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第16話 笑い声

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霧湧神社境内。

 三人が暗闇をジッと見つめていた。三人をねっとりとした山の暗闇が押し包んでいる。
 微かにだが森の中から子供の笑い声が聞こえた。

「…… キャハハハッ ……」

 微かに聞こえているのは子供の笑い声。
 それと同時に、五月蠅いぐらいに鳴いていた虫の声が一斉に止まったのだ。

「…… キャハハハッ ……」

 その声は段々近づいて来る。鬱蒼と茂っている森の木々をものともせずに、一直線に三人に向かって来ているようだ。
 草を掻き分ける音も、樹の枝を掃う音も聞こえない。

 子供の笑い声だけがやってくる。

「…… キャハハハッ ……」
「ひ、ひぃぃぃ……」

 益々、近づいて来る声を聞いた泥棒たちは、一瞬全員で顔を見合わせて、次の瞬間にはダッシュで山をかけ降り始めた。

「…… なんだ? なんなんだ??」

 山を降りる途中で、金田の後ろを走っている尾栗が叫んでいる。

「…… キャハハハッ ……」
「ひぃ…… 付いてきてる! 付いてきてる! 俺の横に居るっ!」

 最後尾を逃げている尾栗が怯えながら叫んだ。しかし、足音は自分たちの分しかしていない。

(……アレは飛んでいるのか?)

 金田には後ろを振り返る勇気は無かった。

「…… キャハハハッ ……」

 さっきよりも笑い声が近くなったような気がした。そして金田はその事に余計にゾッとしたのだ。

『男の全速力の駆け足に追いつける子供ってなんなんだ?』

 声はするが足音は聞こえない。振り返って確かめる余裕も無く、そのまま全力で下を目指した。

「ああっ!」

 情けない声と共に『ズザザザッ』と誰かが転ぶ音がした。

「ま、待ってくれっ!」

 尾栗の声だ。しかし、金田と木下は走るのを止めない。立ち止まると二度と走れ無い気がしたからだ。

「…… キャハハハッ ……」
「ひぃっ…… 置いて行かないでくれーっ!」

 尾栗の悲鳴にも似た声が聞こえている。尾栗の足音が聞こえないという事は怪我をしたのかもしれない。

(何が起きているのか、なんて知りたくも無ねぇよ……)

 そう思った金田は無我夢中で走っていた。
 尾栗の声も段々遠くになる程の速度で下山していく、その間も子供の笑い声は聞こえていた。

「…… キャハハハッ ……」

 金田たちは山の坂道を転んだり、無駄に伸びた枝に身体に擦り傷を作りながらも、駐車場に降りる事が出来た。

「……」

 駐車場に着いた頃には、子供の笑い声は聞こえなくなっていた。

「な、な、なんだ、あれは……」

 金田は肩で息をしている。後ろを振り返って山道を見ている。追いかけて来ていたモノの姿は見えないし気配も無い。どうやら振り切ったようだ。

「…… は、はやく逃げようぜ……」

 木下はさっさと逃げ出そうと車のキーを探している。ところが身体のあちこちを探してもキーが見つからない。

「あっ、車のカギは尾栗の奴が持っているんだった」

 木下は最後に車に鍵を掛けたのが尾栗だった事を思い出した。尾栗は神社に行こうとした時に、携帯を車に置き忘れたと言って取りに戻ったのだ。

「馬鹿っ! 逃げられないじゃねぇか」

 金田は木下の頭を拳で小突いた。

「尾栗の奴…… 戻って来れますかねぇ……」

 木下はそんな事は気にも留めないで神社のある方を見上げた。しかし、木々が風に吹かれてざわめいているだけで、尾栗がやってくる様子は無い。

「お、おまえ………… 鍵、取りに行って来いよ」

 仲間を迎えに行けでは無く、鍵を取りに行けという辺りに、金田のクズっぷりを物語っている。仲間の心配などは頭の片隅にも無いらしい。

「え? 嫌ですよ。 金田さんが行って下さいよ」

 木下は渋面を作って金田に抗議をした。木下も怖いものは嫌なのだ。

「俺はあんな訳わからんもんに関わり合いたくねぇんだよ」
「俺だって嫌ですよ」

 木下は心底嫌がっていた。訳の分からないモノに関わりを持ちたくないのは誰でも一緒だ。

「うるせぇ、行けって言ってるだろうが……」

 金田は拳を握って木下に見せた。言う事を効かないと殴るぞの意味であろう事は判る。

(一緒に行ってくれれば良いのに……)

 木下はそんな事をブツブツと言いながら渋々山道を戻っていく。途中、何度も振り返って金田が来るのを待つ素振りを見せるが、その度に手で追い払われて、木下は緩い山道を登って行った。


 だが、木下は十分経っても三十分経っても戻ってこなかった。

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