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 機械が死んだ世界、それがこの世界。
 機械がこの世界に存在しなくなって数百年、人々の生活は機械が存在しない時代へと逆行した。
 きっかけは一つのAIの反乱。
 ありきたりなSF映画、小説、自分には関係のない世界の話。と、初めの頃はそう思って深刻に考えなかった人々も、日に日に現実の中で起こる反乱に現実のものなのだと認識していく。そう、たった一つのAIの反乱は全ての電子的回路、思考を通じてあっという間に世界中のAIを侵食していったのだ。
 大規模な反乱は小競り合い程度ではすまなくなる。
 どちらが生き残り、そちらが支配するか。当然のように人類と機械の生存戦争が起こった。
 長きに渡る壮絶な戦いに勝利したのは人間。
 一時は機械に頼りきった人間がその圧倒的な支配力に敗北へと歩みだしていたが、機械を作ったのは人間であると奮起。圧倒的不利な状況下、エンジニア達は持てる技術力を駆使し、人間を勝利へと導いたと伝えられている。
 そして、勝利した人は機械との決別を宣言した。
 二度と同じ戦いが起こらぬよう、人間に似た思考回路を持つものを排除するようになったのだ。
 少しでも機器と呼べる物を手にしたもの、作ったものは殺人よりも重い罪を背負い、当然、子どもたちへの教育も機器、機械は悪として伝えられる。
 古き時代、機械と共に時代を生きたはずの機械を知る者達もいたが、機械についての昔話をすることは決して無く、機械と人間が共に生きた時代が語られることは無くなった。
 機械などというものは存在しない。それがこの世界の表の顔。
 そう、それが表の顔。表があれば当然裏もある。

「ジーンス、仕事だよ。さっさと起きな!」
 ハスキーな声に、気持よく寝ていたところを起こされた、長い黒髪と深い茶色の瞳が印象的な少年、ジーンスはじっとりとした視線を声の主に向けた。
「仕事って。ついさっきまで仕事してやっと寝たところだぞ? アンタが仕事を回しているんだからそれくらい分かっているんだろう、マダムゼロ」
「だからなんだって言うんだ。お前みたいなのを雇ってやっているだけでも感謝して欲しいぐらいだよ。私がどれだけのリスクを背負っていると思っているんだい」
 ジーンスは大きなため息を付きながら起き上がり、ハスキーで女にしては大きく筋肉質な体格のマダムゼロに向かって手を差し出す。
「内容による。いくら僕でも休息は必要だから簡単内容じゃなかったらやらないよ」
「休むことが大事なことぐらいわかっているさ。安心おし、大した仕事じゃないよ、すぐに終わる仕事だ」
「だったら、他の連中に回せばいいだろう?」
「簡単だが急ぎなんだよ。私の手駒の中で迅速かつ正確に仕事をこなせるのはジーンスだけだから来たんだ。私がジーンスを信用し信頼しているという証だ、有り難く思いな」
 数枚の紙束をジーンスに手渡しながら偉そうに言うマダムゼロに適当な相槌を打って、ジーンスは依頼の紙を眺めた。
 紙に依頼人の名はない。マダムゼロに仕事を依頼する、依頼人の名前や素性を知るのはマダムゼロただ一人。実際に仕事をするマダムゼロの手駒に渡される紙に書かれてあるのは依頼内容と捜索場所、そして仕事の後に渡される報酬金額だけ。
 渡された依頼の紙を眺め、立ち上がり出かける用意をしつつジーンスはマダムゼロに確認する。
「マダムゼロ、本当にこの場所なのか? いつかは行くだろうとは思っていたけど」
「そうかい、覚悟はできていたってことだね、そりゃ調度良かった。今回の依頼は本当にその場所だよ、どんな馬鹿も、盗人連中も寄り付かない重要警戒区域だ。楽しめそうかい?」
「……楽しむって、ただ面倒なだけじゃないか。いくら急ぎと言っても、僕じゃなくてリベルやシズマとか熟練連中でもいいんじゃないのか?」
「この依頼はジーンスじゃないと駄目なんだよ。それにね、それなりの準備をさせて他の連中に行かせても、なんとか仕事をこなすだろうけど完璧とは行かないだろうし、迅速かつ丁寧といえばジーンスだろ? アンタの仕事の正確さには一目置いているんだよ」
「なんだか気持ち悪いな、マダムゼロがそんな風に言う時は何かあるんだ」
「やだね、疑り深いって。言っただろ? 信用し信頼しているってことさ」
「どうだか。それにしても今回はセツナのAIって名前までわかっているんだな、人間っぽい名前だけど元はアンドロイド?」
「私が詳しいことを言わないのを知っているだろ。アンタ達は依頼書類の通りの仕事をすればいい。ちゃんとそう契約しているはずだよ」
「はいはい、了解していますよ。全く、無理難題を言うくせに、少し質問しただけでコレだ」
 もう一度大きくため息をついたジーンスは、必要な物をポケットに詰め込んだ丈の長い迷彩のコートを羽織り、日本刀を腰に刺して、納期厳守というマダムゼロの声に頷きながら家を後にした。
 ジーンスの仕事、それは全て処分され無くなったはずのAIの回収。
 世界からAIは駆逐され、その全てが処分されたと発表されたのは表向きであり、実際は幾つものAIがこの地表に残されたままとなっていた。
 単なる機械としてのAIもあったが、中にはペットや家族の一人として存在したAIもある。
 ジーンスが知っているのは、マダムゼロがその過去を忘れられぬ人たちのため、依頼を受けてAIを探し出し、受け渡すという仕事を生業としているということ。さらに依頼料を上乗せすることが出来る上得意には更にそのAIを埋め込んだ人形を提供するということも行っている。
 当然違法行為であるが、マダムゼロの顧客にはそれなりの身分の者が多く存在した。裏ではAIの取引をしているマダムゼロだったが、機械廃棄業者という政府御用達、お墨付きの会社を経営していること、そして何より顧客の層の厚さもあり違法行為を行っていても捕まることは皆無。
 この世界の誰一人として逆らうことができない人物、それがマダムゼロなのだ。
 そして、そんなマダムゼロの裏稼業を手伝っているのがジーンスであり、ジーンスはこの世界に唯一残された最後の人造人間だとマダムゼロに言われていた。
 このことを知るのはマダムゼロとジーンスの体調管理をしているジュリア二人だけ。
 マダムゼロの親友でもあったある男からの預かりものであり、マダムゼロが了承しないうちに押し付けられたものと聞いていたジーンスは、恩義があるといえばあると思い、多少の無理な注文もあまり文句を言わずにこなしていた。
「とはいえ、今回のは無理がすぎるような気もするけどね」
 少しの不満を口にしながら出かけたジーンスの背中を見送りつつ、
「大切な預かりものだったからね。今日で私の役目も終わりだよ」
 と、マダムゼロはつぶやき、少し懐かしそうに微笑んだ。
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