37 / 89
第ニ章
10.
しおりを挟む
ドス、と何かが落ちるような音がした。私は自分がいつの間にか目を閉じていたことに気づく。まだ、立っているし、どこにも痛みはない。
不思議に思って恐る恐る目を開くと、目の前に大男が変わらず手を振り上げて立っていた。
喉の奥で声にならない悲鳴をあげてしまう。
しかし、男の振り上げた手は何も持っておらず、足元に斧が落ちていた。目は見開かれて虚空を見つめている。やがて、ぐらっとその巨体を揺らしたかと思ったら覆い被さるように倒れてきた。
「ひっっ」
そうするつもりもなく、悲鳴が自分の口から出る。そのまま後ろに下がると男が地面に倒れた。
全てがゆっくりと目の前で進んだ気がしたが、実際はあっという間だったろう。男の背には弓矢が深々と突き刺さっていた。
私は力が抜けてその場に座り込んだ。
「姫様!」
声と共に馬の蹄の音が近づいてくる。訳がわからないまま音の方に視線を向ける。カルの顔が心によぎった。
だが、「大丈夫ですか」の声と共に馬から降り立ったのは、剣と弓矢と着古したような男の服を、上背のあるその体に違和感なく身につけた女性、だった。艶のある金の長い髪を後ろで束ね三つ編みにしているのが唯一女性らしい。
「えっ……、ヴィルマ?」
「お怪我はっ」
「ない。ないけど、貴方がどうして……」
「よかった。姫様が出立された後、私も国を出たのです。でも、追いつくのに思ったより手間どりました。申し訳ございません」
そう言って膝をつく。
いや、申し訳ないも何も、ヴィルマが来るなんて全く考えもしなかった。そりゃ、国では私の護衛をしていてはくれたけど……。
「え? 私の護衛、なの?」
「はい、結婚式に陛下の名代としても出席させて頂きます」
ヴィルマは女騎士であると同時に古い名家の出でもあった。でもそんな事より……。
「え? 兄様は怒ってない? 貴方がこんなところで何かあったら、今度こそ兄様に殺されるわ!」
ヴィルマは僅かに表情を変える。困ったとでもいうように。
「姫様、私は騎士です。死にたいわけではありませんが、貴方のために命をかける覚悟は遠にできております」
「いえ、それを疑うわけでなく」
兄様がですね、そのですね、
「失礼ながら貴方様は陛下を誤解なさっておられる。そもそも私に命令されたのは陛下なのですよ」
それはそうだろう、ヴィルマが勝手に動くわけはない。でもね、誤解してるのはどっちかというと……。
それを言おうとして別の声にかき消された。
「大丈夫か? って誰だ?」
もはや聴き慣れた声。
「カル……」
不思議に思って恐る恐る目を開くと、目の前に大男が変わらず手を振り上げて立っていた。
喉の奥で声にならない悲鳴をあげてしまう。
しかし、男の振り上げた手は何も持っておらず、足元に斧が落ちていた。目は見開かれて虚空を見つめている。やがて、ぐらっとその巨体を揺らしたかと思ったら覆い被さるように倒れてきた。
「ひっっ」
そうするつもりもなく、悲鳴が自分の口から出る。そのまま後ろに下がると男が地面に倒れた。
全てがゆっくりと目の前で進んだ気がしたが、実際はあっという間だったろう。男の背には弓矢が深々と突き刺さっていた。
私は力が抜けてその場に座り込んだ。
「姫様!」
声と共に馬の蹄の音が近づいてくる。訳がわからないまま音の方に視線を向ける。カルの顔が心によぎった。
だが、「大丈夫ですか」の声と共に馬から降り立ったのは、剣と弓矢と着古したような男の服を、上背のあるその体に違和感なく身につけた女性、だった。艶のある金の長い髪を後ろで束ね三つ編みにしているのが唯一女性らしい。
「えっ……、ヴィルマ?」
「お怪我はっ」
「ない。ないけど、貴方がどうして……」
「よかった。姫様が出立された後、私も国を出たのです。でも、追いつくのに思ったより手間どりました。申し訳ございません」
そう言って膝をつく。
いや、申し訳ないも何も、ヴィルマが来るなんて全く考えもしなかった。そりゃ、国では私の護衛をしていてはくれたけど……。
「え? 私の護衛、なの?」
「はい、結婚式に陛下の名代としても出席させて頂きます」
ヴィルマは女騎士であると同時に古い名家の出でもあった。でもそんな事より……。
「え? 兄様は怒ってない? 貴方がこんなところで何かあったら、今度こそ兄様に殺されるわ!」
ヴィルマは僅かに表情を変える。困ったとでもいうように。
「姫様、私は騎士です。死にたいわけではありませんが、貴方のために命をかける覚悟は遠にできております」
「いえ、それを疑うわけでなく」
兄様がですね、そのですね、
「失礼ながら貴方様は陛下を誤解なさっておられる。そもそも私に命令されたのは陛下なのですよ」
それはそうだろう、ヴィルマが勝手に動くわけはない。でもね、誤解してるのはどっちかというと……。
それを言おうとして別の声にかき消された。
「大丈夫か? って誰だ?」
もはや聴き慣れた声。
「カル……」
0
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
なんで私だけ我慢しなくちゃならないわけ?
ワールド
恋愛
私、フォン・クラインハートは、由緒正しき家柄に生まれ、常に家族の期待に応えるべく振る舞ってまいりましたわ。恋愛、趣味、さらには私の将来に至るまで、すべては家名と伝統のため。しかし、これ以上、我慢するのは終わりにしようと決意いたしましたわ。
だってなんで私だけ我慢しなくちゃいけないと思ったんですもの。
これからは好き勝手やらせてもらいますわ。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる