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【本編後】蓮が咲いたら
かくれ鬼 2
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青い目の旅人が町に来て、三日目の朝。少女の霊は、添花の寝顔を見ながら、何か思い出せそうな気がしていた。ぼんやりと記憶にある、自分の家と似た所に行ってみては、家族の不在に肩を落としてきた。家族と似た人を見つけては、声をかけた。誰も気付いてくれないから、いたずらをするようになった。それで、触らなくても少し物を動かせることや、壁を通り抜けられることが分かった。
誰かに見つけてほしい。強い願いに覆われていたけれど、自分はお化けになったのではないか? という疑問はあった。いま、確信に変わる。だから、布団に潜り込むと皆が目を覚ましてしまうのだ。お化けは冷たいのだと、聞いたことがある。誰に?
「おかあさん……」
恋しい想いが口をつくと、旅人の目が半分開く。きりりと上がった目尻も、癖が強く短い髪も、少女の母親には似ていない。それでも、そばに自分を認識している人がいるのは、懐かしい安心感だった。
「早起きだね」
寝起きの掠れた声は低いのに、笑ったように聞こえる。掛け布団は少女をすり抜けて、敷き布団に落ちている。小さな体を抱えるようにして、頭の後ろを撫でる添花の手だけが、少女の存在を肯定する。実は眠っていないとは、言わないことにした。きっとこの人は、少女がお化けだと分かっている。
「そうだ、昨日……聞きそびれたんだった。あんた、名前なんていうの?」
伸びをするとともに離れた手を、つい目で追う。
「私は添花。漢字……は、まだ分かんないかな」
「花なら、わかるよ。わたしの名前にも、ある字なんだ。花詩っていうんだけど、〈か〉のところが花なんだって」
「そりゃ偶然。私も〈か〉のところは花の字だよ」
おそろいだと笑い合うと、なぜだか少しだけ眠くなった気がした。お化けになってから、はじめて感じる瞼の重さだ。
花詩の微妙な表情の変化を見て、うっすらと成仏への道筋が描けてきた。喜びや安堵を積み重ねれば、いちばんの思い残しも呼び起こされる。
(甘え方を忘れたら、甘やかし方の見当もつかない。見かけた親子の真似事で悪いけど、しくしく泣かないだけ上機嫌なのかな)
思い返そうとしても、添花がこの子の歳だったのはずいぶん昔。それに、底抜けに明るい自分の母親を真似るのは難しい。花詩が笑うと嬉しいから、自分にも欠片くらいは母性があるのだろう。関わったからには、成仏できるまで頑張るつもりだ。
ふたりで話し合って、この日は町を楽しんでみることになる。身支度を整える添花に向けて、花詩は何かを言いかけてはやめる。絡まりやすい髪を梳くのもそこそこに、目線で促す。
「……あの、おねえさんは、わたしがお化けだって……」
「知ってるよ」
「こわくないの?」
「うん。花詩は、悪いお化けじゃないからね。自分で分かってるなら話が早い」
街中ではあまり会話すると怪しまれること、手を繋いでいればはぐれないこと。仮にはぐれても、お互いを探すのは簡単だと確認して、街へと繰り出す。
新たな気持ちで景色を見たり、花詩の記憶にある町との違いを聞く。近い年頃の子どもたちを眺めて、どこか切ないように目を細めるのは、なぜだろう。まりつき、鬼ごっこ、数え歌に人形遊び。添花に唯一馴染みがあるのは、走り回る鬼ごっこ。
「わたしね、まりつきが下手なの。みんなは何回もつけるのに、三回くらいで弾まなくなっちゃう」
あんな風にできたら楽しそうだなあ。高く跳ね上げ、落ちてくるまでの間に手を叩く数を競っている。花詩が浮かべた羨望は、未練のひとつかもしれない。そういえば、まりつきの音を口真似していた。
「まりつき、やりたい?」
「うーん」
間伸びした声は、どっちつかず。
「まりが、あるつもりでこうすれば……」
いつも口真似に合わせて動かすように、宙に手を弾ませる。
「何回だってできるから。このほうが、たのしい」
こんな苦手の克服の仕方があるとは。負けん気と努力で大抵を実現してきた添花には、突飛な発想だった。さすがに子どもに対して、それは逃避だと指摘するのは酷だろう。物に触れられない霊ならば、建設的な考えでさえある。
「なるほどね。それなら、まりを雲の高さにだって飛ばせるんだ」
「そうだよ。すごいでしょ」
「うん」
それから、花詩が思い残す何かを探し、町を歩いた。肩車をすれば大人より高い目線が楽しく、手をつなげば母を懐かしむ。やがて、夕焼けより家の灯りが目立つ頃合いになった。
腹の虫も鳴いて、適当な所で食事をする。見慣れない女性ということもあり、屋台のおじさんはオマケを付けてくれようとした。酒を飲むつもりはないが、断って角が立つのも面倒だ。下戸なのだと嘘をつくと、じゃあと出されたのは小鉢。茶色い蜜を絡めた甘薯に、黒胡麻がふってある。前日に食べた揚げ煎餅もそうだったが、蜜は砂糖醤油味。旅人の表情が綻ぶのを見て、店主は満足そうに笑う。
小鉢を覗き込んだ花詩は、黒い粒々を珍しそうに見る。白い胡麻なら、同じ料理を見たことがあるそうだ。
「これって、白胡麻をふる地域もあるんですか?」
「北隣の町はそうだよ。気に入ったかい」
「ええ。食べ比べてみるのもいいかも」
思いがけず、有力な情報がもらえた。ただ、同じ川沿いのふたつの町、という地理を考えると、胸中は複雑になる。
宿へと帰る時、添花と手を繋ぐ花詩は「もっと遊びたかったなぁ」とこぼす。些細なつぶやきこそ、心から滲んだ願いに思えた。
「甘薯に白胡麻の町、花詩の生まれた所かもしれないよ。明日から、そこを目指そう。道に人がいなければ、私と思い切り遊べるし」
「うん! いく!」
誰かに見つけてほしい。強い願いに覆われていたけれど、自分はお化けになったのではないか? という疑問はあった。いま、確信に変わる。だから、布団に潜り込むと皆が目を覚ましてしまうのだ。お化けは冷たいのだと、聞いたことがある。誰に?
「おかあさん……」
恋しい想いが口をつくと、旅人の目が半分開く。きりりと上がった目尻も、癖が強く短い髪も、少女の母親には似ていない。それでも、そばに自分を認識している人がいるのは、懐かしい安心感だった。
「早起きだね」
寝起きの掠れた声は低いのに、笑ったように聞こえる。掛け布団は少女をすり抜けて、敷き布団に落ちている。小さな体を抱えるようにして、頭の後ろを撫でる添花の手だけが、少女の存在を肯定する。実は眠っていないとは、言わないことにした。きっとこの人は、少女がお化けだと分かっている。
「そうだ、昨日……聞きそびれたんだった。あんた、名前なんていうの?」
伸びをするとともに離れた手を、つい目で追う。
「私は添花。漢字……は、まだ分かんないかな」
「花なら、わかるよ。わたしの名前にも、ある字なんだ。花詩っていうんだけど、〈か〉のところが花なんだって」
「そりゃ偶然。私も〈か〉のところは花の字だよ」
おそろいだと笑い合うと、なぜだか少しだけ眠くなった気がした。お化けになってから、はじめて感じる瞼の重さだ。
花詩の微妙な表情の変化を見て、うっすらと成仏への道筋が描けてきた。喜びや安堵を積み重ねれば、いちばんの思い残しも呼び起こされる。
(甘え方を忘れたら、甘やかし方の見当もつかない。見かけた親子の真似事で悪いけど、しくしく泣かないだけ上機嫌なのかな)
思い返そうとしても、添花がこの子の歳だったのはずいぶん昔。それに、底抜けに明るい自分の母親を真似るのは難しい。花詩が笑うと嬉しいから、自分にも欠片くらいは母性があるのだろう。関わったからには、成仏できるまで頑張るつもりだ。
ふたりで話し合って、この日は町を楽しんでみることになる。身支度を整える添花に向けて、花詩は何かを言いかけてはやめる。絡まりやすい髪を梳くのもそこそこに、目線で促す。
「……あの、おねえさんは、わたしがお化けだって……」
「知ってるよ」
「こわくないの?」
「うん。花詩は、悪いお化けじゃないからね。自分で分かってるなら話が早い」
街中ではあまり会話すると怪しまれること、手を繋いでいればはぐれないこと。仮にはぐれても、お互いを探すのは簡単だと確認して、街へと繰り出す。
新たな気持ちで景色を見たり、花詩の記憶にある町との違いを聞く。近い年頃の子どもたちを眺めて、どこか切ないように目を細めるのは、なぜだろう。まりつき、鬼ごっこ、数え歌に人形遊び。添花に唯一馴染みがあるのは、走り回る鬼ごっこ。
「わたしね、まりつきが下手なの。みんなは何回もつけるのに、三回くらいで弾まなくなっちゃう」
あんな風にできたら楽しそうだなあ。高く跳ね上げ、落ちてくるまでの間に手を叩く数を競っている。花詩が浮かべた羨望は、未練のひとつかもしれない。そういえば、まりつきの音を口真似していた。
「まりつき、やりたい?」
「うーん」
間伸びした声は、どっちつかず。
「まりが、あるつもりでこうすれば……」
いつも口真似に合わせて動かすように、宙に手を弾ませる。
「何回だってできるから。このほうが、たのしい」
こんな苦手の克服の仕方があるとは。負けん気と努力で大抵を実現してきた添花には、突飛な発想だった。さすがに子どもに対して、それは逃避だと指摘するのは酷だろう。物に触れられない霊ならば、建設的な考えでさえある。
「なるほどね。それなら、まりを雲の高さにだって飛ばせるんだ」
「そうだよ。すごいでしょ」
「うん」
それから、花詩が思い残す何かを探し、町を歩いた。肩車をすれば大人より高い目線が楽しく、手をつなげば母を懐かしむ。やがて、夕焼けより家の灯りが目立つ頃合いになった。
腹の虫も鳴いて、適当な所で食事をする。見慣れない女性ということもあり、屋台のおじさんはオマケを付けてくれようとした。酒を飲むつもりはないが、断って角が立つのも面倒だ。下戸なのだと嘘をつくと、じゃあと出されたのは小鉢。茶色い蜜を絡めた甘薯に、黒胡麻がふってある。前日に食べた揚げ煎餅もそうだったが、蜜は砂糖醤油味。旅人の表情が綻ぶのを見て、店主は満足そうに笑う。
小鉢を覗き込んだ花詩は、黒い粒々を珍しそうに見る。白い胡麻なら、同じ料理を見たことがあるそうだ。
「これって、白胡麻をふる地域もあるんですか?」
「北隣の町はそうだよ。気に入ったかい」
「ええ。食べ比べてみるのもいいかも」
思いがけず、有力な情報がもらえた。ただ、同じ川沿いのふたつの町、という地理を考えると、胸中は複雑になる。
宿へと帰る時、添花と手を繋ぐ花詩は「もっと遊びたかったなぁ」とこぼす。些細なつぶやきこそ、心から滲んだ願いに思えた。
「甘薯に白胡麻の町、花詩の生まれた所かもしれないよ。明日から、そこを目指そう。道に人がいなければ、私と思い切り遊べるし」
「うん! いく!」
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