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1. ヤンキー君と優等生ちゃん
13. 食えない男
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清新学園の生徒会長というのはただのお飾りではない。生徒の代表として学園側に意見するために、ある種学園長にも匹敵する権力を持っている。そのため、与えられる会長室は学園長室にも勝るとも劣らない立派な造りになっていた。その扉も会長の威厳を表すためか、桐を使用した最高級の両開きのものとなっており、ドアノブに手をかけた生徒は歴史の重みを感じ、一様に気が引き締まる思いになるほどである。
そんなシンプルなデザインながらも荘厳な扉を蹴り開ける生徒など、この学園には一人しかいない。
「……会長室の扉を足で開けるべからず、って校則を申請するべきかもしれないな」
突然、勢いよく扉が開いたにもかかわらず、特に驚いた様子もなく誠はため息を吐いた。
「それで? 一体何の用だ?」
「とぼけてんじゃねぇよ。俺がここに来た理由くらい分かってんだろ?」
「はて、てんで心当たりがないな」
「……そうかよ」
発言一つ一つが癪に障る。颯空はズカズカと部屋の中を歩いて行き、会長机の前まで来ると、両手を机に叩きつけた。
「随分とコケにしてくれるじゃねぇか。会長様よぉ?」
静かだが腹の底からひねり出した声。大抵の者ならば身を震わせるであろう威圧感を前にしても、誠は眉一つ動かさずジッと颯空の事を見ている。
「何の事だかさっぱりだ」
「そりゃねぇだろ? さっきてめぇは知らないふりして俺達を泳がせただろうが」
誠は佐藤武夫がアルバイトをしている事を知っていた。しかも、このタイミングでこれ見よがしに『アルバイト許可証』なるものを出したのは、昨日自分達と武夫の間に起きた事を知っていた、という証拠だ。にもかかわらず、この男はそんな素振りを一切見せずして俺達と対峙していた。美琴が思い悩みながらも覚悟を決めて誠の前に立ったというのに。それが颯空には我慢ならなかった。
「あいつがどんな思いでここに来たのかわかってんのか?」
「あいつ? ……あぁ、渚の事か」
「あいつはお前に憧れてんだ。そんな相手にあれだけ言うのは半端な事じゃねぇんだぞ?」
颯空の言葉に誠は少しだけ意外そうな顔をする。てっきり、颯空は自分がコケにされたから怒ってやって来たと思っていたが、どうやら違うみたいだ。
「そんなに渚と親しかったのか?」
「昨日今日の関係だ。俺にとっちゃ赤の他人とそう大差ねぇよ。……ただ、気に入ららねぇもんは気に入らねぇんだ」
「……なるほど」
誠が興味深そうに笑みを浮かべる。それにカチンときた颯空がぐっと前のめりになった。
「おちょくんのも大概にしろよ?」
「別におちょくってなどいない」
「てめぇが何をどれほど偉いかなんて知らねぇがな、あいつの覚悟を踏みにじるんじゃねぇよ! タコ夫がバイトしてる理由を知った時、あいつがどんな顔をしていたか……!!」
「そこまでにしておけ」
ヒートアップしてきた颯空を遮る形で誠が右手を前に出す。それまでとはまるで雰囲気の違う誠に颯空は思わず口ごもった。
「それ以上は口にしない方がお前達のためだぞ? いや、渚のためだな」
「…………何?」
「言ったはずだぞ? 『隠し立てをすれば容赦はしない』と」
「なっ!?」
「お前が校則違反している者を見てみぬふりをしたところでとやかく言うつもりはないが、生徒会役員ともなれば別だ。彼らは生徒会長である俺に報告する義務がある。それを怠れば役員の座を奪う事も辞さない」
「ぐっ……!!」
誠の目は本気だった。生徒会役員の地位を奪われようものなら、美琴は相当なショックを受けるだろう。それこそ、あの屋上で一生ダンゴムシとして生きる可能性すらある。
「それでもいいなら存分に謳ってみろ。一生徒の言葉に耳を傾けるのも生徒会長の責務だ」
「き、きたねぇぞ……!!」
もはや負け犬の遠吠えに近いものだったが、何も言わずにはいられなかった颯空を見て、どうでもよさそうに誠が鼻を鳴らした。
「どうやら俺が聞くべき話はないようだな。ならば、さっさと出て行ってもらおうか」
「て、めぇ……!!」
ここで誠に殴りかかるのは簡単だ。だが、それをしてしまったら自分の負け、圧倒的敗北になる。プルプルと怒りに身を震わせていた颯空だったが、盛大に舌打ちをするとくるりと誠に背を向け、出口に向かって歩き始める。
「久我山」
そんな颯空の背中に誠は声をかけた。その場で立ち止まった颯空は、僅かに首を傾け、肩越しに誠に目をやる。
「なんだよ?」
「お前、生徒会に入りたいんだったな?」
「……だったらなんだ?」
「ほら」
誠が何かを放り投げた。反射的に受け取った颯空が手の中にあるものを見てみると古ぼけた鍵だった。それを見た颯空が訝し気な表情を浮かべる。
「なんだよ、これ?」
「今日、俺は会長としての仕事でとある生徒に声をかけたんだが、なぜかお前と渚に感謝をしていてな」
増々怪訝な顔になる颯空。恐らく武夫の事を言っているのだろうが、まるで話が見えてこない。
「どうやら知らぬ間に力になっていたらしいぞ? これも立派な生徒会の役目だ。まぁ、なんの問題も解決していないから及第点はやれないがな」
誠がクイッと人差し指で眼鏡を上げる。
「ただ、見所がないわけじゃない。要は生徒会に入る資格はないが、生徒会を目指す資格はあるという事だ」
「……話が見えねぇな。何が言いたい?」
「東校舎、一階、資料室」
回りくどい言い方に颯空が若干イライラしながら聞くと、誠は颯空の手の中にある鍵を指差した。
「その教室の鍵だ。資料室と言っても倉庫みたいなもので、今は誰も使っていない」
「だから、なんでその鍵を俺に」
「その教室を拠点として、生徒会役員の渚美琴から生徒会がいかなるものなのか学べ。必要とあれば彼女を補佐しろ。お前の働き如何によっては生徒会に迎えよう。以上だ」
「…………は?」
流れるような口調でそう告げると、もう興味はなくなった、と言わんばかりに会長の仕事に取り掛かる。一方、颯空の方は全く理解が追い付いていなかった。
「話は終わりだ。さぁ、自分の居場所に戻れ」
「いやちょっと待て。お前が言った事、まるで意味が分からないんだけど?」
「なに?」
誠が眉をひそめ、自分の顎に手を添える。そして、少しだけ考え事をしてから颯空の顔を見た。
「ふむ……難しい言葉を使ったつもりはなかったんだがな。すまない。簡単に言えば渚と一緒にがんばれ、という事だ」
「いやいやいやいや、それはおかしいだろ!」
まだ誠の発言を咀嚼しきれていない颯空だったが、なにやら嫌な汗が噴き出してくる。
「別におかしい事などない。なぜならお前はもう一度チャンスが欲しい、と懇願するほどに生徒会に入りたいのだろう?」
「そ、それは……!!」
「先ほど、俺の言葉尻をとらえてお前自身がそう言ったではないか。それほどまで生徒会に入りたいと思っているのは結構な事だが、そのままではまたチャンスをやっても無駄に終わるのは目に見えている。だからこそ、渚に教えを乞えと言っているんだ」
「くっ……!!」
反論する余地などない。懇願した覚えなどまるでないが、誠の言う通り颯空はもう一度挑戦する、というニュアンスを含んだことを言った。だが、あれは美琴に弱みを握られている、という事もあるが、あの場面で誠の思い通りに事が進むのが気に食わなかったというのが一番にあった。
「まさかこの期に及んで生徒会に入るつもりなどない、なんて寝言は言わないよな?」
誠がギロリと颯空を睨みつける。生徒会なんてクソ食らえだ、そうやって声高に叫ぶことができればどれだけ気持ちがいいか。だが、今更撤回することなどできるわけもない。
「……んな事言うわけねぇだろ。何のために会いたくもない奴に会いにここまで来てると思ってんだ」
「それは重畳。では、せいぜい清新学園のために励んでくれたまえ」
満足そうに頷く誠を見て怒りに顔を歪めた颯空だったが、それ以上何も言わずに会長室の扉に手をかける。
「陰ながら応援しているぞ。生徒会候補生」
「……くそったれ」
捨て台詞だけを残して、颯空は会長室から出て行った。
そんなシンプルなデザインながらも荘厳な扉を蹴り開ける生徒など、この学園には一人しかいない。
「……会長室の扉を足で開けるべからず、って校則を申請するべきかもしれないな」
突然、勢いよく扉が開いたにもかかわらず、特に驚いた様子もなく誠はため息を吐いた。
「それで? 一体何の用だ?」
「とぼけてんじゃねぇよ。俺がここに来た理由くらい分かってんだろ?」
「はて、てんで心当たりがないな」
「……そうかよ」
発言一つ一つが癪に障る。颯空はズカズカと部屋の中を歩いて行き、会長机の前まで来ると、両手を机に叩きつけた。
「随分とコケにしてくれるじゃねぇか。会長様よぉ?」
静かだが腹の底からひねり出した声。大抵の者ならば身を震わせるであろう威圧感を前にしても、誠は眉一つ動かさずジッと颯空の事を見ている。
「何の事だかさっぱりだ」
「そりゃねぇだろ? さっきてめぇは知らないふりして俺達を泳がせただろうが」
誠は佐藤武夫がアルバイトをしている事を知っていた。しかも、このタイミングでこれ見よがしに『アルバイト許可証』なるものを出したのは、昨日自分達と武夫の間に起きた事を知っていた、という証拠だ。にもかかわらず、この男はそんな素振りを一切見せずして俺達と対峙していた。美琴が思い悩みながらも覚悟を決めて誠の前に立ったというのに。それが颯空には我慢ならなかった。
「あいつがどんな思いでここに来たのかわかってんのか?」
「あいつ? ……あぁ、渚の事か」
「あいつはお前に憧れてんだ。そんな相手にあれだけ言うのは半端な事じゃねぇんだぞ?」
颯空の言葉に誠は少しだけ意外そうな顔をする。てっきり、颯空は自分がコケにされたから怒ってやって来たと思っていたが、どうやら違うみたいだ。
「そんなに渚と親しかったのか?」
「昨日今日の関係だ。俺にとっちゃ赤の他人とそう大差ねぇよ。……ただ、気に入ららねぇもんは気に入らねぇんだ」
「……なるほど」
誠が興味深そうに笑みを浮かべる。それにカチンときた颯空がぐっと前のめりになった。
「おちょくんのも大概にしろよ?」
「別におちょくってなどいない」
「てめぇが何をどれほど偉いかなんて知らねぇがな、あいつの覚悟を踏みにじるんじゃねぇよ! タコ夫がバイトしてる理由を知った時、あいつがどんな顔をしていたか……!!」
「そこまでにしておけ」
ヒートアップしてきた颯空を遮る形で誠が右手を前に出す。それまでとはまるで雰囲気の違う誠に颯空は思わず口ごもった。
「それ以上は口にしない方がお前達のためだぞ? いや、渚のためだな」
「…………何?」
「言ったはずだぞ? 『隠し立てをすれば容赦はしない』と」
「なっ!?」
「お前が校則違反している者を見てみぬふりをしたところでとやかく言うつもりはないが、生徒会役員ともなれば別だ。彼らは生徒会長である俺に報告する義務がある。それを怠れば役員の座を奪う事も辞さない」
「ぐっ……!!」
誠の目は本気だった。生徒会役員の地位を奪われようものなら、美琴は相当なショックを受けるだろう。それこそ、あの屋上で一生ダンゴムシとして生きる可能性すらある。
「それでもいいなら存分に謳ってみろ。一生徒の言葉に耳を傾けるのも生徒会長の責務だ」
「き、きたねぇぞ……!!」
もはや負け犬の遠吠えに近いものだったが、何も言わずにはいられなかった颯空を見て、どうでもよさそうに誠が鼻を鳴らした。
「どうやら俺が聞くべき話はないようだな。ならば、さっさと出て行ってもらおうか」
「て、めぇ……!!」
ここで誠に殴りかかるのは簡単だ。だが、それをしてしまったら自分の負け、圧倒的敗北になる。プルプルと怒りに身を震わせていた颯空だったが、盛大に舌打ちをするとくるりと誠に背を向け、出口に向かって歩き始める。
「久我山」
そんな颯空の背中に誠は声をかけた。その場で立ち止まった颯空は、僅かに首を傾け、肩越しに誠に目をやる。
「なんだよ?」
「お前、生徒会に入りたいんだったな?」
「……だったらなんだ?」
「ほら」
誠が何かを放り投げた。反射的に受け取った颯空が手の中にあるものを見てみると古ぼけた鍵だった。それを見た颯空が訝し気な表情を浮かべる。
「なんだよ、これ?」
「今日、俺は会長としての仕事でとある生徒に声をかけたんだが、なぜかお前と渚に感謝をしていてな」
増々怪訝な顔になる颯空。恐らく武夫の事を言っているのだろうが、まるで話が見えてこない。
「どうやら知らぬ間に力になっていたらしいぞ? これも立派な生徒会の役目だ。まぁ、なんの問題も解決していないから及第点はやれないがな」
誠がクイッと人差し指で眼鏡を上げる。
「ただ、見所がないわけじゃない。要は生徒会に入る資格はないが、生徒会を目指す資格はあるという事だ」
「……話が見えねぇな。何が言いたい?」
「東校舎、一階、資料室」
回りくどい言い方に颯空が若干イライラしながら聞くと、誠は颯空の手の中にある鍵を指差した。
「その教室の鍵だ。資料室と言っても倉庫みたいなもので、今は誰も使っていない」
「だから、なんでその鍵を俺に」
「その教室を拠点として、生徒会役員の渚美琴から生徒会がいかなるものなのか学べ。必要とあれば彼女を補佐しろ。お前の働き如何によっては生徒会に迎えよう。以上だ」
「…………は?」
流れるような口調でそう告げると、もう興味はなくなった、と言わんばかりに会長の仕事に取り掛かる。一方、颯空の方は全く理解が追い付いていなかった。
「話は終わりだ。さぁ、自分の居場所に戻れ」
「いやちょっと待て。お前が言った事、まるで意味が分からないんだけど?」
「なに?」
誠が眉をひそめ、自分の顎に手を添える。そして、少しだけ考え事をしてから颯空の顔を見た。
「ふむ……難しい言葉を使ったつもりはなかったんだがな。すまない。簡単に言えば渚と一緒にがんばれ、という事だ」
「いやいやいやいや、それはおかしいだろ!」
まだ誠の発言を咀嚼しきれていない颯空だったが、なにやら嫌な汗が噴き出してくる。
「別におかしい事などない。なぜならお前はもう一度チャンスが欲しい、と懇願するほどに生徒会に入りたいのだろう?」
「そ、それは……!!」
「先ほど、俺の言葉尻をとらえてお前自身がそう言ったではないか。それほどまで生徒会に入りたいと思っているのは結構な事だが、そのままではまたチャンスをやっても無駄に終わるのは目に見えている。だからこそ、渚に教えを乞えと言っているんだ」
「くっ……!!」
反論する余地などない。懇願した覚えなどまるでないが、誠の言う通り颯空はもう一度挑戦する、というニュアンスを含んだことを言った。だが、あれは美琴に弱みを握られている、という事もあるが、あの場面で誠の思い通りに事が進むのが気に食わなかったというのが一番にあった。
「まさかこの期に及んで生徒会に入るつもりなどない、なんて寝言は言わないよな?」
誠がギロリと颯空を睨みつける。生徒会なんてクソ食らえだ、そうやって声高に叫ぶことができればどれだけ気持ちがいいか。だが、今更撤回することなどできるわけもない。
「……んな事言うわけねぇだろ。何のために会いたくもない奴に会いにここまで来てると思ってんだ」
「それは重畳。では、せいぜい清新学園のために励んでくれたまえ」
満足そうに頷く誠を見て怒りに顔を歪めた颯空だったが、それ以上何も言わずに会長室の扉に手をかける。
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