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2. ヤンキー君と引きこもりちゃん
10. 似た者同士
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「おい、環んち行くぞ」
教科書を鞄に詰めていた美琴にそっけなく声をかけた颯空は、さっさと教室から出ていく。凄まじい変わりようだ。今までは美琴がやる気のない颯空を無理やりに近い形で引っ張っていったというのに、ここ二三日は彼自ら藤代環の家に行きたがっている節がある。理由ははっきりしているので、別に懐疑的になる事もないのだが、ゲームというコンテンツに触れたことがない美琴にとって、颯空がどうしてここまで変わったのか理解できなかった。
それでも、藤代環の件については颯空のおかげで良い方向に向かっているのは事実。このまま自分達に心を開いてくれれば、学校に来るようになる可能性は十分に考えられる。
「ちょっと。おいて行かないでよ」
「お前がちんたらしているのが悪いんだろ」
小走りで追いつき文句を言うも、颯空は顔すら向けてこない。そういう態度に慣れっこではあるが、イラっとするのだけは止められない。
「私はあなたと違って帰り支度があるの。あなたはどうせ学校に来たまんまの状態で帰っているんでしょうけど」
「バカめ。ちゃんと買ってきた昼飯はなくなってるっての」
「教材の話をしているのよ」
美琴はため息を吐きながら頭を押さえた。最近、授業中の颯空の行動を観察しているのだが、机に突っ伏している事はほとんどなくなった。その代わり、机の下で四六時中スマホをいじっている。
「はぁ……本当、心配。このままじゃあなた、中間テストで悲惨な目に合うわよ?」
「中間テストって五月の後半だろ? まだ全然時間があるじゃねぇか。五月の頭には大型連休もあるし、そこで勉強すればいい話だ」
「そう言っている人は決まって勉強せずに当日を迎えるのよ」
明日からやると言っている者には、結局いつになってもその『明日』というものが訪れない。そういう風に世界は出来ている。
「……まぁ、あなたが中間試験で悪い点とろうがどうでもいいわ。今大事なのは藤代環よ」
「だから、さっさと行こうって言ってるじゃねぇか」
「あなたはゲームが」
「あーら! これはこれは最近噂になっている珍コンビじゃありませんの!」
美琴の言葉を小馬鹿にしたような声がかき消した。反射的に振り返った美琴は苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべる。
「片桐寧々……何か用かしら?」
「毎度毎度、私の高貴な名前をフルネームで呼ばないでくださるかしら」
優雅に髪をかき上げる寧々の周りには当然のように男子生徒達が控えていた。だが、目を引くのは取り巻きの男子でも美しい顔立ちでもなく、その破壊的な胸部だ。
「そういえばここ二週間ほど、あなたが生徒を取り締まっている姿を拝見しておりませんが、ようやく生徒会長になるのを諦めたのですか? あなたにしては賢明な判断ですね」
「おあいにく様。今は生徒会長直々の依頼をこなしているところよ」
「生徒会長直々……?」
ピクッと寧々の眉毛が反応する。それを見た美琴がニターっといやらしい笑みを浮かべた。
「あなたはコツコツ下積み生活、こちらはトップから直接指示を受けている。どこでこんなにも差がついてしまったのかしらね?」
「く、口から出まかせはいけませんわ。あなたが会長から直接などと、ありえないですもの」
「そんな事ないわ。ねぇ、久我山君?」
自分は関係ないですとばかりに美琴から少し離れていた颯空だったが、美琴に話を振られ、仕方なく会話に参加する。こちらに寄ってきた颯空を見て、寧々が僅かに顔をしかめた。
「あー……まぁ、頼まれたわな」
「なんですって……!?」
「ほら見なさい!」
グギギと悔し気に奥歯を噛み締める寧々に、これでもかと言わんばかりに勝ち誇った笑みを向ける美琴。
「な、なにを頼まれたって言うんですの!?」
「それは答えられないわねぇ。ただ、あなたには解決できない事よ」
「くぅ!!」
「まぁ、同じ生徒会役員のよしみでヒントくらい上げてもいいわね。私の依頼はうちのクラスの生徒で学校に……おっと! これ以上は言えないわ」
「…………あなたのクラスの生徒?」
煽るために言った美琴の言葉に寧々が反応を示す。すると、さきほどまで歯噛みしていた寧々が一転、いつもの笑みを浮かべた。
「私とした事が、取り乱しましたわ。なるほど、それならば神宮司会長があなたに直接依頼しても仕方がありませんわね」
「……何が言いたいのよ?」
余裕を取り戻した寧々が気に入らない美琴が顔をしかめると、寧々は英国の貴婦人のような微笑を見せる。
「私のクラスには問題児がおりませんの。まぁ、当然ですわよね? 生徒会役員が在籍するクラスに問題児がいようものなら、その方は生徒会役員を務める資格がないのですから」
段々と表情が暗くなる美琴。それに反比例するように寧々が勢いを取り戻していく。
「でも、もし仮に出来の悪い生徒会役員がいたとして、クラスに問題児を抱えているようなら、生徒会の面子を守るため会長はすぐに何とかするように指示を出すでしょう。……ただし、それは『依頼』ではなく『命令』ですけどね」
「依頼じゃなく命令……」
それなりに筋の通っている寧々の言動に、美琴は反論する事が出来ず、がっくりと肩を落とす。
「そもそも、問題児とコンピを組んでいる時点で生徒会役員の面汚しなんですのよ、あなた」
そう言って寧々はキッと颯空を睨みつけた。一方颯空は寧々の言葉など耳に入っておらず、環の家に行くことばかり考えている。そんな事とはつゆ知らず、まるで態度を変えない颯空に怯みつつ、寧々は再び美琴に視線を戻した。
「とにかく! あなたが生徒会長に直接指示を受けたのはあなたが優秀だからではなく、自分のクラスもまともに見る事が出来ない生徒会の劣等生だからですのよ!!」
「…………」
「あら、ごめんあそばせ。勘違いしていた方が幸せだったかもしれませんわね。おーっほっほっほ!」
もはや言い返す事も出来ない美琴を見て寧々は口元に手を当て高笑いをした。その耳障りな笑い声を聞き、ようやく颯空は状況を把握しようとする。貴族の如く笑っている寧々に怪訝な表情を向け、そのまま隣にいる美琴に目をやったところでギョッとした。
少し俯き加減で唇を真一文字に結び、拳を強く握り締め、プルプルと身を震わせている。マジで泣くまで五秒前。これはどうにかしなければならない。
「あー、お嬢」
「ほーっほっほっほ……ほ?」
長々と笑っていた寧々だったが、颯空がこっちを見ながら何か言ってきたので、とりあえず笑うのを止めた。
「今、あなた何かおっしゃりました?」
「お前の事を呼んだんだよ」
「……なんと?」
「お嬢」
颯空があっさり告げると、それまで置物のように静かだった寧々の取り巻きが一斉に騒ぎ出した。
「寧々様に向かってお嬢などと……無礼にもほどがあるぞ!!」
「万死に値する!!」
「様をつけろよデコ助野郎!!」
「うるせぇよ」
スッと目を細めて静かな声で告げただけで、取り巻き達は一瞬で直立不動になり口を閉じる。だが、寧々だけは怯えながらも必死に颯空を睨みつけていた。それを見て、颯空は僅かに口角を上げる。
「んな怖い顔すんなって、お嬢」
「……その呼び方、何とかなりませんの?」
「ん? 嫌か? 立ち振る舞いがお嬢様っぽいからそう呼んだんだけど……なら乳デカ女とでも呼ぶか?」
「セ、セクハラですわよ!?」
寧々が顔を真っ赤にして両手で自分の胸を抑えつけた。その結果、増々強調されるデカメロン。取り巻き達が思わず視線を向ける中、颯空はどうでもよさそうに耳をほじる。
「つーか、前にも言っただろうが。こいつに絡むなって」
「それは無理な相談ですわ。彼女が生徒会長を目指している以上、放っておくことは出来ませんの」
「それは……こいつが脅威ってことか?」
「まさか! こんな人、敵にもなりませんわ!」
きっぱりそう告げると、寧々は涙を流さないよう必死に耐えている美琴をビシッと指さした。
「渚美琴さん! あなたのような出来の悪い生徒会役員は、私《わたくし》が生徒会長になるのを指を咥えて黙って見ていなさい!」
「くぅぅ……片桐寧々ぇ……!!」
「……悔しかったら同じ土俵に立てるよう、精々頑張っていただきたいものですわね」
目を真っ赤にして睨む事しか出来ない美琴に半笑いでそう告げると、寧々は取り巻き達を引き連れて校舎の巡回を再開する。彼女達がいなくなるや否や悔しさ爆発といった感じで地団太を踏み出した美琴にため息を吐きつつ、颯空はなんとなく片桐寧々から美琴と同じ匂いをかぎ取っていた。
教科書を鞄に詰めていた美琴にそっけなく声をかけた颯空は、さっさと教室から出ていく。凄まじい変わりようだ。今までは美琴がやる気のない颯空を無理やりに近い形で引っ張っていったというのに、ここ二三日は彼自ら藤代環の家に行きたがっている節がある。理由ははっきりしているので、別に懐疑的になる事もないのだが、ゲームというコンテンツに触れたことがない美琴にとって、颯空がどうしてここまで変わったのか理解できなかった。
それでも、藤代環の件については颯空のおかげで良い方向に向かっているのは事実。このまま自分達に心を開いてくれれば、学校に来るようになる可能性は十分に考えられる。
「ちょっと。おいて行かないでよ」
「お前がちんたらしているのが悪いんだろ」
小走りで追いつき文句を言うも、颯空は顔すら向けてこない。そういう態度に慣れっこではあるが、イラっとするのだけは止められない。
「私はあなたと違って帰り支度があるの。あなたはどうせ学校に来たまんまの状態で帰っているんでしょうけど」
「バカめ。ちゃんと買ってきた昼飯はなくなってるっての」
「教材の話をしているのよ」
美琴はため息を吐きながら頭を押さえた。最近、授業中の颯空の行動を観察しているのだが、机に突っ伏している事はほとんどなくなった。その代わり、机の下で四六時中スマホをいじっている。
「はぁ……本当、心配。このままじゃあなた、中間テストで悲惨な目に合うわよ?」
「中間テストって五月の後半だろ? まだ全然時間があるじゃねぇか。五月の頭には大型連休もあるし、そこで勉強すればいい話だ」
「そう言っている人は決まって勉強せずに当日を迎えるのよ」
明日からやると言っている者には、結局いつになってもその『明日』というものが訪れない。そういう風に世界は出来ている。
「……まぁ、あなたが中間試験で悪い点とろうがどうでもいいわ。今大事なのは藤代環よ」
「だから、さっさと行こうって言ってるじゃねぇか」
「あなたはゲームが」
「あーら! これはこれは最近噂になっている珍コンビじゃありませんの!」
美琴の言葉を小馬鹿にしたような声がかき消した。反射的に振り返った美琴は苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべる。
「片桐寧々……何か用かしら?」
「毎度毎度、私の高貴な名前をフルネームで呼ばないでくださるかしら」
優雅に髪をかき上げる寧々の周りには当然のように男子生徒達が控えていた。だが、目を引くのは取り巻きの男子でも美しい顔立ちでもなく、その破壊的な胸部だ。
「そういえばここ二週間ほど、あなたが生徒を取り締まっている姿を拝見しておりませんが、ようやく生徒会長になるのを諦めたのですか? あなたにしては賢明な判断ですね」
「おあいにく様。今は生徒会長直々の依頼をこなしているところよ」
「生徒会長直々……?」
ピクッと寧々の眉毛が反応する。それを見た美琴がニターっといやらしい笑みを浮かべた。
「あなたはコツコツ下積み生活、こちらはトップから直接指示を受けている。どこでこんなにも差がついてしまったのかしらね?」
「く、口から出まかせはいけませんわ。あなたが会長から直接などと、ありえないですもの」
「そんな事ないわ。ねぇ、久我山君?」
自分は関係ないですとばかりに美琴から少し離れていた颯空だったが、美琴に話を振られ、仕方なく会話に参加する。こちらに寄ってきた颯空を見て、寧々が僅かに顔をしかめた。
「あー……まぁ、頼まれたわな」
「なんですって……!?」
「ほら見なさい!」
グギギと悔し気に奥歯を噛み締める寧々に、これでもかと言わんばかりに勝ち誇った笑みを向ける美琴。
「な、なにを頼まれたって言うんですの!?」
「それは答えられないわねぇ。ただ、あなたには解決できない事よ」
「くぅ!!」
「まぁ、同じ生徒会役員のよしみでヒントくらい上げてもいいわね。私の依頼はうちのクラスの生徒で学校に……おっと! これ以上は言えないわ」
「…………あなたのクラスの生徒?」
煽るために言った美琴の言葉に寧々が反応を示す。すると、さきほどまで歯噛みしていた寧々が一転、いつもの笑みを浮かべた。
「私とした事が、取り乱しましたわ。なるほど、それならば神宮司会長があなたに直接依頼しても仕方がありませんわね」
「……何が言いたいのよ?」
余裕を取り戻した寧々が気に入らない美琴が顔をしかめると、寧々は英国の貴婦人のような微笑を見せる。
「私のクラスには問題児がおりませんの。まぁ、当然ですわよね? 生徒会役員が在籍するクラスに問題児がいようものなら、その方は生徒会役員を務める資格がないのですから」
段々と表情が暗くなる美琴。それに反比例するように寧々が勢いを取り戻していく。
「でも、もし仮に出来の悪い生徒会役員がいたとして、クラスに問題児を抱えているようなら、生徒会の面子を守るため会長はすぐに何とかするように指示を出すでしょう。……ただし、それは『依頼』ではなく『命令』ですけどね」
「依頼じゃなく命令……」
それなりに筋の通っている寧々の言動に、美琴は反論する事が出来ず、がっくりと肩を落とす。
「そもそも、問題児とコンピを組んでいる時点で生徒会役員の面汚しなんですのよ、あなた」
そう言って寧々はキッと颯空を睨みつけた。一方颯空は寧々の言葉など耳に入っておらず、環の家に行くことばかり考えている。そんな事とはつゆ知らず、まるで態度を変えない颯空に怯みつつ、寧々は再び美琴に視線を戻した。
「とにかく! あなたが生徒会長に直接指示を受けたのはあなたが優秀だからではなく、自分のクラスもまともに見る事が出来ない生徒会の劣等生だからですのよ!!」
「…………」
「あら、ごめんあそばせ。勘違いしていた方が幸せだったかもしれませんわね。おーっほっほっほ!」
もはや言い返す事も出来ない美琴を見て寧々は口元に手を当て高笑いをした。その耳障りな笑い声を聞き、ようやく颯空は状況を把握しようとする。貴族の如く笑っている寧々に怪訝な表情を向け、そのまま隣にいる美琴に目をやったところでギョッとした。
少し俯き加減で唇を真一文字に結び、拳を強く握り締め、プルプルと身を震わせている。マジで泣くまで五秒前。これはどうにかしなければならない。
「あー、お嬢」
「ほーっほっほっほ……ほ?」
長々と笑っていた寧々だったが、颯空がこっちを見ながら何か言ってきたので、とりあえず笑うのを止めた。
「今、あなた何かおっしゃりました?」
「お前の事を呼んだんだよ」
「……なんと?」
「お嬢」
颯空があっさり告げると、それまで置物のように静かだった寧々の取り巻きが一斉に騒ぎ出した。
「寧々様に向かってお嬢などと……無礼にもほどがあるぞ!!」
「万死に値する!!」
「様をつけろよデコ助野郎!!」
「うるせぇよ」
スッと目を細めて静かな声で告げただけで、取り巻き達は一瞬で直立不動になり口を閉じる。だが、寧々だけは怯えながらも必死に颯空を睨みつけていた。それを見て、颯空は僅かに口角を上げる。
「んな怖い顔すんなって、お嬢」
「……その呼び方、何とかなりませんの?」
「ん? 嫌か? 立ち振る舞いがお嬢様っぽいからそう呼んだんだけど……なら乳デカ女とでも呼ぶか?」
「セ、セクハラですわよ!?」
寧々が顔を真っ赤にして両手で自分の胸を抑えつけた。その結果、増々強調されるデカメロン。取り巻き達が思わず視線を向ける中、颯空はどうでもよさそうに耳をほじる。
「つーか、前にも言っただろうが。こいつに絡むなって」
「それは無理な相談ですわ。彼女が生徒会長を目指している以上、放っておくことは出来ませんの」
「それは……こいつが脅威ってことか?」
「まさか! こんな人、敵にもなりませんわ!」
きっぱりそう告げると、寧々は涙を流さないよう必死に耐えている美琴をビシッと指さした。
「渚美琴さん! あなたのような出来の悪い生徒会役員は、私《わたくし》が生徒会長になるのを指を咥えて黙って見ていなさい!」
「くぅぅ……片桐寧々ぇ……!!」
「……悔しかったら同じ土俵に立てるよう、精々頑張っていただきたいものですわね」
目を真っ赤にして睨む事しか出来ない美琴に半笑いでそう告げると、寧々は取り巻き達を引き連れて校舎の巡回を再開する。彼女達がいなくなるや否や悔しさ爆発といった感じで地団太を踏み出した美琴にため息を吐きつつ、颯空はなんとなく片桐寧々から美琴と同じ匂いをかぎ取っていた。
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