俺は魔王なんだが

百舌巌

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第 7話 詠唱

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 勇者一同歓迎の宴は滞り無く終わった。ハジメの体が少し焦げ臭かったが誰も気にしなかった。
 帰りの馬車で揺られて帰宅する時に従者に頼んで違う道順で帰ってもらった。

「ちょっと街の様子を見たいんですよ……」

 従者は素直に違う道を選んでくれた。
 行きは主要な道路であったが、裏道と思わしき道路は舗装はされておらずデコボコであった。
 行き交う庶民の服装も平服らしく質素であった。

 表通りには高層ビルが立っていたが、こちらには木造の平屋建て家が軒を連ねている。

(ふむ、見栄えだけは整える…… 見栄っ張りの華族が収める都市らしくていいね)

 ハジメは苦笑していた。

 翌日には全員が探索者学校に送り込まれた。

 ハジメは庶民が入るクラスに入れられた。春日たち四人も同じクラスだ。
 席は四人が前。ハジメは後列後ろの廊下側だ。間違いなくクラス順位では最下層であろう。

(まあ、帰宅部御用達の席でいいや……)

 ステータスのレベル別にクラスは決まる仕組みらしい。
 この世界に来たばかりの召喚者はまだまだレベルが低いのだ。
 何しろ平和な世界からやって来た連中ばかりなので、闘争本能が本格的に欠如しているのだ。
 いきなり迷宮に放り込んでも即死する未来しか見えない。

(そういえば学期の途中だろうと、レベルが上がるとクラス替えになると言っていたな……)

 ハジメが自分の席についた途端事件は起きた。

「だ~れだ!」

 そう言ってハジメの両目が塞がれたのだ。柔らかい小さめの手だ。
 声と相まって女の子であるのは間違いない。

(え、何?)

 汚いおっさんだったらメテオを叩き込むところだ。

「……」
「……」

 振り返ったハジメが見たのは会ったことも無い少女であった。

「誰?」

 少女が言った。目隠しをした相手が見知らぬ少年であったため少女は当惑しているのだ。

「いや、お前が誰だよ」
「……」

 ハジメに言われた少女は目をパチクリしている。

「あわわわ、ゴメンナサイ……」
「……」

 少女は慌てふためいて自分の席らしき教室の前に駆けていった。
 どうやら誰かと間違えたらしい。

(ふん、この席に以前座っていたやつと間違えたか……)

「ふふふ、ごめんね……」

 隣の席から声を掛けて着た奴がた。
 小太りでメガネを掛けた如何にもオタク風の奴であった。
 きっと、彼がハジメが来る前に最下層であったのだろう。

「ああ、良いって事よ」
「僕は二葉雄一(ふたばゆういち)って言うんだ」
「俺は石垣一(いしがきはじめ)だ」
「あの子は斉藤朋子(さいとうともこ)。 僕の幼馴染だ」
「了解」
「今日、召喚者がクラスに編入されるって言ってたけど君のこと?」
「そうだね……」
「前の席に四人居るけど彼らも?」
「そうそう、全部で五人だ」
「何で一人だけ離れているの?」
「そういう立場って事だろ……」
「あ…………」

 二葉は何かを察したようだ。きっと、そういう扱いに慣れているのだろう。
 そんな話をしていると教師らしき男が入ってきて授業が開始された。
 簡単な自己紹介をやらされたが大した反応は無かった。
 昼休み時間になると斎藤が飛ぶようにハジメと二葉の席の間にやってきた。

「朝はゴメンねーーっ」
「ん、別に気にしてないよ」

 本当は小デブの二葉と間違えられてちょっとだけショックを受けていた。

「お詫びに学校の中を案内してあげる!」
「じゃ、僕も一緒に案内するよ」
「頼むよ」

 ハジメは二葉・斎藤の幼馴染コンビに構内を案内してもらった。

「ハズレ?」
「ハジメ」
「勇者じゃないの?」
「違うよ……」
「ハズレ勇者?」
「だから、違うってば……」

 この娘は人の話を聞かないタイプのようだ。
 そんな他愛もない話をしていると中庭がざわつき始めた。

 すると肩を揺らしながらガニ股でこちらに向かってくる男たちが居た。
 他の生徒は何故か道を譲っている。

「お前ってハズレの方なんだろ?」

 ハジメの前にやってきた男の一人がニヤニヤしながら話しかけてきた。

「俺は小泉悠真(こいずみゆうま)だ」

 親指で自分を示しながら名乗った。

「………………」

 ハジメはボォーっとしている。

「馬鹿野郎!」
「ちゃんと挨拶しねぇか!」
「子爵家に対して無礼でしょ!」

 取り巻きたちがぴぃぴぃ囀りだした。

(なんなんだ?)

「ちょっと顔貸せよ」
「ひひひ……」
「……」

 しょうがないので立ち上がると、二葉・斎藤の二人も立ち上がった。

「おっと、用があるのはコイツだけだ」

 そう言って二葉の肩に手を掛け座らせた。

「ん、ちょっと行ってくるわ」

 心配そうに見上げる二人にハジメは声を掛けた。

 連れて行かれたのは修験場と書かれた部屋だ。

『鑑定』

 ハジメは修験場を鑑定して壁床天井に結界が張られていることに気がついた。

「ふむ、物理的にも魔法的にも頑丈に出来てるのか……」

 そんな事をつぶやいてから小泉たち四人の鑑定を行った。
 小泉がレベル6、他の三人がレベル4~7といった辺りである。

(初心者よりちょっと上といった所か……)

 職業も騎士・剣士・拳闘者・魔法使いとなっている。
 四人ということは普段からパーティを組んでるのだろうと推察した。

「お前の力を見てみたくてな……」

 そう言って小泉はニヤニヤしている。いけ好かない笑顔だとハジメは思った。

(どこの世界にも居るもんだな……)

 自分より弱そうな奴を見つけ、難癖をつけて憂さ晴らしに絡んでくる奴。

 ハジメはうんざりしていた。
 目立たないように地味めに生きているつもりなのだが周りがほっといてくれない。
 もっとも虐めやすそうな風体を好んでいるハジメもどうかと思われる。

「じゃあ、俺からだっ!」

 そう言うと手下で拳闘者の石破が殴りかかってきた。
 ハジメは体の少しだけ捻って躱した。
 その時に足を引っ掛けるのも忘れない。こういう場面では大事な作法だ。

(わざとか?)

 余りにもゆっくりとした動作だったので拍子抜けしたくらいだ。
 石破はバランスを崩して壁に激突していた。

「何、やってんだよ」

 小泉が苦笑いしている。そして側にいた男に目配せした。
 男は壁際にある木刀入れに向かい、中から木刀を二本取り出した。

「次は俺だ……」

 そう言うとハジメに木刀を投げて寄越した。
 彼は剣士の林だ。剣術には自信が有るのだろう。

「……」

 ハジメは木刀を肩に担いだ。
 剣なんて構えたことが無いからだ。

(剣なんて面倒なもん使わないからな……)

 いつも極限魔法で相手を殲滅するので細かい武闘は苦手なのだ。

「ちゃんと構えろっ!」
「ええ~、俺の流派の構え方だよぉ~」

 ハジメは苦しい言い訳をする。
 林は小馬鹿にされたと思い顔を赤らめていく。

「舐めるなっ!」

 林は上段に振りかぶって殴りかかってきた。
 ハジメは身を躱しながら林の木刀を手で掴んでもぎ取った。

「え?」

 気がついたら手にした木刀が無いのだ。林は自分の両手を見ていた。

「ん? 俺に木刀を渡しに寄って来たのかと思ったよ」

 ハジメは木刀を林に返してあげた。無駄に親切なのだ。
 すると背後からブツブツ独り言が聞こえてきた。

『我は大地の精霊に切なる願いが届けよ。内なる怒りに火を灯すことを願う……』
(そうか、詠唱が必要なのか……)

 高市と名乗る魔法使いが一生懸命詠唱していたので、ハジメは待ってあげていた。

「ファイヤーボールっ!」

 高市の右手が赤く燃え上がったかと思うと炎が渦巻きながら向かってくる。

「……」

 ハジメは片手で弾き飛ばしてしまう。威力のなさに呆れていたのだ。

「な?」

 高市は自分の魔法が片手で防がれたことに驚愕していた。

「なあ、面倒だから三人同時に掛かってきてくれる?」

 ハジメはため息を付きながら言った。
 そろそろ飽きてきたらしい。

「何っ!」
「ふざんけないでよっ!」
「ブッ殺すっ!!」

 悪気無しに相手を激怒させるのはハジメの天性の性分だ。
 今回も無事に連中を怒らせたらしかった。

 三人が同時に掛かってきた。
 林は先程返された木刀を突くように差し出し、石破は右手を大きく振りかぶっている。
 魔法使いの高市は近接魔法の電撃を使うのであろう。

『防壁と雷撃』

 体の周りに結界を作り、ついでに雷での攻撃を付加させた。
 無論、相手が防壁を使うなどと夢にも思っていなかった三人は、もろに突っ込んでしまい弾き飛ばされた。
 少しだけ電圧が高かったのか三人とも直ぐには立てない様子だ。

「さあ、残ったのはお前だけだぞ?」

 ハジメは振り返って小泉に聞いた。
 小泉の顔からニヤけ顔が消えて赤くなっている。

「!」

 小泉の右手が一瞬光ったかと思うと剣が出現した。

(へぇ、空間魔法か……)

 そして、いきなりハジメに切りかかってきた。

(それって本身じゃないのかよ……)

 本身とは刃が付いている本物の剣の事だ。練習用の剣とは違う。
 切られるとちょっと痛い。

 ハジメは最初の一撃を木刀で弾いた。
 小泉は弾かれたまま勢いを付けてくるりと回りながら剣を打ち込んでくる。
 だが、それも木刀で簡単にいなせてしまった。

(んーー……)

 力は強いのだが相手の防御を打ち抜く打撃力が無いのだ。
 ハジメ程度の剣さばきで凌げてしまう。

(パーティうんちゃらでレベル上げしてもらった口か……)

 レベルの割に動きに無駄が多く見受けられる。
 貴族の子弟など周りの大人達に甘やかされ放題に育ったのだろう。
 パーティで配下の者が魔獣を弱らせてトドメを小泉に殺らせる。こうするとパーティ配分比率が大きくなるのだ。

 魔法を撃って来ない所をみると修行に身が入っていないのだろう。
 こういう個別の近接戦闘では、魔法を混ぜながら攻撃や防御を行うのは常識だと思っていたが違うらしい。
 そういった考えが無いか、或いは普段は後衛の魔法使い任せだったかだ。
 魔法ばかりは普段から修行しないと使い物にならないのだ。

 小泉の本気(?)らしい剣さばきが十分程続くと攻撃がパタリと止んだ。
 両手を膝に置いて肩で息をしている。体力が限界になったのだ。

「な、何なんだ! お前はっ!」

 小泉はぜぇぜぇ言いながら言い放った。

「んー、ハズレの召喚者だが…… なにか?」

 ハジメは涼しげな顔で答えた。

「……」
「……」
「……」
「……」

 四人とも黙り込んでしまった。
 自分たちが勝手に勘違いしていたのに、ハジメの想定外の強さに驚愕しているのだ。
 お互いに見つめ合っている。

「おい、ハズレでさえこんな強さなんだ……」
「ああ、あの四人はもっと能力が上かもしれんな……」
「行こうよ……」
「ああ……」

 そう言うと四人ともコソコソと修験場から出ていった。
 振り返ろうとさえしない。

「ちっ、挨拶も無しかよ……」

 勝手に連れてきておいて放置して帰る。
 礼儀を知らないのはどっちだとハジメは思った。

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