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電脳暴君はまだまだ夢の中

電脳世界の女神

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 シュクレはそこまでいうと、一度、大きく息を吸って視線を祭壇の方へと向ける。理知的な青い瞳が、女神像があるべき虚空へ注がれる。

「でも、そのゲームはちょっと事情が違います。始祖AIはご存知ですよね?」

 シュクレの言葉に、大きく頷く。AIシンギュラリティ後の世界を生きる私達にとっては、小学生で習うぐらいの基礎的な知識だ。

「もちろん」

「現代の、高度な人間性を持ったNPCすら再現できるようなAIは、すべて始祖AIを元にしたディストリビューションです」

「ディストリ……?」

「あっえっと……コピーしてちょっと変えたやつです!」

 なんか突然、耳馴染みの無い専門用語が飛び出してきて思わず聞き返すと、シュクレは慌てて申し訳なさそうに言い直した。
 正確な意味は違うんだろうけど、彼女がそう説明するならこの話においてそれぐらいの理解でいいんだろう。

「確か、授業で習った内容ではインターネット上の深層学習型AIのどれかが始祖AIになったんだよね?」

「……はい」

 私の質問に、シュクレが大きな溜めを作って頷いた。彼女の視線は、存在しない女神像へと注がれている。
 彼女の言いたいことに気がついた私は、思わず視線を彼女と同じように祭壇へと送った。

 彼女は、過去にサービス終了したVRMMOのプレイヤーサポートAI、教会の女神こそが、始祖AIの前身であると言っている。

「確証は?」

 世紀の大発見を前に、思わず息を呑んでしまった。だけど、私の質問にシュクレは小さく首を左右へふる。

「直接的な証拠はありません。ですが、IAFの開発チームが彼女を始祖AIの前身と考えていたなら、今までの不可解な矛盾や、この場に女神像が無いことは説明が付きます」

 確か始祖AIは電脳世界へ溶け込む事によって人間では定義できない高次の概念になってしまったらしい。

 だから、この場に物理的な女神像は無いのか。

「でもそれってさ、そういう設定のゲームにしたって事でしょ?」

「いいえ、事実はともかく……IAFの運営は事実として捉えています」

「どうして?」

「だって、この設定ってこの世界そのものの設定と全く関係ないじゃ無い、現実世界の話じゃないですか。ゲームの設定として必要が無いのに、莫大な資産を投入したVRMMOに態々その要素を入れてるんですよ?」

 シュクレが一度言葉を区切り、続ける。

「これはもう、偶々ではなく、それこそ宗教的な思いを感じます」

「うーん」

 シュクレの話には少し論理の飛躍を感じる。これが一般プレイヤーの発言ならそうとは限らなくね……? ってなって他の可能性が湯水の如く湧いてくるんだけど、彼女は議論の余地が無いレベルの天才だ。

 別に卑屈ひくつになる訳じゃなくて、純粋な事実としてタイプ別に分類するなら私は秀才タイプだ。私には理解できないだけで、彼女の目には他の可能性を排除できる理由があるのだろう。

「……それで、さ」

 私は、ポツリ、と呟く。

「はい」

 シュクレはそれに意気揚々と頷いて返事を返した。

「結局、新しいスキルとか、魔法の詠唱は?」

 確かに、興味深い話ではある。

 だけど私はゲームをしているのだ! そして私はこのゲームでのPVPが大好きなのだ! クランが投じた莫大な貢献ポイントを考えると、実際に役立つスキルや攻略情報が欲しいのだ!

 ぶっちゃけ運営の妄想とか始祖AIとか、ゲームの攻略に関わってこないならどうでも良いのだ!

「……」

 私の質問に、つい数瞬前までオイルを刺した直後のギアのように滑らかだったシュクレの口がぎこちなく動く。

「おーい、シュクレー?」

 私がシュクレの名前を呼ぶと、彼女は滝のように額から汗を流しながら、視線を逸らす。
 視線の先は祭壇の上……。これは、存在しない女神像を幻視しているのではなく、ただ視線を逸らしているだけだ!

「スペルブースト!」

 エコーのかかった発声と共に、彼女はバッと振り返り出口へ向かって走り去っていく。
 スペルブーストはこの世界で彼女だけが持つ、使用者の魔力に比例して詠唱速度が上がるスキルだ。

「***********!」

 聞き取れないほどの高速で詠唱が紡がれた。スペルブーストはその性質上、必然的に詠唱中はプレイヤーの思考が加速される。
 要は周りの世界が超絶ゆっくり進むので、わざとクソ長詠唱をする事で近距離での回避行動に応用できた。

 要は、全力で逃げている!

「……逃がすかぁぁあ!」

 一瞬、遅れて状況を理解した私は猛ダッシュで逃げるシュクレの背中を追いかけた。
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