上 下
2 / 27

日常 1.

しおりを挟む
 一花いちかは今、目の前にいる男の整った横顔をじいっと見ながら考えていた。

 高校生の頃はもっと細くてガリガリっぽかったなあ。なんだか、目つきも違う気がする。今の方が落ち着いてるけど、でも今の方が怒ると怖いし。
 10年もたてば変わって当たり前だけど、変わっていくところを見ていないから、時々、おかしな感じがするのよね。
 っていうか今日はいつもより目つき悪くない? 働きすぎなのよ。

 その金色の瞳は一花の方を向いてはいなかった。

 榛瑠はるは横にいる一花の視線を無視して、高層階の部屋の窓から陽の降り注ぐダイニングテーブルに、ノートパソコンを広げてなにやら早い速度で打ち込み続けている。

 一花はその横に座って暇を持て余していた。

 あと何が違うかな、そうね、髪型は意外と変わってないかも。

 そう思いながら、一花は半ば無意識に金色の髪に手を伸ばしてふれた。
 榛瑠は手を止めて軽く目を瞑ると、一花に向き直った。

「お嬢様」
「はいっ、何?」

 一花は手を引っ込めると緊張した声で返事をする。

「すみませんが、邪魔です。向こうに行ってて下さい」
「……何にもしてないもん」
「触ったでしょうが。さすがに気が散る。邪魔。この仕事が終わるまで近寄らないで静かにしてて」
「……ひどい」

 一花の抗議の声に耳を傾ける事なく、榛瑠はパソコンに向き直って作業を再開する。

 一花はふてくされながらリビングを出て寝室に行くと、勝手にベットの上に寝転がった。

「あーもう!」

 だいたい、榛瑠のマンションに来た時から最悪だった。
 そりゃね、約束してなかったわよ? いきなり来ちゃったわよ? でもさ、日曜日くらい良くない? 昨日は会えなかったんだし、先週だって……。
 ダメなら帰ろうとは思ってたけど、でも、正直、驚いて喜んでくれたりして、とか思ってたわよ。思っても良くない? ちょっとくらい。

 なのに、ヤツときたら……。

 一花は座りなおすと、枕を手にしておもいっきり打ちつけた。

 顔を見るなりため息をついて、それでも部屋にあげてはくれたけど、忙しいからって放置。
 まあ、しょうがないかなあって、文句も言わずに大人しくしてたのに! 挙句にこの扱い! 酷すぎる!

 一花は枕を抱きしめる。

 それでなくても、会社ではなかなか会えなくなっているのに。
 
 付き合っていることを隠しているから会社ではおおっぴらに話したりはできないにしろ、前は同じ部署だったし顔は見れたのに、今は榛瑠が部署移動してその機会も減った。
 それに、来週から確か海外出張のはず。

 ……なによ。相手してくれたっていいじゃない。

 一花は掛け布団を頭まで被ると中で丸くなった。

 こういう時、黒い影みたいなものが胸をよぎっていく。
 
 本当に、彼は私のこと好きなのだろうか? ただ単に惰性で、面倒をみないと、くらい思っているだけで、本当は好きとは違うのではないだろうか。
 時間は積み重なると、はじめの思いを変えていってしまう。
 私たちは途切れているにせよ一緒に重ねた時間は長くて、そのことが自信にも不安にもなる。

 本当は……?

 ……でも、こんなの、本当はいじけてるだけです。ごめんなさい。甘えてるんです。はい。
 だって、知ってるんだもん。彼が……。

 その時、ドアが開く音がした。ぎしっと、ベットに人が座る気配がする。

「お嬢様。終わりました。拗ねるのはやめて顔を出しませんか?」

 一花は無言のまま布団の中でもぞもぞと意味なく体を動かした。
 
 だって、怒ってるし。恥ずかしいし。
 
 と、そっと、榛瑠の片手が布団の中に入ってきて頬を撫でた。

「一花、顔見せて」

 一花はのそのそと布団から出て体を起こす。
 榛瑠は、ごめんね、と言ってキスをした。

 そう、知ってるの。彼は自分のやるべきことさえ終わっちゃえば、私を甘やかしにくる。
 わかってて拗ねてるのもどうかと自分でも思うのだけれど、でも、嫌なものは嫌だし。

「拗ねてるなあ」

 榛瑠はクスクス笑って私を見る。

「拗ねてもいいと思うの。たまには」
「そうしたければ、どうぞ」

 ……全然相手にしてくれないんだから。

「私もいつもいつもあなたを最優先にはできませんしね。でもまあ、お陰でこちらから伺う手間は省けたし」

 そう言ってまた軽くキスをする。

「一応、会うつもりはあったんだ?」
「そりゃね。だからこそ、さっさと仕事終わらせたかったていうのもある」

 そうなのか。

「……ごめんなさい、邪魔して」
「謝ることはないです。予定より早く終わったし。意外な効果でしたが」
「そうなの?」
「うん、あなたが一人で拗ねて待っていると思うとね、早く終わらないといけないでしょう?」
「……ごめん」
「そうじゃなくて」

 榛瑠はいたずらっぽい笑顔を浮かべる。

「さっさと終わらせないと俺の我慢の限界超える」
「え?」

 榛瑠はふいに一花を引き寄せて抱きしめた。そのまま長くて深いキスをする。
 やがて唇が離されて、でも抱きしめられたまま一花は榛瑠の声を聞く。

「どうしようかな」
「なに?」
「このままここで過ごすのもいいけど、コーヒー飲みたいしなあって」
「あ、私も飲みたい」

 ここでずっとこのままってのは、なんだかちょっと。とりあえずベットから降りよう。そう思うのに、榛瑠が離してくれない。

「離して?」

 嬉しいのだけど、動けないし。

「うん」

 そう言いながら、でも、榛瑠は離さず抱きしめていたと思ったら、そのまま一花の膝に頭を乗せて横になってしまった。

「ちょ、ちょっと榛瑠」
「だめだ、限界」
「え⁈」
「ねむい……」
「え?」
「ここ2日、ろくに寝てない」
「徹夜したの? しない主義じゃなかったっけ?」
「そうですけど、言ってられなくて……。ごめん、一時間したら起こしてくれていいから……」

 言っている間に、榛瑠は眠ってしまった。膝枕状態の私も動けない。いいけど。

 一花は金色の髪をそっと撫でた。

 榛瑠、疲れた顔をしているなあ。
 そりゃ、そうだよね。うちの会社とアメリカの自分の会社掛け持ちなんて……。出張があるから余計にスケジュールがタイトになったのかもしれない。
 私は何もしてあげられないからモヤモヤしてしまう。彼のためにできること、ってあるかしら?
 いろいろ考えてみるも何も思いつかない。基本、榛瑠は私の助けなんて必要としてないっていうの、わかってるし。あーあ、彼女としてどうなのよ? 私⁉︎

 一花はとりあえず、思いついた唯一の事 —— 彼を起こさないように掛け布団をかけてあげる——  をしたのだった。



 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました

せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜 神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。 舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。 専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。 そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。 さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。 その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。 海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。 会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。 一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。 再会の日は……。

天使は金の瞳で毒を盛る

藤野ひま
恋愛
★全く冴えないOLをしている、舘野内家の一人娘である私、舘野内一花《たてのうちいちか》24才。一応、お嬢様と屋敷では呼ばれてます。 ★四条榛瑠《しじょうはる》27才。金色の髪と瞳を持った、性格以外非の打ち所のない、私の世話係だった男。 9年ぶりの再会。 なんで今更戻って来たの⁈ (はるはな-1)

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

王太子殿下の執着が怖いので、とりあえず寝ます。【完結】

霙アルカ。
恋愛
王太子殿下がところ構わず愛を囁いてくるので困ってます。 辞めてと言っても辞めてくれないので、とりあえず寝ます。 王太子アスランは愛しいルディリアナに執着し、彼女を部屋に閉じ込めるが、アスランには他の女がいて、ルディリアナの心は壊れていく。 8月4日 完結しました。

優しい微笑をください~上司の誤解をとく方法

栗原さとみ
恋愛
仕事のできる上司に、誤解され嫌われている私。どうやら会長の愛人でコネ入社だと思われているらしい…。その上浮気っぽいと思われているようで。上司はイケメンだし、仕事ぶりは素敵過ぎて、片想いを拗らせていくばかり。甘々オフィスラブ、王道のほっこり系恋愛話。

処理中です...