9 / 89
第一章
4. ここ、なに?
しおりを挟む
そうこうするうちに西の空が赤くなり始めたと思ったら、あっという間に森の中は暗くなり始めた。昼間とは聞こえてくる音も違う。鳥の囀りも、虫の声も。風の音さえ違う気がした。
そんなことを気にしてるのかどうかもわからないままに歩き続ける男の後ろを、不安な気持ちでとにかくついて行く。
周りは相変わらずの樹々、というか、どんどん森の奥深くに入り込んでいる気がする。
泊まれるところがあるというのは私を歩かせる為のウソで、実際はきっと程よい所で野宿に違いない。
そう確信したところで彼の呟きが耳に届いた。
「この辺なんだがなあ……」
そうして立ち止まるとキョロキョロしながら、手近な樹を触ったりしている。
「何してるの?」
「探してる」
「何を?」
「宿屋の入り口」
「……何を言ってるの?」
私は思わずイライラした声で言い返した。
1日歩いて、もう限界だった。脚は最悪に痛むし、気力もそろそろ尽きそうだ。つまらない冗談には付き合えない。
「もう、野宿でいいから場所決めましょう。さすがに真っ暗になってから歩くのは……」
「あった」
私の言葉を遮って彼が再び呟いた。何やら空中を見上げている。そして何かを触るかのように手をかざしている。何があったというのだろう。
「いったい何?」
カルは振り向いて言った。
「行くぞ。迷子になるなよ」
そう言って歩き出す。
何がなんだかわからない。が、置いていかれるわけにもいかないので、腹立たしい思いのまま後について行く。
なんだかわからないし、辛いし、腹が立つし。陛下に再びお会いした時に彼の悪口を言わないでおくのは、だいぶ骨が折れそうだわ。
と、ふと、風が変わっているのに気づいた。温かいし、柔らかい。それに、周りが暗くない。いや、もちろん薄暗いのだが、どこ、とは掴めないのにぼんやり明るい。空気が発光しているような。
「……ここ何?」
私は恐れと共に聞く。決して身の危険を感じたわけではない。だが違う、何かが。
「宿屋さ」
私の震える声とは対照的に相変わらずの明るい調子で彼は答えた。
「いい加減に……!」
言い返そうとする私をカルは遮った。
「着いた着いた。お疲れさん。流石にちょい疲れたよなあ」
そう言って立ち止まった彼が指差した先に、明るい光が見えた。
森の奥、樹々の陰にぼんやりと、でも明るく、丸太造りの一軒家が暗闇から浮かび上がるようにそこにあった。
おかしな家だった。
確かに間違いなくそこにあるのに、ふと視線をはずして見ると見つけられないのだ。そして、あれ?と思うと再びなぜか当たり前のようにそこに見える。
おかしな家だわ。
家の戸口の前には一人の壮年の男性が立っていた。
長いグレーのローブを身にまとい、ハシバミ色の長髪を後ろでざっくり束ねている。
ゆったりとした笑みを浮かべており、どうやら急な客にも寛容らしい、と少しほっとする。
「やあ、誰かと思えば。久しぶりですね、カル」
その人は穏やかに緩やかにカルの名前を呼んだ。
何だかフワフワする。ただ単に疲れているせいか、光る森のせいか、この家のせいか。どこか現実味がなく心許ない。
「ユニハ、久しぶりだな」
カルも応えると抱擁し合う。
それからユニハと呼ばれた男は私に言った。
「ようこそ姫君。よくいらっしゃいました」
……え⁈
躊躇なく姫君と呼ばれた私の戸惑いを他所に、彼はにこやかに家の扉を開けながら言った。
「お疲れでしょう。質素な食事しか用意できませんが、暫しの間お寛ぎください」
そうして、こぢんまりとしているが居心地の良さそうな部屋に通された。
日が沈み冷えてきていたがストーブのおかげで温かい。色とりどりに織られた羊毛の布が床や木で作られた椅子にかけられている。
勧められるままに四人がけのテーブルについて待っていると、ほどなく温かいスープがでてきた。潰した豆のスープのようだった。とろっとした食味が体に優しい。
たかだか半日ぶりだか、温かい食事がこんなにも心身を癒すものなのだとしみじみ感じる。
そのあと野菜の煮込み、パン、白いチーズ、最後にお酒の香りのする葡萄のタルトがでてきた。質素と言っていたが十分な食事だった。そしてどれも美味しい。
そんなことを気にしてるのかどうかもわからないままに歩き続ける男の後ろを、不安な気持ちでとにかくついて行く。
周りは相変わらずの樹々、というか、どんどん森の奥深くに入り込んでいる気がする。
泊まれるところがあるというのは私を歩かせる為のウソで、実際はきっと程よい所で野宿に違いない。
そう確信したところで彼の呟きが耳に届いた。
「この辺なんだがなあ……」
そうして立ち止まるとキョロキョロしながら、手近な樹を触ったりしている。
「何してるの?」
「探してる」
「何を?」
「宿屋の入り口」
「……何を言ってるの?」
私は思わずイライラした声で言い返した。
1日歩いて、もう限界だった。脚は最悪に痛むし、気力もそろそろ尽きそうだ。つまらない冗談には付き合えない。
「もう、野宿でいいから場所決めましょう。さすがに真っ暗になってから歩くのは……」
「あった」
私の言葉を遮って彼が再び呟いた。何やら空中を見上げている。そして何かを触るかのように手をかざしている。何があったというのだろう。
「いったい何?」
カルは振り向いて言った。
「行くぞ。迷子になるなよ」
そう言って歩き出す。
何がなんだかわからない。が、置いていかれるわけにもいかないので、腹立たしい思いのまま後について行く。
なんだかわからないし、辛いし、腹が立つし。陛下に再びお会いした時に彼の悪口を言わないでおくのは、だいぶ骨が折れそうだわ。
と、ふと、風が変わっているのに気づいた。温かいし、柔らかい。それに、周りが暗くない。いや、もちろん薄暗いのだが、どこ、とは掴めないのにぼんやり明るい。空気が発光しているような。
「……ここ何?」
私は恐れと共に聞く。決して身の危険を感じたわけではない。だが違う、何かが。
「宿屋さ」
私の震える声とは対照的に相変わらずの明るい調子で彼は答えた。
「いい加減に……!」
言い返そうとする私をカルは遮った。
「着いた着いた。お疲れさん。流石にちょい疲れたよなあ」
そう言って立ち止まった彼が指差した先に、明るい光が見えた。
森の奥、樹々の陰にぼんやりと、でも明るく、丸太造りの一軒家が暗闇から浮かび上がるようにそこにあった。
おかしな家だった。
確かに間違いなくそこにあるのに、ふと視線をはずして見ると見つけられないのだ。そして、あれ?と思うと再びなぜか当たり前のようにそこに見える。
おかしな家だわ。
家の戸口の前には一人の壮年の男性が立っていた。
長いグレーのローブを身にまとい、ハシバミ色の長髪を後ろでざっくり束ねている。
ゆったりとした笑みを浮かべており、どうやら急な客にも寛容らしい、と少しほっとする。
「やあ、誰かと思えば。久しぶりですね、カル」
その人は穏やかに緩やかにカルの名前を呼んだ。
何だかフワフワする。ただ単に疲れているせいか、光る森のせいか、この家のせいか。どこか現実味がなく心許ない。
「ユニハ、久しぶりだな」
カルも応えると抱擁し合う。
それからユニハと呼ばれた男は私に言った。
「ようこそ姫君。よくいらっしゃいました」
……え⁈
躊躇なく姫君と呼ばれた私の戸惑いを他所に、彼はにこやかに家の扉を開けながら言った。
「お疲れでしょう。質素な食事しか用意できませんが、暫しの間お寛ぎください」
そうして、こぢんまりとしているが居心地の良さそうな部屋に通された。
日が沈み冷えてきていたがストーブのおかげで温かい。色とりどりに織られた羊毛の布が床や木で作られた椅子にかけられている。
勧められるままに四人がけのテーブルについて待っていると、ほどなく温かいスープがでてきた。潰した豆のスープのようだった。とろっとした食味が体に優しい。
たかだか半日ぶりだか、温かい食事がこんなにも心身を癒すものなのだとしみじみ感じる。
そのあと野菜の煮込み、パン、白いチーズ、最後にお酒の香りのする葡萄のタルトがでてきた。質素と言っていたが十分な食事だった。そしてどれも美味しい。
0
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
なんで私だけ我慢しなくちゃならないわけ?
ワールド
恋愛
私、フォン・クラインハートは、由緒正しき家柄に生まれ、常に家族の期待に応えるべく振る舞ってまいりましたわ。恋愛、趣味、さらには私の将来に至るまで、すべては家名と伝統のため。しかし、これ以上、我慢するのは終わりにしようと決意いたしましたわ。
だってなんで私だけ我慢しなくちゃいけないと思ったんですもの。
これからは好き勝手やらせてもらいますわ。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる