上 下
17 / 43

第17話 神様との距離

しおりを挟む
 霧湧村村長の話。

 村長の日村幸一は話し終えると温くなった麦茶を飲んだ。
 泥棒の頭目金田は、いつまで経っても木下が戻ってこないので、動かない車を捨てて徒歩で逃げだした。そして、逃げている最中に駐在所の警察官に発見され、不審尋問されるとあっさりと白状して捕まったらしい。
 自供した内容では逃げた仲間がいるとの事なので、警察と村の自警団で山の中を捜索したが、木下の行方は分からなかったらしいのだ。きっと山伝いに逃げ出したのかもしれないので、念の為に手配をかけているそうだ。

「話の時系列から考えますと、美良が来た時には木下以外とは出会いの可能性が無さそうですね」

 宝来雅史は月野美良の行方不明の原因が、泥棒一味との関係が薄そうだと思い始めていた。

「はい、月野さんのお姉さまがいらした時には金田は捕まっていましたし、木下は行方不明のまま、尾栗に至っては死んでおりました」

 日村はそう答えた。月野姫星は考え込んでしまった。泥棒の自供した内容が突拍子も無いことであるが、それと姉の行方不明が関係するのが分からなかったからだ。

「尾栗が死んでいた?」

 意外な結末に驚いた雅史が尋ねた。

「はい、高い木に逆さまにされた状態で吊るされておりました……」

 日村は神社に近い森の中で見つかったといっていた。木下を探している最中に、森の中に血だまりが有り、何だろうと上を見上げたら見つけたらしい。最初は木下かと思ったが、左手の特徴を金田に伝えた所、『そいつは尾栗だ』と言われたのだそうだ。

「左手の特徴…… って、なんですか?」

 雅史が尋ねた。

「他に目立った特徴が無かったですからね。 尾栗はかつて暴力団の構成員だったらしく、左手の小指が無かったんですよ」

 日村が笑いながら答えた。何でもドジを踏んで”エンコ詰め”をやらされた後に破門になったそうだ。それで食い詰めた尾栗は泥棒の下っ端をやらせれていたらしい。

「仲間割れでもしたのでしょうか?」

 雅史は泥棒の仲間割れではと考えたのだ。収奪した盗品の分け方で揉めるのはよくある事だろう。

「それは無いと思いますよ。 第一に時間が合わないです」

 日村はにべも無く答えた。

「いえ、足場も何もない木ですよ? 十メートル以上の高さで吊るされていたんです。 それに……」

 日村は現場を知っているし、死体を降ろすのを手伝ったりもしていたのだ。

「それに?」

 雅史は言い澱んだ日村に先を促す。

「全身の皮膚が剥がされていたんです」


 日村の一言で聞いていた一同は黙りこくってしまった。

「まさか、美良が殺したとか?」

 突然、雅史が突拍子も無いことを言い出した。

「いや、それは無いですわ。 十メートル以上の高さに吊るされていたんですよ。 女の子の力では無理ですわ」

 日村が首を振って否定した。雅史は自分でもそう思っている。僅かな可能性でも潰しておくのが、人探しのセオリーだと聞いていたので、あえて質問したのだ。
 日村の話では死んだ尾栗の死体を検視した結果、盗みをした当日に死んでいたのだという。そして、信じられないことに尾栗は生きたまま皮をはがされているらしい。検死した結果には、生活反応が有ったのだそうだ。

「一番の分からないのは…… 吊るされていた尾栗が微笑みながら死んでいた事なんですよ」

 警察の話では自殺の線で落ち着くのではないかとも言っていた。死体の表情が不可解でも他に考えようが無いのだそうだ。

「え? それでも殺した犯人がいるんでしょう?」

 雅史が驚いて尋ね返した。木にぶら下がっていただけなら自殺の線もあるが、全身の皮が剥がされているのなら話は別のはずだ。しかし、警察はそこまで踏み込んで捜査はしないらしい。

「相手が人間ならねぇ…… 普通の人間にあれは無理でしょ、真実が常に正しいとは限らないんですよ」

 日村は事も無げに答える。この村は神様との距離が近いのかもしれないなと雅史は思った。


「じゃあ、泥棒一味は姉とは面識は無いんですよね?」

 泥棒一味の話の顛末を聞いた月野姫星は日村に尋ねた。

「日付も違うし出会う機会が無いと思いますよ」

 日村は姫星に答えた。

「木下に連れ去られたという可能性は無いですか?」

 姫星が一番気になる点を聞いてみた。村に来た時に偶然出会う可能性もあるからだ。

「それも無いと思います。 あんな不可解な目に逢ってるのに、いつまでも山の中を逃げ回るとは思えないので……」

 恐らく神社に向かうふりをして脇道に入って、金田の目を逃れたのではないかと警察は推測しているらしかった。それに美良は一度自宅に戻っている。泥棒の為に村に戻る可能性はゼロであろう。雅史はこっそりと胸をなでおろしていた。

「それでは夜も遅いですし、私はこれでお暇しますね」

 日村はそう挨拶して帰宅して行った。泥棒の事で疑問点が有れば、いつでも役場に訪ねてきてくれとも言っていた。

「お忙しい中、ご足労いただきまして有難うございます」

 雅史たちは村長に丁寧に礼を述べて見送った。話を聞いたばかりなのですぐには質問が出なかったのだ。

「じゃあ明日は、残りの霧湧神社と毛巽寺を回りましょうか?」

 誠が明日の予定の話をしはじめている。

「はい、お願いします」

 雅史は全工程にかかる時間を測りたいとも考えていた。一日で回りきれるのかが知りたかったのだ。

「お話は終わりましたか? じゃあ、何もありませんけど御夕飯にしましょうか」

 真の母親が居間に顔を出して言ってきた。村長が居たので話し出すきっかけが掴めなかったらしい。
 この日の夕食は伊藤力丸爺さんが山から採ってきてくれた山菜がメインだった。都会では滅多に口にできない採れたての食材で彩られていた。誠の母親お手製の料理に舌鼓を打ちつつ、雅史と誠は泥棒の話で盛り上がっていた。
 そんな中、姫星は一人考え事をして黙っていた。

(高い木に盗賊の死体を架けたのは誰なのか?)

 と、言うことだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

ゴーストバスター幽野怜

蜂峰 文助
ホラー
ゴーストバスターとは、霊を倒す者達を指す言葉である。 山奥の廃校舎に住む、おかしな男子高校生――幽野怜はゴーストバスターだった。 そんな彼の元に今日も依頼が舞い込む。 肝試しにて悪霊に取り憑かれた女性―― 悲しい呪いをかけられている同級生―― 一県全体を恐怖に陥れる、最凶の悪霊―― そして、その先に待ち受けているのは、十体の霊王! ゴーストバスターVS悪霊達 笑いあり、涙あり、怒りありの、壮絶な戦いが幕を開ける! 現代ホラーバトル、いざ開幕!! 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

(ほぼ)5分で読める怖い話

アタリメ部長
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

処理中です...