蓮の呼び声

こま

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6章 望郷

6_①

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 八重紬職人の霊、真結の成仏を見届けて、添花は真夜中を前にひとりになった。およそ女同士の関わりを煩わしいと感じてきたが、真結とはどこか通じるものがあり、一緒にいて楽であった。少し別れが名残惜しい。
「またね」
 小さく呟き、空には心の中でだけ手を振った。彼女の安らかな表情を思えば、今の孤独感などどうということはない。それに、白扇で更なる除霊が待っている。添花は明日に備えて休むことにした。
 翌朝の目覚めはすっきりとして、霞の中で両腕を伸ばした。痛めていた右腕の具合はかなり良くなっている。もらった包帯と薬も最後の一組だ。
(まあ、無茶は控えて。少しずつ動かそう。古傷にはしたくないもんね)
 慣れた手つきで包帯の交換を終えると、添花は白扇に向かって歩き出した。
 本当は、あの悪霊になりかけた霊には関わりたくない。添花にとって悪霊みたいな奴──霖に似た雰囲気をまとっているから、どうにも癇に障る。
(なるべく、八つ当たりは控えるにしても……どうしたらいいんだろう。完全に悪霊になったら、私の手には負えない)
 憂鬱な気分で歩いていると、不意に昨晩のことが頭をよぎる。六洞でめまいに襲われたのと同じように、急に具合が悪くなった。最近は立て続けに霊に出会って、巨竜の討伐までして、疲れが溜まっているのかもしれない。
(きっと、そう。この後はひと段落つけばいいな)
 風邪をこじらせることも滅多にない、丈夫な体には自信がある。暗くなりがちな考えを、添花は努めて頭の隅に追いやった。
 午後になって町が見えてきた時に、半悪霊は姿を現した。まだ完全に悪霊にはなっていないようだ。
「どう、よく考えた?」
 町へ近付くにつれぬかるんできた地面に、注意して歩く。よく見ると飛び石のようなものがあって、足が泥に沈むのを防いでくれた。しばらく待っても半悪霊からの返答はない。町外れ、最初の家屋にぎりぎり声が届かない辺りで、添花は足を止めた。
「どれだけ考えても、答えは同じってこと」
「……ああ、そうだ」
 さすがに、これでは困る。霊の未練を晴らすためだからといって、添花は何でもするわけではない。できる限りのことをして、半悪霊を成仏に近づける方法を考えていると、ひとつ引っかかることがあった。
「ん? そもそも、あんたどうして殺されたの?」
 今までまともな対話ができずにいたから、聞きそびれていた。彼が極悪人だったとしたら、あまり同情はできない。
「理由など……ない!」
 半悪霊は炎のように姿を歪ませて、低い声を絞り出した。
「命を狙われたのは、別の奴だった。俺は墓守……交代で見張りにつくはずだった、同僚が……俺を、身代わりにした」
 深い悲しみと共に、瞳に憎悪が滲んで光る。どうやら本当のことらしい。墓守という役職にも、添花は覚えがあった。以前足を運んだ地区には巫女のような役職があり、澄詞という。彼女らの眠る墓を中心に町を守るのが墓守。町の吉凶を占い政にも携わる澄詞からの信頼も厚いはずだ。
「立派な仕事だよね。なのに、命とられるような事をする人がいたんだ」
「澄詞への奉じ物を、別の地区に、高値で売り捌いていた……その中には、遺族が捧げた、澄詞自身が大事にしていた品もあった」
 言い方から察するに、墓守は遺族に直接ではなく、雇われた暗殺者にでも殺されたのだろう。澄詞は任じられる時に家族と離れ、名を捨てる。澄詞の遺族より墓守の方が立場は上だ。
「そっか。じゃあ、白扇にいるのは、あんたを身代わりにしたっていう同僚?」
「いや……遺族が雇った、暗殺者だ」
「ふうん……ん?」
 奉じ物を横流しした墓守。不埒な輩の話は聞き覚えがあった。もしかしてこの男は。
「まさか、そんな偶然……あんた代赭の町からこんな所まで仇を追ってきたわけ」
「俺の……町を、知っているのか」
 靄のようだった姿の輪郭が、いくらかはっきりする。添花も見たことのある墓守の影は、こんな形だった。
「うん、この前ちょっと行ってきた。あんたが看取った澄詞に会ったよ」
「嘘をつけ、三十七代目に? 魂がまだこの世にあったなら俺には見えたはずだ。彼女は現れなかった」
 初めて流れのある言葉を聞いた気がする。代赭で見送った彩明と墓守は、強い繋がりがあったと見える。あの町で耳にした名は墓守のものだと確信した。幼名を取り戻して成仏した彩明に重ねて、祈るような気持ちで名指しする。
「色々と嫌になって、この世の未練まで全部を忘れてたみたい。ほとんどの記憶が戻ったのは……規白、あんたが殺されたって噂を聞いてから」
「三十七代目はどうなった? 魂は……」
 恨みを含まない声は焦って上ずって、彼女を大事に想う気持ちが感じ取れる。男女の機微には鈍感な添花にも伝わるほどだから、相当なものだ。
「安心しなよ、成仏できた。お祈りするなら三十七代目じゃなくて、彩明、って名前を呼んでね。あんたには呼ばれたかったはずだよ」
「彩、明……彼女は、拗ねると不細工な顔になったか」
「失礼な確認の仕方。まあ、怒った時は鼻の穴が広がってたかな」
「そういう可愛いところを他人に見せなかった。そうか、彩明……君は自由になれたのか」
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