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2. 混乱の国際事業部 ③
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「鬼塚さん、彼女有能な人だから役に立つと思う。手伝わせてやって」
鬼塚さんがまた何か言った。聞き取れなかったけど、嬉しそうには聞こえなかった。
「じゃあさ、ここでやるってのは?パソコン貸してくれればいいし、ね?それならいい?」
「ダメだ。資料もないし。営業行って。」
えーっ、とミソノさんはまだ駄々をこねている。
「なんだあれ、大丈夫かよ」
今度は鬼塚さんの声が聞こえた。私は榛瑠が珍しくラフな言葉で喋っているな、と気づく。なんだろ、私も面白くない……。
ミソノさんは動くことなくまだブツブツ課長に言っていた。
いい加減にすればいいのに……。
多分そこにいた人全員がそう思った時、おもむろに榛瑠が彼女の腕を引っ張った。ミソノさんの顔の至近距離に榛瑠の顔があった。
キャッと女子の声が何処かでした。
榛瑠はミソノさんの顔を見たまま言った。
「美園、うるさい。邪魔。仕事して。わかった?」
そう言った榛瑠の声は内容とうって変わって、ひどく優しい声で、そして、表情が、顔が、優しい、甘い笑顔だった。
美園さんは口を半開きなまま黙ってしまって、そのまま頷いた。
「定時までに終われよ」
そう、腕を離してまた画面に視線を移しながら言った言葉は、いつもの榛瑠の声だった。表情もポーカーフェースに戻っている。
美園さんは黙って踵をかえした。私たちの横を通った時、ちらっとこっちを見た。
「第二営業ですよね、行ってますから」
そう、最初に電話に出た時のような不機嫌な声で鬼塚さんに言って部屋を出て行った。
「なんだアレ」
鬼塚さんがこっそりと親指で四条課長を指差しながら私に言った。
「さあ……、ヘンタイなんじゃないですか」
私は小声で言う。まわりで遠巻きに見ていた女子社員が顔を上気しながらコソコソ何か喋っている。
まじ、ヘンタイ。あんな顔、見せないでよ。
「溶けそう、私」
横で、篠山さんがボソッと言った。あーもう嫌。
「大丈夫か、この案件。心配になって来るわ、呪われてないだろうな」
鬼塚さんが言う。
「仕事は大丈夫、だと思います。……私が言うことじゃないけど」
「マジかよ」
私は頷いた。四条課長はいつもと変わらない落ち着いた態度で仕事をしていた。イライラもしていなければ慌ててもいない。
「きっと大丈夫です。トラブルをトラブルと考えないタイプの人だと思います。四条課長」
「へえ、変人だな」
そう言った鬼塚さんを見上げて言った。
「鬼塚さんだってそうじゃないですか」
さっきから、余裕で軽口ばっかり言ってるくせに。
彼の口元がニヤッと笑った。私の頭の上に手が伸びて、頭をわしゃわしゃする。
髪が乱れる。しまった、油断した。鬼塚さん、ほんとすぐこれやるんだよね。
「ま、こんなギリな案件持ってきた俺の責任もあるしな。なんとかするさ」
不敵な笑顔を残したまま鬼塚係長も戻って行った。部屋ではいつもの部署のメンバーがそれぞれ仕事に戻っている。
失敗した後ろめたさが頭をもたげる。こういう時って、世界に自分一人で立っている気がして来る。
誰も私を見ない。榛瑠もだ。
というか、榛瑠は配属になってからずっと私に対してこんな感じだった。
決して特別に声をかけたりも、怒ったりも、褒めたりもしない。みんなと同じ、だった。初対面の事務職員っていう言葉を守ってくれているとも言える。
でも、あれから家にも来ないし、仕事終わって話す機会もなく、それが続くと、なんだかモヤモヤしてきた。
そして、そんなふうにモヤモヤする自分にイライラした。今もそう。
ああ、だめだ、こんなこと考えてる場合じゃない。私も出来ることしなくちゃ。
とは言っても、何ができるか思いつかない。正直、お呼びじゃないのよね。そもそも、英語も大して喋れないから、国際電話もできないし……。
四条課長はさっきから国際電話で話している。長引いているところを見ると、話がうまく進展していないのかもしれない。
あ、そうだ、もしかしたら。
私は自分のデスクのパソコンに向かった。
そうこうしているうちに課長が電話を切って男性社員と話している声が聞こえた。
「ダメだな、ラチがあかない。」
「こちらもです。担当者がいないの一点張りで」
「ここで話していてもしょうがないな、すまないけど、そこの、林さん?フライトのチケットを……」
課長がこちらの席を見て言いかけた。
あ、やっぱり。私は林さんが答える前に言った。
「あの、次の上海行きなら、ビジネスなら取れるの確認しましたけど……」
「それ、取って」
榛瑠の言葉に返事をしてチケットの手配をする。本当に本当にちょびっとだけどやれることがあって良かった。
なんか隣の席の林さんの視線が痛い気もするけど、まあ、いいや。
結局、四条課長はスーツケースを解くことなくそのまま持って機上の人となった。
鬼塚さんがまた何か言った。聞き取れなかったけど、嬉しそうには聞こえなかった。
「じゃあさ、ここでやるってのは?パソコン貸してくれればいいし、ね?それならいい?」
「ダメだ。資料もないし。営業行って。」
えーっ、とミソノさんはまだ駄々をこねている。
「なんだあれ、大丈夫かよ」
今度は鬼塚さんの声が聞こえた。私は榛瑠が珍しくラフな言葉で喋っているな、と気づく。なんだろ、私も面白くない……。
ミソノさんは動くことなくまだブツブツ課長に言っていた。
いい加減にすればいいのに……。
多分そこにいた人全員がそう思った時、おもむろに榛瑠が彼女の腕を引っ張った。ミソノさんの顔の至近距離に榛瑠の顔があった。
キャッと女子の声が何処かでした。
榛瑠はミソノさんの顔を見たまま言った。
「美園、うるさい。邪魔。仕事して。わかった?」
そう言った榛瑠の声は内容とうって変わって、ひどく優しい声で、そして、表情が、顔が、優しい、甘い笑顔だった。
美園さんは口を半開きなまま黙ってしまって、そのまま頷いた。
「定時までに終われよ」
そう、腕を離してまた画面に視線を移しながら言った言葉は、いつもの榛瑠の声だった。表情もポーカーフェースに戻っている。
美園さんは黙って踵をかえした。私たちの横を通った時、ちらっとこっちを見た。
「第二営業ですよね、行ってますから」
そう、最初に電話に出た時のような不機嫌な声で鬼塚さんに言って部屋を出て行った。
「なんだアレ」
鬼塚さんがこっそりと親指で四条課長を指差しながら私に言った。
「さあ……、ヘンタイなんじゃないですか」
私は小声で言う。まわりで遠巻きに見ていた女子社員が顔を上気しながらコソコソ何か喋っている。
まじ、ヘンタイ。あんな顔、見せないでよ。
「溶けそう、私」
横で、篠山さんがボソッと言った。あーもう嫌。
「大丈夫か、この案件。心配になって来るわ、呪われてないだろうな」
鬼塚さんが言う。
「仕事は大丈夫、だと思います。……私が言うことじゃないけど」
「マジかよ」
私は頷いた。四条課長はいつもと変わらない落ち着いた態度で仕事をしていた。イライラもしていなければ慌ててもいない。
「きっと大丈夫です。トラブルをトラブルと考えないタイプの人だと思います。四条課長」
「へえ、変人だな」
そう言った鬼塚さんを見上げて言った。
「鬼塚さんだってそうじゃないですか」
さっきから、余裕で軽口ばっかり言ってるくせに。
彼の口元がニヤッと笑った。私の頭の上に手が伸びて、頭をわしゃわしゃする。
髪が乱れる。しまった、油断した。鬼塚さん、ほんとすぐこれやるんだよね。
「ま、こんなギリな案件持ってきた俺の責任もあるしな。なんとかするさ」
不敵な笑顔を残したまま鬼塚係長も戻って行った。部屋ではいつもの部署のメンバーがそれぞれ仕事に戻っている。
失敗した後ろめたさが頭をもたげる。こういう時って、世界に自分一人で立っている気がして来る。
誰も私を見ない。榛瑠もだ。
というか、榛瑠は配属になってからずっと私に対してこんな感じだった。
決して特別に声をかけたりも、怒ったりも、褒めたりもしない。みんなと同じ、だった。初対面の事務職員っていう言葉を守ってくれているとも言える。
でも、あれから家にも来ないし、仕事終わって話す機会もなく、それが続くと、なんだかモヤモヤしてきた。
そして、そんなふうにモヤモヤする自分にイライラした。今もそう。
ああ、だめだ、こんなこと考えてる場合じゃない。私も出来ることしなくちゃ。
とは言っても、何ができるか思いつかない。正直、お呼びじゃないのよね。そもそも、英語も大して喋れないから、国際電話もできないし……。
四条課長はさっきから国際電話で話している。長引いているところを見ると、話がうまく進展していないのかもしれない。
あ、そうだ、もしかしたら。
私は自分のデスクのパソコンに向かった。
そうこうしているうちに課長が電話を切って男性社員と話している声が聞こえた。
「ダメだな、ラチがあかない。」
「こちらもです。担当者がいないの一点張りで」
「ここで話していてもしょうがないな、すまないけど、そこの、林さん?フライトのチケットを……」
課長がこちらの席を見て言いかけた。
あ、やっぱり。私は林さんが答える前に言った。
「あの、次の上海行きなら、ビジネスなら取れるの確認しましたけど……」
「それ、取って」
榛瑠の言葉に返事をしてチケットの手配をする。本当に本当にちょびっとだけどやれることがあって良かった。
なんか隣の席の林さんの視線が痛い気もするけど、まあ、いいや。
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