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跡継ぎ選別

31話

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 詩音とクレアは、手紙が届いた日から近くの山で山籠もりをして修行に励んでいた。

「遅い! 付いて来れてないぞ!!」
「おおおおお!」

 クレアは奔流の型をしながら詩音と鬼ごっこをするという特訓をしていた。

「ちょっと待て詩音! こんなのをやりながら詩音を追うなんて無理だ! 本当に練習になっているのか?」
「なら今度はそっちが逃げろ。俺が追いかけるから」

 クレアは走り出した。なるべく詩音から距離を取ろうと全力だ。しかし、木が邪魔をして全然前に進めない。

 水の音がした。しかし、近くに川などないので、正確には水の音が聞こえた気がしたのだ。音は次第に大きく勢いの増したものになっていく。

 左から自分の倍以上の速度で回り込んでくるものが見えた。高速で移動することは困難なほど密接に生えている木々をまるで水流のようにすり抜けていく。

 数秒後、詩音がクレアの眼前まで近づき、消えた。

「なっ……どこ」

 背後から、クレアの肩を詩音が叩いた。

「はい。タッチ」
「い、いつの間に」
「これが奔流の型。こういう所ならむしろ速いんだよ。それに他の型の基礎にもなるからできるようになってもらわないと困るんだが」
「すまない。詩音の修行内容を疑ってしまった。もう一度やらせてくれ。マスターして見せるから」
「おう!」

 

 数日後。

「だいぶいい感じになってきたな。けど結構呼吸とかしんどいだろ。すぐ上がっちゃって」
「ハァ……ハァ…………」
「落ち着いた?」
「あ、ああ。そうだな、確かに動きが多いからすぐにバテてしまう。もっと体力をつけなくては」
「それもそうだけど、いい感じに基礎体力もついてきたし、頃合いだと思ってな。クレア、今から呼吸法を教えるからそれを常にし続けるんだ」
「呼吸法?」
「ああ」

 詩音は深呼吸をし始めた。すると血管が浮き出て、全身の筋肉がみるみるパンプアップしていく。

「さっきは神心の呼吸しんしんのこきゅうの基本をやったんだけど、身体能力、体力、代謝などなどいろいろ向上するんだ。これと気を合わせて戦うのが島場流剣術の基本であり、最強だった理由なんだ」
「言いたいことは分かったが、そんなすぐに身に付くものなのか? 選別に間に合わなかったら意味がない」
「そうなんでも諦めてかかったらだめだ。確かに普通は2か月どころか2、3年はかかる。だがクレアの呑み込みの早さは眼を見張るものがあるし、俺は出来るって信じてるんだ。本人が信じなきゃできる物もできないだろ」
「そうか。そうだな。弱気になってしまっていた。私は選別で勝たなきゃいけないんだ。なんとしても習得して見せる!」
「その意気だ! じゃあ、呼吸と気のやり方を説明するから。まずは……」

 その後もクレアの修行は続いた。



 手紙が来てから1か月が経った。

「呼吸もだいぶ様になってきたな。ほんと成長速度おかしいでしょ……」
「自分でも驚いている。ちなみに詩音はどのくらいだったんだ?」
「呼吸とかは半日くらいだったかなぁ」
「貴様も人のこと言えないではないか!!」

 詩音は近くの岩に腰かけた。

「とりあえず基礎は一通り教えた。ここからあと1か月半は更に技の幅を広げていく。応用編だな」
「分かった。それにしても島原流というのはすごいな。みるみる強くなっていくのが分かる」
「島原流もそうだけど、やっぱクレアが凄いんだよ。普通は修行がキツ過ぎる割に全く成果が表れない習得困難な流派なんだけど、普通に修行についてきて、なおかつあれだけの成長スピード。教えてるこっちも嬉しいってもんだ」
「そうなのだろうか……だが、兄上たちは皆相当強い。一人一人が国の抑止力となるほどだからな。相当影響力が強いし、それだけにこの選別は国においてもとても重要なものになっているのだが」
「結構重大だったんだな。なら尚更勝たないとな! 大丈夫、島原流は最強だからな!」
「ああ! よし、修行の続きといこう。今日で技一つは完成させたいな!」

 

 手紙が届いてから2か月と1週間が経った。そしてこの日は詩音とクレアが山から下りてきた日でもあった。

「あ! お帰りなさい!! 詩音さん、クレアさん!」
「おう。2か月ぶりだっけ?」
「ただいま」

「クレアさんお帰りなさい……なにか雰囲気が違いますね」
「そうかな。この2か月、クレアがめちゃくちゃ伸びたんだよ」
「ああ。島原流剣術は全て習得した。後は選別に挑むのみだ」
「まあまだまだ荒いとこだらけだがな。でも並みの剣士なら片手でひねれるぜ」
「2か月間相当な修行を積んだんですね。クレアさんすごいです!」
「と、そういえば少し前に防具屋の方が注文していたものができたから取りに来るようにとおっしゃっていましたわ」
「そうだった。クレア用にと注文したんだった。クレア、取りに行くぞ」
「私も行きたいです!」
「皆さんが行くのでしたら私も」

 4人は早速防具屋へ向かった。



「いらっしゃい! おお、右京! 注文したやつ、できてるぜ! 見たことなかったから作るのに手間取っちまったが、これで良いか?」

 詩音は品物を確認した。

「ああ、大丈夫だ」
「詩音、これは何だ? 形はスカートみたいだがちゃんと足を通すところもある……さっぱり見当がつかんな」
「これは袴だな。俺の居た国の剣士がはいてた物で、これと道着のセットを弟子に送るのが島原流のしきたりなんだよね。いつ始まったのか知らないけど。着てみるか?」

 クレアは更衣室に入り、着替え始めた。

「どうやって着ればいい?」
「うーん、中に入って教えるのはまずいし、どうやって教えたものか」
「普通にズボンの上から着ればいいじゃないですか」
「……天才か? クリスタ」
「誰でもわかりますよ」
「そういうことで、とりあえず着方を教えるから先持って出てきてくれ」

 その後、詩音はクレアに袴の着方を教えた。

「気を取り直して、クレア、着替えたら出てきてくれ」

 更衣室から道着と袴を着たクレアが出てきた。

「「「おおー」」」
「とても似合ってます!」
「見慣れないので違和感が凄いですが」
「なんか京都とかに旅行に来た外国人みたいだ」
「ちゃんと着てみるとなんとも動きやすい。裾が引っかかるかとも思ったが全くそんなことはないな」
「いいだろ。それ、ちゃんと意味もあって、膝の動きが見えづらいから相手に行動を悟られにくいんだ」
「なるほど。いや、いいなこれ。なんとも身が引き締まる思いだ」

 クレアはくるくる回りはしゃぐ。とても喜んでいる様子だった。

「よし、道着も手に入ったことだし、選別に行く準備は整ったな!」
「ああ、ここまで頑張ったのだ。必ず勝利して見せるさ!」
「でもまずはご飯とお風呂ですよ。二人とも。防具屋に行くっていう勢いで言うの忘れてましたけど、何故とは言いませんがしっかりお風呂入ってくださいね?」
「「は、ハイ……」」


 


 
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