上 下
7 / 35
1章

EP.7呪いを継ぐ男(後編)

しおりを挟む
空き会議室に連れ込まれ、ドアが閉められる。
先生は深くため息をついた後、飲み物の自販機の前で「何がいい?」と尋ねた。

「えっ?」
「だから、何が飲みたいかと聞いているんだ。」
「えっ……じゃあ、いちごオレをお願いします。」

ホムンクルスに飲み物を渡すなんて、今までの先生からは考えられない言動だ。
僕にいちごオレが渡され、彼はアメリカンコーヒーを啜りながら、もう一度ため息をついた。

「……まさか最初に見抜いたのが、ホムンクルスだとはね。流石の私も予想外だった。」

喉を潤したのか、彼は話し始める。

「一つ昔話をしよう。私の祖父は、ホムンクルスを発明した。」
「君にはピンと来ないかもしれないが、私の肌の色と顔立ちは、この国では珍しいんだ。移民と言って、遠い国から祖父はやって来た。」
「この国は移民に対する目は厳しい。なんとかして目覚ましい成果を出さなければ、生活していけないほどだった。」
「そうして祖父は、禁忌に手を染めた……やってはいけないことをしてしまったんだ。」

難しい言葉を、簡単にして説明してくれている。やはりこの人は、ホムンクルスをただの兵器だと思ってはいないのだと感じた。

「私の父もホムンクルス研究に携わり、私は幼い頃からホムンクルスに触れながら育った。彼らがどのように戦うのか、彼らが何を感じて生きていたのか……ずっと知っていたんだ。」

遺品のノートを僕に渡した。「読んでごらん」と彼は言った。
表紙をめくる。それは9号と10号の交換日記のようなものだった。と言っても、日付と一言二言言葉が書いてあるだけの、簡素なやり取りが、10ページ分ほど書いてあるだけだった。残りのページは、ずっと空白が続いていた。

「わかるかい。ホムンクルスには、感受性が……心があるんだよ。」
「ただ、未熟なんだ。人間と同じように育つ前に、ほとんどが死んでしまうんだ!」
「私はそれが辛かった。だからホムンクルスの心をなるべく育てないように、見ないようにしてきた。それが君たちへの対応の本心だ。」

先生が深く悲しんでいるのは理解できた。けれどそのことを、少しも僕は悲しいと思わなかった。はっきり言ってしまえば、すごくどうでもよかった。

「うーん……言いたいことはわかったんですけど、それって僕らが今までされてきたことを許す理由になるんですか?」
「……ならないだろうね。私は許してくれと言いたいわけじゃない。」
「ただ、君は私の嘘を見抜くほどに、大きく成長してしまった。私は、ホムンクルスをどう思っているのかという質問に答えただけだよ。」

先生が僕の頭を撫でる。

「大きくなったね。他のどのホムンクルスよりも、成長してくれたことが嬉しいよ。」

その言葉が本心からのものだと、直感した。それは確かに、ほんのちょっとだけ嬉しかった。

「……っ、僕はどうでもいいですけど、11号はすごく怒ってますよ!関係を直したいなら、ちゃんと謝ってくださいね!」

先生は笑って応えた。「そうだね、そうするとしよう。」
「……そうだ、先生。あなた、名前は何て言うんですか?」
「名前?」
「うん。名前、聞いたことなかったなぁって。」
少し目を丸くした後に、先生は答えた。

「私はアイディン。改めてよろしくね、紺碧。」​​​​​​​​​​​​​​​​



俺と11号は会議室の外で、息を殺して中の会話に耳を傾けていた。あの男がコンさんに近づいた時は、思わず飛び出そうとしたが、ただ頭を撫でただけで拍子抜けした。俺の緊張した背中をそっと11号が叩いた。

やがてドアが開き、コンさんと先生と呼ばれた男が出てきた。俺たちを見て、二人とも驚いた表情を浮かべた。彼は、すぐに表情を整え、11号の方へ向き直った。

「103-11、君に謝罪したい」アイディンの声は低く、真摯だった。
「これまでの私の行動は許されるものではない。本当に申し訳なかった」

11号は明らかに困惑していた。その表情が怒りと戸惑いの間で揺れているのが見て取れた。

「そんなこと言われたって、許してなんかやんねーからな!」11号は顔を背けながら言った。その声には怒りよりも戸惑いの方が大きかった。

彼は諦めたように小さく頷き、今度は俺に向き直った。

「ニカフィムさん、改めて協力関係を結んでくれないだろうか」彼の目は真剣だった。

俺は迷った。この男をどこまで信用していいのか、まだ確信が持てない。そっと紺碧に視線を向けると、彼が小さく頷いた。

「いいんじゃないですか。アイさん……先生が守ってくれるというなら、利用してもいいと思いますよ」紺碧の声には、不思議な確信があった。

その言葉を聞いて、俺は決心した。ゆっくりと手を伸ばし、彼の手を取った。

「協力させてもらおう」俺は言った。「ただし、紺碧に危害が及ぶようなことがあれば、躊躇なく敵に回る。それでもいいか?」

彼は厳粛に頷いた。「もちろんだ。私も、君たちを守ることを誓おう」

「これで契約成立ですね。騒ぎもひと段落したみたいですし、僕お腹空いちゃいましたよ。」

コンさんが場を和ませる。
「そうだな、そろそろ夜も明ける。上に問題がなければ、朝食を取ってくるよ。」
「はーい!僕お肉大盛りでお願いします!」

彼はその様子にくすくすと笑って、食事の支度をするのか、エレベーターで上の階に上がって行った。
彼と紺碧の打ち解けた様子に、少し疑問を持って尋ねる。

「なぁコンさん、あの部屋で何を話したんだ?」
「んー?大した話は聞いてないですよ。」
「ただ、あの人の名前、アイディンって言うんですって。」

名前を聞き出しただけなのか?と思ったが、コンさんは名前を与えられることを、すごく大事にしていた子だ。コンさんにとっては、名前を教えてもらったことは信頼関係の始まりなのだろう。
いや、コンさんに限った話ではないか。名前を知り合うことは、人間関係の第一歩だ。

「そうか。」とだけ返して、朝食の支度ができるのを待つことにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

銀河文芸部伝説~UFOに攫われてアンドロメダに連れて行かれたら寝ている間に銀河最強になっていました~

まきノ助
SF
 高校の文芸部が夏キャンプ中にUFOに攫われてアンドロメダ星雲の大宇宙帝国に連れて行かれてしまうが、そこは魔物が支配する星と成っていた。

セルリアン

吉谷新次
SF
 銀河連邦軍の上官と拗れたことをキッカケに銀河連邦から離れて、 賞金稼ぎをすることとなったセルリアン・リップルは、 希少な資源を手に入れることに成功する。  しかし、突如として現れたカッツィ団という 魔界から独立を試みる団体によって襲撃を受け、資源の強奪をされたうえ、 賞金稼ぎの相棒を暗殺されてしまう。  人界の銀河連邦と魔界が一触即発となっている時代。 各星団から独立を試みる団体が増える傾向にあり、 無所属の団体や個人が無法地帯で衝突する事件も多発し始めていた。  リップルは強靭な身体と念力を持ち合わせていたため、 生きたままカッツィ団のゴミと一緒に魔界の惑星に捨てられてしまう。 その惑星で出会ったランスという見習い魔術師の少女に助けられ、 次第に会話が弾み、意気投合する。  だが、またしても、 カッツィ団の襲撃とランスの誘拐を目の当たりにしてしまう。  リップルにとってカッツィ団に対する敵対心が強まり、 賞金稼ぎとしてではなく、一個人として、 カッツィ団の頭首ジャンに会いに行くことを決意する。  カッツィ団のいる惑星に侵入するためには、 ブーチという女性操縦士がいる輸送船が必要となり、 彼女を説得することから始まる。  また、その輸送船は、 魔術師から見つからないように隠す迷彩妖術が必要となるため、 妖精の住む惑星で同行ができる妖精を募集する。  加えて、魔界が人界科学の真似事をしている、ということで、 警備システムを弱体化できるハッキング技術の習得者を探すことになる。  リップルは強引な手段を使ってでも、 ランスの救出とカッツィ団の頭首に会うことを目的に行動を起こす。

8分間のパピリオ

横田コネクタ
SF
人間の血管内に寄生する謎の有機構造体”ソレウス構造体”により、人類はその尊厳を脅かされていた。 蒲生里大学「ソレウス・キラー操縦研究会」のメンバーは、20マイクロメートルのマイクロマシーンを操りソレウス構造体を倒すことに青春を捧げるーー。 というSFです。

CREATED WORLD

猫手水晶
SF
 惑星アケラは、大気汚染や森林伐採により、いずれ人類が住み続けることができなくなってしまう事がわかった。  惑星アケラに住む人類は絶滅を免れる為に、安全に生活を送れる場所を探す事が必要となった。  宇宙に人間が住める惑星を探そうという提案もあったが、惑星アケラの周りに人が住めるような環境の星はなく、見つける前に人類が絶滅してしまうだろうという理由で、現実性に欠けるものだった。  「人間が住めるような場所を自分で作ろう」という提案もあったが、資材や重力の方向の問題により、それも現実性に欠ける。  そこで科学者は「自分達で世界を構築するのなら、世界をそのまま宇宙に作るのではなく、自分達で『宇宙』にあたる空間を新たに作り出し、その空間で人間が生活できるようにすれば良いのではないか。」と。

ちょいダン? ~仕事帰り、ちょいとダンジョンに寄っていかない?~

テツみン
SF
東京、大手町の地下に突如現れたダンジョン。通称、『ちょいダン』。そこは、仕事帰りに『ちょい』と冒険を楽しむ場所。 大手町周辺の企業で働く若手サラリーマンたちが『ダンジョン』という娯楽を手に入れ、新たなライフスタイルを生み出していく―― これは、そんな日々を綴った物語。

MMS ~メタル・モンキー・サーガ~

千両文士
SF
エネルギー問題、環境問題、経済格差、疫病、収まらぬ紛争に戦争、少子高齢化・・・人類が直面するありとあらゆる問題を科学の力で解決すべく世界政府が協力して始まった『プロジェクト・エデン』 洋上に建造された大型研究施設人工島『エデン』に招致された若き大天才学者ミクラ・フトウは自身のサポートメカとしてその人格と知能を完全電子化複製した人工知能『ミクラ・ブレイン』を建造。 その迅速で的確な技術開発力と問題解決能力で矢継ぎ早に改善されていく世界で人類はバラ色の未来が確約されていた・・・はずだった。 突如人類に牙を剥き、暴走したミクラ・ブレインによる『人類救済計画』。 その指揮下で人類を滅ぼさんとする軍事戦闘用アンドロイドと直属配下の上位管理者アンドロイド6体を倒すべく人工島エデンに乗り込むのは・・・宿命に導かれた天才学者ミクラ・フトウの愛娘にしてレジスタンス軍特殊エージェント科学者、サン・フトウ博士とその相棒の戦闘用人型アンドロイドのモンキーマンであった!! 機械と人間のSF西遊記、ここに開幕!!

トライアルズアンドエラーズ

中谷干
SF
「シンギュラリティ」という言葉が陳腐になるほどにはAIが進化した、遠からぬ未来。 特別な頭脳を持つ少女ナオは、アンドロイド破壊事件の調査をきっかけに、様々な人の願いや試行に巻き込まれていく。 未来社会で起こる多様な事件に、彼女はどう対峙し、何に挑み、どこへ向かうのか―― ※少々残酷なシーンがありますので苦手な方はご注意ください。 ※この小説は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリス、エブリスタ、novelup、novel days、nola novelで同時公開されています。

異世界花嫁修行 あたし、お嫁さんが欲しいから、人と魔族の共存のために無双します!

ごぶーまる
ファンタジー
「魔のつくものは、異界の扉、ゲートからやってくる」それがこの世界の常識。 魔力、魔物、全てがゲートからの産物だ。 そして僕、エルフのような魔族もまた、ゲートからやって来る。 これは魔族と人が手を取り合うまでの話。そして彼女が、最高のお嫁さんを見つける話。 とある異世界。ゲートよりやってくる魔族たちは、人間と異なる身体的特徴を持ち、それ故に人間から排斥され、敬遠される、種族間の断絶が存在していた。 そんな中、エルフの青年パズルは、森の中のゲートから「渡ってきた」人魚の赤子を見つけてしまう。そんな中出会った、快活な少女アカシャと共に、人魚の赤子を、人魚たちの暮らす大河まで送り届けることになった。 道中で出会う、ワーウルフのソーンや音楽家のカルロといった仲間たちと共に、冒険を続ける中、やがて彼らは、種族間の断絶がもたらした、様々な敵と戦うことになる。 彼らは人と手を取り合うことができるのか。そしてアカシャは、自身の旅の目的である「最高のお嫁さんを見つける」ことができるのか。

処理中です...