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第三章

18.

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 と、カルは落ち着いた声で言った。

「イルシーヴァは病弱だったせいか手足がいつも冷たかったんだ。……温かいのはいいよ、生きている感じがする」

 腕に力が込められ強く抱きしめられる。

「約束するから」
「何?」
「もう二度と、誰かの血を流させるような傷つけないといけないような、そんな事はさせない、絶対に。約束する」

 その声もまた力強くて、本気で言ってくれているのが伝わってきて、胸がいっぱいになる。

「カル……」

 それからとても優しい声で彼は続けた。

「だから自分も傷つけなくていいからな、リリ。もう、怖がらなくていい」

 思いがけない言葉だった。息が止まるかと思った。そしてゆっくりと体の奥から何かが込み上げてくる。

「いい、の?」
「ああ」
「でも、私……」

 私自身が変わるわけではないのに。いいと言うのだろうか、この人は本当に。私がこのようであっても。

「もういい、大丈夫だ。よくここまで来た、礼を言う」

 私は呪われた子どもだった。そう、言われた。でもわかっている。いつだって温かな手はあった。父様や母様、兄様、ヴィルマ。私の世話をしてくれた人たちも。彼らが私をここまで連れてきてくれたのだ。
 私は震えるまま彼の背にまわした腕に力をこめた。彼もまた温かかった。

 ああ、それでも。

「私は私が怖いわ」
「それなら怖がればいい。でも怯えるな」 

 怯える。ああ、そうだ。私は怖がっていたのではない、怯えていたのだ。自分に、自分の力に、自分に向けられる悪意の視線に、ずっと。兄様たちが全力で守ってくれたのに、それでも。

「私、私……」

 何を伝えたいのかも分からず、ただ、カルにしがみついた。

 ここにいたい、ここにいたい、ここにいたい。
私は許されたかった。私のままを許すことを許されたかった。

「言ったろ? 橋を渡ってきた貴方は綺麗だった。世界中で一番綺麗な女だと思ったよ」

 彼が私を抱きしめ直す。

「もう戻すつもりはないからな」

 涙が溢れた。

「いいの?」
「いいの」

 どこか揶揄うように楽しげに彼は言う。私の中の暗い塊だった何かがゆっくり溶かされていく。それでも、つい、言ってしまう。

「でも……でも、嫌いになったら言ってね」
「おい、おい」
「だって……」
「まあ、まだお互いあんまり知らないからな。これから知るんだろうな」

 そう。まだ何も知らない。それでも……。

「でも、全く悪い方向の予想ができない。あり得ないな。恋とやらが人を愚かにするのは本当らしい」
「うん……」

 涙声で返事をする。

 カルは腕をほどいて私を真正面から見た。浮かんだ涙の向こうに、彼の姿を見る。微笑んでいるように見える。
 彼は指でそっと私の頬に触れると涙の跡を拭った。それから静かに、でもはっきりと言った。

「俺のそばで生きてくれ、リリアス」

 ああ、私はここに居ていいのだ。この人とともに、この国で生きていいのだ。

「はいっ……」

 涙がこぼれ続ける。そんな私にカルが口づけする。私は愛おしさが溢れて彼に腕を伸ばす。それは受け止められて、長く優しい口づけで返される。
 風が吹いた気がした。緑の香りとともに。

 私は明日、この人の花嫁になる。

 

 
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