蓮の呼び声

こま

文字の大きさ
上 下
55 / 84
【本編後】蓮が咲いたら

おかえり参り

しおりを挟む
 夏の真ん中に墓参りをする。故郷を留守にしていた間は紅龍の両親が花を手向け、手を合わせたという。
 地域や家庭によって色々な風習があるが、蓮橋では最後の蓮の花が散って三十日経つと、故人の魂が三日間帰ると言われている。命日などとは別に、このときに墓参りをする。
 今年は花が遅かったから、おかえり参りの時期も遅くなる。およその日を推し量って、紅龍の母が添花に手紙を送ってくれていた。白緑龍でやるべき事を片付けて発つ添花は、帰郷の道を急ぐ。着く頃には晩夏で暑かったから、伸びた髪が汗で首筋に張り付いていた。
「おかえりなさい。今年は戻るって言うから、待ってたんだけど……」
 蓮橋ではまず、紅龍の家に挨拶しに行く。迎えてくれた紅龍の母・映は、申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「水芳地区でけっこう雨に降られて、遅くなっちゃった。待たせてごめんなさい」
「ううん、私と辰砂は先に手を合わせてきたわ。紅龍は添花と行くって」
 お花は昨日そなえたばかりだから、水だけ替えれば大丈夫。そうなんだ、ありがとう。映と添花の会話は親子のようで、微笑ましい。先に帰郷していた紅龍は、家の中でその声を聞くともなく聞いていた。
「今年は紅も帰ってきたんだね」
玄関から幼なじみの呼び名が聞こえると、のんびり立ち上がって顔を出しにいく。
「お帰り、添花」
「うん、ただいま」
この夏の墓参りは、故人も喜ぶものになりそうだ。


 霊魂が見える添花は、墓の下にも辺りの空気にも魂が帰って来ないことを知っている。だから、墓参りが嫌いだった。
「言ったからには帰ると思ったけど、それでも意外だったな。この時期に帰ってくるなんて」
「ああ、そうだろうね」
 共同墓地までの道を歩きながら紅龍が言うことに、添花はあっさり返事をする。彼は、添花の墓参り嫌いを知っている。
「気持ちにケリがついたってのも、ある。郷に入っては何とやらとも言うし、少しは人並みの行動しようと思って」
 添花はこんな風に、故郷に対して自分は浮いた存在だと示すことがある。帰る場所だと思っているはずなのに、長年染み付いた言い方はなかなか変わらない。霊が見えるのを隠していた頃は、いつ追い出されてもいいように心の準備をしていたのだ。
「まあ、大人になったんだなあ、俺達も」
 癖に自覚のない幼なじみから目線を外して、紅龍は目指す墓地を見た。
 手を合わせるのは、添花の家族の墓だ。家族ぐるみの付き合いがあったから、紅龍一家も毎年ここへ来ていた。
 しゃがんで合わせた手のひらより、日に照らされる手の甲が熱い。頬や首筋がじりじりする。添花はこれまで、瞼の裏に故人を浮かべることはしなかった。でも今年は勝手に、頭の片隅を思い出が駆けていく。
「……なんか、今年は長かったな?」
 先に目を開いた紅龍は、つい本音をこぼした。いつもは、添花がずっと早く手を合わすのをやめているのだ。
「そうかな」
 首を傾げながら、確かに長かったとも思う。少し考えると理由がわかってきた。前の命日ごろ、久々にここへ来てから、だんだん考え方が変化していたのだ。松成の墓参りを経て、それは確かなものになった。
「前に、言ったよね。墓の下に魂はないから、何を祈ればいいか分からないって。今もそれは同じなんだけど」
 指先で墓石の輪郭をなぞる。ざらりとした石は、長い年月をかけてすり減っていくだろう。手を離すと同時に立ち上がる。
「ここは誰それの墓だって石を置くのは、遺された人のためだけじゃなくて……亡くなった人のための、目印なのかもって思うようになったんだ。自分を想って手を合わす人が見つかるように。変かな」
 紅龍を振り返り浮かべる笑みは、いくらか痛みをたたえていた。
「変じゃないよ。でも、魂は……」
「うん。ない。夏に帰る魂が、私達を見てるとしても」
 うつむくと、髪が表情を隠す。
「もう私からは見えないんだね。そういうものなんだよ、きっと」
 両親は六つの時に亡くしたし、兄の魂を見送ったのは今年のこと。成仏してしまった魂は、毎年来るこの三日間でも見えた事がない。偲ぶ気持ちが生んだ習慣であり、魂が帰るなど幻想なのかもしれなかった。
「遠くから私達を見てる。ってことにして、いつも元気にここへ来ればいい」
 割り切れたような、割り切れないような声色だ。
(大丈夫。こうして、今を受け入れていくから)
「ね」
 空を仰ぎたい気分だが、なんとなくやめた。魂を探さず、帰途につこうと紅龍を促す。添花はもう歩き出している。
 照りつける太陽が雲の陰影を濃くしていた。明るい所はより白く、暗い所は雨を蓄えたように。空の色は涼やかなのに、空気は熱い。
 何度も見てきた夏の空は、肌の感覚から鮮明に想像できる。見た事のない夏の魂をその向こうに思い浮かべて、紅龍も道へ踏み出した。いつまでも背中を追うばかりではいない。足跡がふたつ並んで、蓮橋へと帰っていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

性癖の館

正妻キドリ
ファンタジー
高校生の姉『美桜』と、小学生の妹『沙羅』は性癖の館へと迷い込んだ。そこは、ありとあらゆる性癖を持った者達が集う、変態達の集会所であった。露出狂、SMの女王様と奴隷、ケモナー、ネクロフィリア、ヴォラレフィリア…。色々な変態達が襲ってくるこの館から、姉妹は無事脱出できるのか!?

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

同僚くすぐりマッサージ

セナ
大衆娯楽
これは自分の実体験です

処理中です...