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番外編

サタンの試練(1)

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「ニカさん、僕地獄に行こうと思います。」

僕はニカさんにそう言った。それを聞いたニカさんが驚いた顔をしたことが、僕には不可解だった。

「地獄に……!?なぜ?」

「単純に、地獄の悪魔たちに挨拶に行くんですよ。神が代替わりしましたよって。」

「よした方がいい。地獄の悪魔たちは神のことが大嫌いだし、そもそも悪魔というのは、神から見放された存在なんだ。神が直接地獄に赴くなんてことは、教義上ありえないことなんだ。」

「僕は神ではなく偽神です。似たもの同士、情報共有くらいは必要でしょう。教義上ありえないというなら、適当に天使たちの目を欺けばいい。」

「それは、そうなんだが……じゃあ俺もついていくよ。何か危ないことがあったら、その時点で止めるからな。」

「ニカさんが?危険では?……まぁ危険なのは僕も同じか。わかりました。行きましょう。天界には適当にハリボテを置いておきます。」

というやり取りの後、核の一つを取り出して、僕の形に整形する。簡単な業務ならこなせるハリボテの出来上がりだ。
ニカさんはその出来栄えに関心していたが、僕にとってそれはどうでもよいことだった。僕らは軽く身支度を整えた後、地獄への道を歩いていくこととなった。


 地獄への行き方は、神の権能の知識で知っていたが、実際に歩くとなるとそれなりに苦労が生じた。ところどころ欠けていたり朽ちていたりする階段を、延々と降っていくのだ。
日の指さぬ地下に向かうため、僕が灯りを持って先導する。ニカさんは僕に不安そうについてきている。時々足を踏み外したりするニカさんを案じつつ、不安を和らげるために、ニカさんに話しかけた。

「悪魔って、そもそもなんなんでしょう。堕天使と同じものなんでしょうか。」

「さぁ……よくわからない。堕天した者を狩ることはたまにあったが、悪魔として生まれてくるものは、はっきり言って気に留める必要もない雑魚ばかりだからな……人に誤字脱字をさせる悪魔とか。」

「なんですかそれは。」
「そういえば、彼はどうなんですか?ルシファー。一番有名な堕天使ですよね?」

「ルシファーなぁ、俺が造られるとうの昔に堕天した人だから、流石に面識があったりとかはしないが……。」
「そもそも、俺もそうなんだが、天使が堕天することって、そんなに珍しいことじゃないんだ……。今どうしているのかは知らないが、まぁ、強いんじゃないか?直接神に消されない限り、死んだりしていないだろう。」
「そして悪魔や堕天使は、神から見放された者だ。神が彼らを気にかけることは基本的にない。だから……まだ地獄にいる。」
「そして、ルシファーってのはサタン、地獄の王だ。だから地獄に行けば多分会える。というか、そのサタンに会いに行くんだろ?」

「そうですけど、サタンが堕天使なのは、はっきりとはわからなかったので。わかりました。ではそれを心得て会いに行きましょう。」
「それにしても本当に補修がされていない道ですね。誰も通らないからでしょうか……。」

「コンさん、俺に掴まって飛ぶか?俺はもう地に足をつけるのが面倒になって、空中を歩いてるよ。」

「……なるほど、飛べる人しか来ないから、階段が崩壊していても直さないのですね。」
「じゃあ、お言葉に甘えて。」

右手に灯りを、左手はニカさんと繋いで、ふっと身体が少しだけ宙に浮く。そのまま空中の足を止めたい場所で止めれば、空が地のように固まる感触を得る。なるほどこれが「空を歩く」ということかと体感しつつ、僕らは地獄への下り階段を下っていった。


 ようやく長い長い下り階段を降りて、地獄の底へと辿り着いた。身体は疲れ知らずだが、心は延々と同じ景色を見続けたせいか、すっかり疲弊していた。
ニカさんに関してはもう、足が棒になっているようだ。回復の奇跡を少しだけ使って、ニカさんを癒した後、地獄の街並みを僕らは歩き始めた。
地獄には、古めかしいガス灯がこうこうと輝いていた。いつのだかわからない、レンガや土でできた建物が並んでいて、地獄には「街」と呼べるものが立ち並んでいた。
しかし、その住民の姿は見当たらない。住んでいる者もいないのか、朽ちた家屋もちらほらと見受けられる。ニカさんが僕の手をぎゅっと握りしめて言った。

「なぁ、ここに本当にサタンがいるのか?誰もいないじゃないか。」

「サタンの居場所は、神ですから、わかります。確かに近づいていることも。」
「ですが、確かに住民が誰もいないのは不思議ですね。もっと非難轟々に歓迎されるかと思いましたが。」

僕は不安がるニカさんを宥めつつ、サタンの居場所へと近づいていった。その先には、中世の頃のもののような、城があった。城の周りは人の気配がした。そっと耳を澄ませば足音がするし、門番こそいないものの、外から見える庭は、よく整理されているように見えた。
門にはチャイムもなければ、ドアノッカーのようなものもない。手をかければ鍵がかかっていない。僕らは顔を見合わせつつ、「お邪魔します」と一言言って中に入った。
庭を通り抜けた先、大きな玄関扉には、ドアノッカーがついていた。僕はそれを使ってドアをノックしたが、返事がない。4、5回力強くドンドンとノックした後、ようやくドアが開かれた。

「はい?どちら様ですか?」

と、ぼさぼさの髪のメイドが応対する。頭には角が生えているため、どうやら彼女は悪魔のようだった。

「こんにちは。神です。サタンさんにご挨拶に参りました。今いらっしゃいますか。」

「はぁ……サタン様なら、いつもの書斎にいると思いま……神!!?!?えっ!!?」

メイドは驚愕の表情をしたが、それはニカさんから聞いていた知識で、想定内の反応だった。

「はい、神です。あんまり話をややこしくしたくないので、通してもらえますか。」

「なっ……何しに来たんですか!?まさか、地獄諸共焼き払いに!?サタン様には、手を出させな━━」

「そうだったとして、あなたに勝ち目があるんですか?」

「……そうですね。失礼致しました。書斎はこちらです。」

「話がわかるようで何より。」

メイドに案内されて、屋敷の中を歩く。ニカさんは相変わらず戦々恐々としているが、屋敷の中は整理されていて、他の使用人の姿も見られた。
やがて書斎らしき部屋の前に着くと、メイドが「サタン様に話を通して来ますので、こちらでお待ちください。……大声が聞こえても、驚かないでくださいね。」と僕らに注告し、部屋の中に入っていった。
少しすると、どたどたとした足音が迫って来て、扉が乱雑に開けられた。そして大柄な、異形の男が、声を荒げて僕に叫んだ。

「神が来ただと!?どの面下げて来やがったこのクソ共が!!!」

その反応を見ても、僕の心は平静そのものだった。だが、ニカさんは警戒心を強めている。それを感じて何も言わないのは得策ではないと感じたため、僕は口を開いた。

「落ち着いて聞いてください。僕は実は悪魔なんですよ。」

「は?何を言ってやがる、神が悪魔と同じな訳がないだろう。」

「……ホムンクルスって、ご存知ですか?」

「ああ、最近流行りの、神がめちゃくちゃ嫌ってる生物兵器か。それがどうしたんだ。」

「僕が元々そのホムンクルスだったと言えば、信じてもらえますか?」

「……!なるほど?なるほどなぁ。」
「コイツが邪魔になるって話か?」

と、サタンは慌てふためいているメイドを指した。
僕はそれを肯定した。

「そうですね、あまり広く知られると困る話です。人払いはしておいてもらえると助かります。」

「そうか……わかった。アリオク、彼らに茶を淹れてやってくれ。」

「はっ、はい!」

そう告げられた、アリオクと呼ばれたメイドは、ぱたぱたとお茶汲みに走っていった。

「入りな。そこの堕天使も、訳知りなんだろう。」

ニカさんが一目で堕天していることを見抜かれて、僕の服を掴む手がぎゅっと握られた。不安がるニカさんの手をそっと握り、僕らは招かれるまま、サタンの書斎の中へと入っていった。

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