耳に環の悲痛な声がいつまでも木霊していた。
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