29 / 43
第29話 白い霧
しおりを挟む
霧湧村公民館。
「仏像はこの箱の中にあるんです」
山形誠が箱の蓋を開けて中身を見せて来た。宝来雅史と月野姫星は一緒に覗き込んだ。
「…………」
中を覗き込んだ二人は固まってしまっている。
「…… ひょっとして馬鹿には見えない仏像ですか?」
雅史は顔を上げて誠に尋ねた。何故なら箱の中には何も無かったからだ。
「へ?」
誠は中を慌てて覗きこんで固まってしまった。
「……無いっ!」
少しの間を置いて、誠が反応して慌てだした。箱の中に手を入れてまさぐったりしている。
「あれ? あれっ? あれれっ? 昨日は確かに有ったのに……」
一方、姫星は安堵した。雅史が『馬鹿には見えない仏像』とか言い出すから、実際に見えなかった姫星は、馬鹿だとバレテしまうのではないかと危惧したのだ。そして、何気なく見た窓の外の光景に見慣れた物が疾走しているのが写った。
「んーーーっ…… ? …… あの車…… まさにぃのじゃない?」
姫星が指差す先の道路には、雅史の車が土煙を上げながら走り去っていく所だった。
仏像を盗んだのは泥棒一味の生き残り木下だった。
木下は山道を登らずに適当なところで脇道に逸れて、遠回りして村に舞い戻っていたのだ。そして、廃農家の家に隠れて村を脱出するチャンスを伺っていた。すると農作業に行こうとしている村人たちが、仏像を公民館に隠したと話しているのを聞いていたのだ。
「へ、こちとら。 お宝を頂かないと帰る事ができねぇんだよっ!」
木下はアクセルを踏み込んだ、坂道でならパワーのあるSUVが有利だからだ。このSUVは、村に若い娘とやって来たひょうひょうとした学者の持ち物だったらしい。道に落ちていた(駐車)ので頂いた(盗った)のだ。
キーロックは万能では無い、やり方さえ知っていれば、簡単に開錠出来てしまうのだ。それは元自動車整備工の木下にはお手の物だった。
この国はお人好しの連中ばかりだ。世の中には善人しかいないと思い込んでるらしく簡単に盗める。木下は一人ほくそ笑んだ。
だが、悪運も続かない。横道から出て来たパトカーに小心者の泥棒は動揺してしまい、木下は片輪を側溝に突っ込ませてしまった。
「ちっ、ドジった……」
パトカーから降りて来た若い警官が近寄って来る。木下は焦ってしまった。車内検査をされると仏像が見つかってしまう。というか、仏像はジャンパーに包んで助手席に投げ出したままだった。
「大丈夫ですか…… おや? この車は……」
そう何台も車がある訳では無い田舎だ。駐在所勤務の警察官は全ての車の持ち主の顔も名前も知っている。この車は東京から来た大学の先生が乗って来たはずだ。運転しているのは見知らぬ男。どう見ても怪しいのだ。
「ちょっと、お話を……」
若い警官が、そこまで言いかけた時に、木下はアクセルを思いっ切り踏み込んだ。SUVの強力なパワーは脱輪した車を強引に側溝から引き揚げた。そして、ハンドルを切ると、そのまま走り去ろうとした。
「ま、待ちなさいっ!」
取り敢えず叫んで見たが、そんな事で止まるような奴は、警官の前から逃げたりしない。警官は慌ててパトカーに戻り追跡を開始した。
山道を抜けて一つ峠を越せば県境だ。ただの不振車両では、警察は追跡が出来ない。県警同士の繋がりは有るが、建前上は然るべき筋立てをしないと警察官僚は嫌がるのだ。その連絡に手間取って居る間に、行方を眩ませれば逃げ切れる。木下はそう踏んでいた。
過去にも似たような逃走劇を行った事が有るからだった。
しかし、此処は田舎道。道路上を疾走しているのは、木下が運転するSUVとパトカーだけが走っていた。目立つことこの上ない。
パトカーは何とか木下の前に出て停車させようと右に左にハンドルを操作しているが、木下もそうはさせまいと、同じようにハンドルを動かす。
『はい、前の車は直ぐに停車しなさいっ!』
パトカーの拡声器を使って警官が呼び掛けている。しかし、木下には止まる気などさらさら無い。アクセルを踏む右足に力を入れるだけだ。時折、狸がビックリした顔で二台の車が疾走する様子を見ていた。
この村から脱出するには、一旦北側に下って、バイパスを抜けなければならない。その後、山沿いに迂回して県境を目指せば良い。泥棒の下見に来たときに、逃走経路として目星を付けて置いたのだ。
「あ? 何だ?」
見ると白い霧が掛かっている。向こうの景色が見えない程だ。まるで白い布団が山に掛けてある感じでかかっていた。
「しめたっ!」
木下は自分の運良さにほくそ笑んだ。警察車両は安全運転が義務づけられている。視界不良の中では速度を落として運転しないといけないのだ。警察がモタモタしている内に引き離すことが出来ると喜んだのだ。
「ついてやがるぜ」
木下は迷わず霧の中に車を突っ込ませた。
「仏像はこの箱の中にあるんです」
山形誠が箱の蓋を開けて中身を見せて来た。宝来雅史と月野姫星は一緒に覗き込んだ。
「…………」
中を覗き込んだ二人は固まってしまっている。
「…… ひょっとして馬鹿には見えない仏像ですか?」
雅史は顔を上げて誠に尋ねた。何故なら箱の中には何も無かったからだ。
「へ?」
誠は中を慌てて覗きこんで固まってしまった。
「……無いっ!」
少しの間を置いて、誠が反応して慌てだした。箱の中に手を入れてまさぐったりしている。
「あれ? あれっ? あれれっ? 昨日は確かに有ったのに……」
一方、姫星は安堵した。雅史が『馬鹿には見えない仏像』とか言い出すから、実際に見えなかった姫星は、馬鹿だとバレテしまうのではないかと危惧したのだ。そして、何気なく見た窓の外の光景に見慣れた物が疾走しているのが写った。
「んーーーっ…… ? …… あの車…… まさにぃのじゃない?」
姫星が指差す先の道路には、雅史の車が土煙を上げながら走り去っていく所だった。
仏像を盗んだのは泥棒一味の生き残り木下だった。
木下は山道を登らずに適当なところで脇道に逸れて、遠回りして村に舞い戻っていたのだ。そして、廃農家の家に隠れて村を脱出するチャンスを伺っていた。すると農作業に行こうとしている村人たちが、仏像を公民館に隠したと話しているのを聞いていたのだ。
「へ、こちとら。 お宝を頂かないと帰る事ができねぇんだよっ!」
木下はアクセルを踏み込んだ、坂道でならパワーのあるSUVが有利だからだ。このSUVは、村に若い娘とやって来たひょうひょうとした学者の持ち物だったらしい。道に落ちていた(駐車)ので頂いた(盗った)のだ。
キーロックは万能では無い、やり方さえ知っていれば、簡単に開錠出来てしまうのだ。それは元自動車整備工の木下にはお手の物だった。
この国はお人好しの連中ばかりだ。世の中には善人しかいないと思い込んでるらしく簡単に盗める。木下は一人ほくそ笑んだ。
だが、悪運も続かない。横道から出て来たパトカーに小心者の泥棒は動揺してしまい、木下は片輪を側溝に突っ込ませてしまった。
「ちっ、ドジった……」
パトカーから降りて来た若い警官が近寄って来る。木下は焦ってしまった。車内検査をされると仏像が見つかってしまう。というか、仏像はジャンパーに包んで助手席に投げ出したままだった。
「大丈夫ですか…… おや? この車は……」
そう何台も車がある訳では無い田舎だ。駐在所勤務の警察官は全ての車の持ち主の顔も名前も知っている。この車は東京から来た大学の先生が乗って来たはずだ。運転しているのは見知らぬ男。どう見ても怪しいのだ。
「ちょっと、お話を……」
若い警官が、そこまで言いかけた時に、木下はアクセルを思いっ切り踏み込んだ。SUVの強力なパワーは脱輪した車を強引に側溝から引き揚げた。そして、ハンドルを切ると、そのまま走り去ろうとした。
「ま、待ちなさいっ!」
取り敢えず叫んで見たが、そんな事で止まるような奴は、警官の前から逃げたりしない。警官は慌ててパトカーに戻り追跡を開始した。
山道を抜けて一つ峠を越せば県境だ。ただの不振車両では、警察は追跡が出来ない。県警同士の繋がりは有るが、建前上は然るべき筋立てをしないと警察官僚は嫌がるのだ。その連絡に手間取って居る間に、行方を眩ませれば逃げ切れる。木下はそう踏んでいた。
過去にも似たような逃走劇を行った事が有るからだった。
しかし、此処は田舎道。道路上を疾走しているのは、木下が運転するSUVとパトカーだけが走っていた。目立つことこの上ない。
パトカーは何とか木下の前に出て停車させようと右に左にハンドルを操作しているが、木下もそうはさせまいと、同じようにハンドルを動かす。
『はい、前の車は直ぐに停車しなさいっ!』
パトカーの拡声器を使って警官が呼び掛けている。しかし、木下には止まる気などさらさら無い。アクセルを踏む右足に力を入れるだけだ。時折、狸がビックリした顔で二台の車が疾走する様子を見ていた。
この村から脱出するには、一旦北側に下って、バイパスを抜けなければならない。その後、山沿いに迂回して県境を目指せば良い。泥棒の下見に来たときに、逃走経路として目星を付けて置いたのだ。
「あ? 何だ?」
見ると白い霧が掛かっている。向こうの景色が見えない程だ。まるで白い布団が山に掛けてある感じでかかっていた。
「しめたっ!」
木下は自分の運良さにほくそ笑んだ。警察車両は安全運転が義務づけられている。視界不良の中では速度を落として運転しないといけないのだ。警察がモタモタしている内に引き離すことが出来ると喜んだのだ。
「ついてやがるぜ」
木下は迷わず霧の中に車を突っ込ませた。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
ゴーストバスター幽野怜
蜂峰 文助
ホラー
ゴーストバスターとは、霊を倒す者達を指す言葉である。
山奥の廃校舎に住む、おかしな男子高校生――幽野怜はゴーストバスターだった。
そんな彼の元に今日も依頼が舞い込む。
肝試しにて悪霊に取り憑かれた女性――
悲しい呪いをかけられている同級生――
一県全体を恐怖に陥れる、最凶の悪霊――
そして、その先に待ち受けているのは、十体の霊王!
ゴーストバスターVS悪霊達
笑いあり、涙あり、怒りありの、壮絶な戦いが幕を開ける!
現代ホラーバトル、いざ開幕!!
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる