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2. ヤンキー君と引きこもりちゃん
7. 天岩戸作戦
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「あー……かったりぃ」
学生鞄の端を持って歩きながら颯空がぼやいた。それを耳ざとく聞き取った美琴が顔をしかめて颯空の方を見る。
「ちょっと。そういう事、言わないでくれる?」
「悪いな。自分に正直なんだよ、俺は」
そう言って大きな欠伸をした颯空を見て、美琴はため息を吐いた。
「生徒会の仕事っていうのはね、こういった地道な努力の積み重ねが大事なのよ」
「地道な努力って家行って門前払い食らってるだけだろ? なんにも状況が変わってねぇじゃねぇかよ」
「か、変わってるわよ! 今日あたり会ってくれそうな気がするわ!」
「……そんな言葉を聞き続けてかれこれ一週間だぞ?」
「うっ……!」
非難じみた視線を向けられ、美琴は思わず口ごもる。颯空が愚痴るのも尤もだった。生徒会長である神宮司誠より、不登校の生徒を学校に来させるよう依頼を受けてから毎日のように藤代環の家に赴いているが、今日まで何の進展もない断言できた。
「お前の作戦がダメだったんじゃねぇか? なんだっけ……『サンバでウェイ』作戦だったか?」
「そんなテンション高そうな作戦名じゃないわよ! 『三顧の礼』作戦!」
「作戦名とかどうでもいいわ。とにかく、このままじゃ埒が明かねぇから、今日も環が顔を出さないようなら、俺に考えがある」
「考え……」
美琴が微妙な表情を浮かべる。どう楽観的に見ても、その考えとやらがまともなものだとは到底思えなかった。
「すごい心配だから先にその内容を教えてちょうだい」
「大丈夫だって。昨日テレビを見て思いついたとっておきの秘策だ」
「益々不安だわ」
表情を曇らせる美琴とは対照的に、颯空は自信満々の表情を浮かべながら、環の家のインターホンを鳴らした。
『……はい』
「おばちゃん、俺だ」
「こんにちは。渚美琴です」
『今日も来てくれたのね、ありがとう。少し待ってて』
もはや通例となっているためか、環の母である佳江も慣れた様子で応対する。ここから数分待たされた後、佳江が再びインターホン越しに話しかけてくるのがいつもの流れ。
『……せっかく来てくれたのにごめんなさい。環が誰とも会いたくないって』
そして、心の底から申し訳なさそうに佳江から謝罪されるまでがお約束となっていた。いつもであれば、ここであっさりと帰宅するのであるが、今日の颯空は違った。
「おばちゃん。環の部屋の前まで行っちゃダメか?」
「え?」
『え?』
予想外の言葉に、佳江だけではなく美琴も驚きの声をあげる。
「いや、面と向かって話すのは環もきついと思うからさ。せめて、俺達の気持ちだけでも伝えたくってよ」
『…………』
颯空の話を聞いた佳江は何かを考えるように押し黙った。颯空はそこで言葉を切り、佳江の判断を待つ。
『……わかったわ。今、部屋まで案内するわね』
「サンキュー、おばちゃん」
しばらくして佳江の返答がくると、颯空は明るい声で答えた。インターホンの通信が切れたところで、美琴が慌てて颯空に詰め寄る。
「本人は会いたくないって言ってるのに、いきなり上がり込むような真似して大丈夫なんでしょうね?」
「あぁ? 環の母親がいいって言ってんだから問題ねぇだろ」
「それはそうだけど……なんて声をかけるつもりなのよ?」
「まぁ、任せとけって。そうだな……お前に倣って作戦名をつけるとしたら、『天岩戸』作戦ってとこだな」
「天岩戸……」
颯空が言っているものと美琴が知っているものが同一であるならば、『天岩戸』というのはこの国に伝わる神話を指した言葉である。簡潔に内容を説明すると、天岩戸と呼ばれる洞窟に閉じこもった神様をなんとか外に出そうという話だ。なるほど、状況としてはそこまで乖離していない。意外なのは教養のなさそうな颯空がそれを知っているという事だった。テレビを見ていて思いついたと言っていたが、教育テレビでも見ていたのだろうか。
そんな事を考えていると、玄関のドアが開いた。
「こんにちは颯空君、美琴さん。……どうぞ、中へ入って」
「お邪魔」
「お邪魔します」
佳江に促される形で二人は家の中へと入っていく。環の部屋へと案内される間、美琴はずっと話す内容を考えていた。『天岩戸』の伝説に則れば、恐らく颯空は環の部屋の前で自分と楽しげな会話をする事で、彼女の気を引き、部屋から出そうとするつもりだろう。つまり、この作戦が上手くいくかどうかは自分達の会話にかかっている。
「……単純ではあるけど、あなたにしてはまともな作戦ね。それで? 私はどういう受け答えをすればいいの?」
「受け答え? 何言ってんだお前?」
「へ?」
「……着いたわ、ここよ」
怪訝な表情を向けてきた颯空にきょとんとする美琴だったが、環の部屋の前まで来たことで気を引き締めなおす。相手は一年近くも学校に来ていない引きこもり。対応はガラス細工をに扱うように繊細でなければならない。特に第一印象は重要だ。
「じゃあ、声をかけるぜ」
それをこの男に任せていいのか些か以上に疑問ではあるが、こんなにも自信に満ちた表情を浮かべているのであれば、任せざるを得ない。
颯空は喉の調子を整えるように咳ばらいをすると、静かに扉の前に軽く握った手を添えた。
「おうこら! この扉開けろ! そこにいるのはわかってんだよ!! さっさと出てこねぇと痛い目見せんぞ!!」
「ちょっとぉぉぉぉ!? なにしてんのぉぉぉぉ!?」
親の仇と言わんばかりにドンドンと扉を叩く颯空の腕を慌てて押さえつけながら、美琴が大声をあげる。隣に立っていた佳江は突然の事に言葉が出ない様子だった。
「なにすんだよ。離せ」
「いやいやおかしいでしょ!? いきなり何してるのよ!?」
「昨日のテレビじゃこうやって閉じこもってるやつを出したんだよ」
「テレビって、あんた一体何を見たのよ!?」
「密着、警察二十四時」
「番組のチョイス!!」
鬱陶しそうに美琴を見ていた颯空だったが、必死に自分の腕を掴んでいる姿を前に、大きなため息を吐いた。
「これって犯罪者のやり方でしょ!? 真似するんじゃないの!!」
「あぁ? ちげぇよ。事務所に踏み込む時の警察の真似だよ」
「警察過激すぎぃ! どっちが『ヤ』の付く職業の人かわからないわ!!」
「な。それは俺も思った」
「大体、天岩戸はどこいったのよ!? どこにもそんな要素ないじゃない!!」
「あー、なんかゲームで聞いた事のある名前で語感が良かったから作戦名にしただけだ。あんま気にすんな」
あっけらかんとした口調で颯空に告げられ、美琴は思わず脱力する。やはり、この男に任せてはいけなかった。ここからは自分が何とかしなければ。
「久我山君はこれ以上何も言わないで。私が話すから」
「はぁ? 今日は俺がやるって……」
「いいから!!」
キッと睨みつけられた颯空は渋々といった感じで後ろに下がる。それを確認した美琴はゆっくり深呼吸をすると、慎重に扉へと近づいた。
「……藤代環さん? 初めまして、私は渚美琴。あなたのクラスメートで生徒会役員を任されているわ」
出来得る限り優しい声音で、子供をあやすように話しかける。ファーストコンタクトを盛大にやらかしてしまったため、必要以上に気を遣わなければならない。
「驚かせてしまってごめんなさいね。さっきあなたに話しかけたのは久我山颯空君よ。彼はちょっと……お調子者で、冗談を言ったりするのが好きなの」
「はぁ? 誰がお調子者」
「黙って」
聞き捨てならない言葉に反応した颯空に対して、間髪入れずに美琴が言い放つ。あまりにも冷たいその口調に、不満げな表情は浮かべるものの、颯空は大人しく口を閉じた。
「だから、あまり気にしないで欲しいの。多分、環さんの事を笑わせようとしたんじゃないかしら? 愉快な人よね」
そう言いながらはっはっは、と大げさに笑ってみた。だが、反応はなし。扉の向こうに本人がいるのかどうかすら気配を感じる事が出来ない。それでも美琴はめげずに話しかける。
「あぁ、どうして私達が環さんの家に来たのか不思議よね。当然の疑問ね。……嘘をついてもしょうがないので正直に言うわ。あなたが学校に来るよう説得しに来たの。当然、生徒会役員としてって意味合いもあるけど、やっぱり同じクラスメートとして一緒に学生生活を送りたいって気持ちが一番にあるのよ。だから、こうして不躾だとは思ったけど、あなたの家を何度も訪ねたのよ。……もし、ほんの僅かでも学校に行きたいって思いがあるなら、少しだけ私とお話してくれないかしら?」
……こんなにも手応えのない会話があっただろうか。どんな相手だとしても、あの颯空でさえ言葉をぶつければなんらかの反応を示す。だが、この相手は違った。そもそも扉越しに話しかけているので顔が見えない。おまけにこれだけ言葉を並べても相槌どころか、声も発してもらえない。これでは壁と話しているのとなんら変わりなかった。
ダッダッダダッダーン。
心が折れかけていた美琴の耳に、何やら和楽器を基調とした勇猛果敢な音楽が聞こえてきた。まるで戦場に挑む武士達を鼓舞するかのような勇壮なBGMを聞いて、自然と美琴の気持ちも昂ってくる──。
「……何してるの?」
──事は全くなかった。それどころか、壁を背もたれに中腰の姿勢でスマホをいじっている颯空に対して向ける視線は冬の日本海を思わせるほどに冷え切っている。
「何って、やる事ねぇからソシャゲやってんだよ」
「この状況で? そんな大音量で? くだらないスマホゲームをやり始めた、と?」
無力感が怒りに転じる事はままある。特に全然上手くいっていない時に、知らん顔して全く関係ない事をやり始めたとなれば余計にだ。
とはいえ、美琴から暗にすっこんでろと言われた颯空が手持無沙汰なのも事実。どうして怒りを向けられているのか分かるわけもなく、おまけに今はまっているゲームをくだらない、と切り捨てられたら、颯空も黙っているわけにはいかなかった。
「くだらないとは随分だな、おい。これはなぁ、そんじょそこらのゲームとはわけが……」
「群雄割拠・戦国宇宙大合戦DX……!」
どこからともなく聞こえたソーシャルゲームのタイトル。言葉を発したのは颯空でなければ美琴でもなく、もちろん佳江でもない。
三人は同時に顔を見合わせ、恐る恐る声のした環の部屋の方へと目を向けた。
学生鞄の端を持って歩きながら颯空がぼやいた。それを耳ざとく聞き取った美琴が顔をしかめて颯空の方を見る。
「ちょっと。そういう事、言わないでくれる?」
「悪いな。自分に正直なんだよ、俺は」
そう言って大きな欠伸をした颯空を見て、美琴はため息を吐いた。
「生徒会の仕事っていうのはね、こういった地道な努力の積み重ねが大事なのよ」
「地道な努力って家行って門前払い食らってるだけだろ? なんにも状況が変わってねぇじゃねぇかよ」
「か、変わってるわよ! 今日あたり会ってくれそうな気がするわ!」
「……そんな言葉を聞き続けてかれこれ一週間だぞ?」
「うっ……!」
非難じみた視線を向けられ、美琴は思わず口ごもる。颯空が愚痴るのも尤もだった。生徒会長である神宮司誠より、不登校の生徒を学校に来させるよう依頼を受けてから毎日のように藤代環の家に赴いているが、今日まで何の進展もない断言できた。
「お前の作戦がダメだったんじゃねぇか? なんだっけ……『サンバでウェイ』作戦だったか?」
「そんなテンション高そうな作戦名じゃないわよ! 『三顧の礼』作戦!」
「作戦名とかどうでもいいわ。とにかく、このままじゃ埒が明かねぇから、今日も環が顔を出さないようなら、俺に考えがある」
「考え……」
美琴が微妙な表情を浮かべる。どう楽観的に見ても、その考えとやらがまともなものだとは到底思えなかった。
「すごい心配だから先にその内容を教えてちょうだい」
「大丈夫だって。昨日テレビを見て思いついたとっておきの秘策だ」
「益々不安だわ」
表情を曇らせる美琴とは対照的に、颯空は自信満々の表情を浮かべながら、環の家のインターホンを鳴らした。
『……はい』
「おばちゃん、俺だ」
「こんにちは。渚美琴です」
『今日も来てくれたのね、ありがとう。少し待ってて』
もはや通例となっているためか、環の母である佳江も慣れた様子で応対する。ここから数分待たされた後、佳江が再びインターホン越しに話しかけてくるのがいつもの流れ。
『……せっかく来てくれたのにごめんなさい。環が誰とも会いたくないって』
そして、心の底から申し訳なさそうに佳江から謝罪されるまでがお約束となっていた。いつもであれば、ここであっさりと帰宅するのであるが、今日の颯空は違った。
「おばちゃん。環の部屋の前まで行っちゃダメか?」
「え?」
『え?』
予想外の言葉に、佳江だけではなく美琴も驚きの声をあげる。
「いや、面と向かって話すのは環もきついと思うからさ。せめて、俺達の気持ちだけでも伝えたくってよ」
『…………』
颯空の話を聞いた佳江は何かを考えるように押し黙った。颯空はそこで言葉を切り、佳江の判断を待つ。
『……わかったわ。今、部屋まで案内するわね』
「サンキュー、おばちゃん」
しばらくして佳江の返答がくると、颯空は明るい声で答えた。インターホンの通信が切れたところで、美琴が慌てて颯空に詰め寄る。
「本人は会いたくないって言ってるのに、いきなり上がり込むような真似して大丈夫なんでしょうね?」
「あぁ? 環の母親がいいって言ってんだから問題ねぇだろ」
「それはそうだけど……なんて声をかけるつもりなのよ?」
「まぁ、任せとけって。そうだな……お前に倣って作戦名をつけるとしたら、『天岩戸』作戦ってとこだな」
「天岩戸……」
颯空が言っているものと美琴が知っているものが同一であるならば、『天岩戸』というのはこの国に伝わる神話を指した言葉である。簡潔に内容を説明すると、天岩戸と呼ばれる洞窟に閉じこもった神様をなんとか外に出そうという話だ。なるほど、状況としてはそこまで乖離していない。意外なのは教養のなさそうな颯空がそれを知っているという事だった。テレビを見ていて思いついたと言っていたが、教育テレビでも見ていたのだろうか。
そんな事を考えていると、玄関のドアが開いた。
「こんにちは颯空君、美琴さん。……どうぞ、中へ入って」
「お邪魔」
「お邪魔します」
佳江に促される形で二人は家の中へと入っていく。環の部屋へと案内される間、美琴はずっと話す内容を考えていた。『天岩戸』の伝説に則れば、恐らく颯空は環の部屋の前で自分と楽しげな会話をする事で、彼女の気を引き、部屋から出そうとするつもりだろう。つまり、この作戦が上手くいくかどうかは自分達の会話にかかっている。
「……単純ではあるけど、あなたにしてはまともな作戦ね。それで? 私はどういう受け答えをすればいいの?」
「受け答え? 何言ってんだお前?」
「へ?」
「……着いたわ、ここよ」
怪訝な表情を向けてきた颯空にきょとんとする美琴だったが、環の部屋の前まで来たことで気を引き締めなおす。相手は一年近くも学校に来ていない引きこもり。対応はガラス細工をに扱うように繊細でなければならない。特に第一印象は重要だ。
「じゃあ、声をかけるぜ」
それをこの男に任せていいのか些か以上に疑問ではあるが、こんなにも自信に満ちた表情を浮かべているのであれば、任せざるを得ない。
颯空は喉の調子を整えるように咳ばらいをすると、静かに扉の前に軽く握った手を添えた。
「おうこら! この扉開けろ! そこにいるのはわかってんだよ!! さっさと出てこねぇと痛い目見せんぞ!!」
「ちょっとぉぉぉぉ!? なにしてんのぉぉぉぉ!?」
親の仇と言わんばかりにドンドンと扉を叩く颯空の腕を慌てて押さえつけながら、美琴が大声をあげる。隣に立っていた佳江は突然の事に言葉が出ない様子だった。
「なにすんだよ。離せ」
「いやいやおかしいでしょ!? いきなり何してるのよ!?」
「昨日のテレビじゃこうやって閉じこもってるやつを出したんだよ」
「テレビって、あんた一体何を見たのよ!?」
「密着、警察二十四時」
「番組のチョイス!!」
鬱陶しそうに美琴を見ていた颯空だったが、必死に自分の腕を掴んでいる姿を前に、大きなため息を吐いた。
「これって犯罪者のやり方でしょ!? 真似するんじゃないの!!」
「あぁ? ちげぇよ。事務所に踏み込む時の警察の真似だよ」
「警察過激すぎぃ! どっちが『ヤ』の付く職業の人かわからないわ!!」
「な。それは俺も思った」
「大体、天岩戸はどこいったのよ!? どこにもそんな要素ないじゃない!!」
「あー、なんかゲームで聞いた事のある名前で語感が良かったから作戦名にしただけだ。あんま気にすんな」
あっけらかんとした口調で颯空に告げられ、美琴は思わず脱力する。やはり、この男に任せてはいけなかった。ここからは自分が何とかしなければ。
「久我山君はこれ以上何も言わないで。私が話すから」
「はぁ? 今日は俺がやるって……」
「いいから!!」
キッと睨みつけられた颯空は渋々といった感じで後ろに下がる。それを確認した美琴はゆっくり深呼吸をすると、慎重に扉へと近づいた。
「……藤代環さん? 初めまして、私は渚美琴。あなたのクラスメートで生徒会役員を任されているわ」
出来得る限り優しい声音で、子供をあやすように話しかける。ファーストコンタクトを盛大にやらかしてしまったため、必要以上に気を遣わなければならない。
「驚かせてしまってごめんなさいね。さっきあなたに話しかけたのは久我山颯空君よ。彼はちょっと……お調子者で、冗談を言ったりするのが好きなの」
「はぁ? 誰がお調子者」
「黙って」
聞き捨てならない言葉に反応した颯空に対して、間髪入れずに美琴が言い放つ。あまりにも冷たいその口調に、不満げな表情は浮かべるものの、颯空は大人しく口を閉じた。
「だから、あまり気にしないで欲しいの。多分、環さんの事を笑わせようとしたんじゃないかしら? 愉快な人よね」
そう言いながらはっはっは、と大げさに笑ってみた。だが、反応はなし。扉の向こうに本人がいるのかどうかすら気配を感じる事が出来ない。それでも美琴はめげずに話しかける。
「あぁ、どうして私達が環さんの家に来たのか不思議よね。当然の疑問ね。……嘘をついてもしょうがないので正直に言うわ。あなたが学校に来るよう説得しに来たの。当然、生徒会役員としてって意味合いもあるけど、やっぱり同じクラスメートとして一緒に学生生活を送りたいって気持ちが一番にあるのよ。だから、こうして不躾だとは思ったけど、あなたの家を何度も訪ねたのよ。……もし、ほんの僅かでも学校に行きたいって思いがあるなら、少しだけ私とお話してくれないかしら?」
……こんなにも手応えのない会話があっただろうか。どんな相手だとしても、あの颯空でさえ言葉をぶつければなんらかの反応を示す。だが、この相手は違った。そもそも扉越しに話しかけているので顔が見えない。おまけにこれだけ言葉を並べても相槌どころか、声も発してもらえない。これでは壁と話しているのとなんら変わりなかった。
ダッダッダダッダーン。
心が折れかけていた美琴の耳に、何やら和楽器を基調とした勇猛果敢な音楽が聞こえてきた。まるで戦場に挑む武士達を鼓舞するかのような勇壮なBGMを聞いて、自然と美琴の気持ちも昂ってくる──。
「……何してるの?」
──事は全くなかった。それどころか、壁を背もたれに中腰の姿勢でスマホをいじっている颯空に対して向ける視線は冬の日本海を思わせるほどに冷え切っている。
「何って、やる事ねぇからソシャゲやってんだよ」
「この状況で? そんな大音量で? くだらないスマホゲームをやり始めた、と?」
無力感が怒りに転じる事はままある。特に全然上手くいっていない時に、知らん顔して全く関係ない事をやり始めたとなれば余計にだ。
とはいえ、美琴から暗にすっこんでろと言われた颯空が手持無沙汰なのも事実。どうして怒りを向けられているのか分かるわけもなく、おまけに今はまっているゲームをくだらない、と切り捨てられたら、颯空も黙っているわけにはいかなかった。
「くだらないとは随分だな、おい。これはなぁ、そんじょそこらのゲームとはわけが……」
「群雄割拠・戦国宇宙大合戦DX……!」
どこからともなく聞こえたソーシャルゲームのタイトル。言葉を発したのは颯空でなければ美琴でもなく、もちろん佳江でもない。
三人は同時に顔を見合わせ、恐る恐る声のした環の部屋の方へと目を向けた。
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