天使は金の瞳で毒を盛る

藤野ひま

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12. 資料室の密会 ③

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「大丈夫ですからっ」

お礼をいう気にもならない。早く出て行ってよね。これ以上いたら、絶対、八つ当たりするからね。

そうよ、あなたがどこで何してようとあなたの自由よ。それこそ昔っから。もう、太古の昔からよ!

無言で片付け続ける私を見て、榛瑠が言った。

「……立ち聞きはいい趣味じゃないですよ?」

顔が一気にあつくなった。なんで!?

「だって、片付けてたらあなた達が入ってきてっ。出て行きそびれて」

私はしどろもどろになりながら言い訳する。

「ああ、やっぱり、立ち聞きしたんだ」

「……引っ掛けたわね!」

「台車置きっぱなしだし、そうかなと思ったもので」

「最悪。っていうか、やってる事が最悪。会社でなにしてるのよ!」

榛瑠は黙ってこちらを見た。な、なによ。

と、いきなり近付いてくる。私は思わず下がる。背中に資料の棚があたって足が止まった。

榛瑠は腕を伸ばすと私の頭上の棚に両手をついた。小柄な私は長身の彼の、両腕と体に挟まれて全く身動きできなくなる。

なに!?なんなの!?顔、めちゃくちゃ近いんだけど!

「何してたと思います?」

榛瑠が囁いた。

「……し、知らない!いいからどいてよ」

「仕事ですけどね」

彼はにっこり笑った。この大嘘つき!

「あなたこそ、さっき鬼塚さんと何話してたんです?」

何で知ってるのよ。関係ないでしょ、と言おうと思ったけど、なんだか悔しくて言ってやった。

「別に、デートの約束しただけ。あなたには関係ないけど」

ごめんなさい鬼塚さん。ちょっと盛りました。

「本当に懲りないですよね」

「鬼塚さんは大丈夫だもん!」自分だってそれなりに親しくしてる人なのにそういうこと言う?「それにあなたに言われたくないわ!」

榛瑠は黙った。それから、ふーんと言った気がした。

と、いきなり顎を左指で持ち上げられた。え?何?

「……んっつ」

抵抗する間も無くキスされる。噛みつくような強引なキス。なんで?!

唇をやっと自由にして、彼は言った。

「これで、同罪」

「な、何が!そっちが勝手に……!」

思わず大きな声で言い返す。でも、最後まで言えない。その前にまた榛瑠にキスされた。

「……大声出さないの。わかった?」

榛瑠が私の耳元で言う。息が近い。あつい。これは誰の熱?

「あ、あなた、いったい何がしたいの?」

息が切れてうまく言えない。なんでこんなことするのよ。

「……さあ?」

榛瑠が首を傾げた。何それ!

「あなたは何をして欲しいです?」

「何のこと……」

「したいようにしてあげますよ。必要ならそれと分からず」

榛瑠が耳元で囁く。優しく、甘い甘い悪魔のような声で。

「あなたがして欲しいように振舞ってあげます。あなたが傷つくことなく、いつまでも夢を見ていられるように」

私は彼に視線を向けた。そこにあったのは、甘い声と、どこまでも冷めきった金色の瞳だった。

冷たい瞳が私を見ている。

この人はもしかして、私を憎んでいるのだろうか?

「……そこを退きなさい、榛瑠」

冷静な声が出る。

「失礼しました、お嬢様」

彼が離れる。あつさが和らぐ。榛瑠は何事もなかったような顔で背広の乱れをなおしている。

「あなたは私にどうして欲しいの?」

その問いに榛瑠は微笑んだ。中途半端に閉じているブラインドから漏れてくる西日が、彼を金色にしている。

「社長に言われませんでした?決めるのはあなただ」

そう言うと、私を残して部屋を出て行く。

と、美園さんの声が聞こえた。うわっ、いつからいたのよ。

「なかなかエグい可愛がり方するのねえ」

楽しそうなその声に、榛瑠が何と答えたのかは聞こえなかった。

扉が閉まる音がした。私も戻らなくちゃ。台車も持って帰らないと……。

一呼吸して扉に向かうと、近くのデスクで美園さんがドーナツを食べていた。

私はなるべく目を合わせないように通り過ぎる。

「あっまーい、これ」

いきなり美園さんが大声で言った。
なに?
ビクッとして立ち止まってしまう。

「あんまり甘いとさあ、むしゃむしゃ食べられちゃうよねえ。むしゃむしゃってさっ」

そう言ってショッキングピンク色のドーナツに大口でかぶりつく。

私は思いっきりドアの音を立てて資料室を出た。



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