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1.始まり

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 通勤電車というものを久しく利用していなかった。
 大学時代にはよく人混みに揉まれていたものが、その際に起業、仲間とワイワイやっている間はラッシュとは反対方向の電車に乗っていた。激混みの隣のホームを見ながら皆大変だなぁと呑気に思っていたものだ。

 会社が大きくなり、移転した後は所謂社長出勤というものが多かったし、そもそも会社に行かずともリモートで大概の仕事が出来るようにしていた。
 気付けば色々なサービスを行うIT会社として成長し、金も入るようになった。秘書が付き、外回りも考えると社用車で通勤した方が手っ取り早くなってきて段々と電車に乗らなくなっていた。

 社長同士の交流の為には身に纏うスーツや時計や靴もそれなりの物でなければ箔が付かない。本当はそんなもの面倒臭い、Tシャツやジーンズで過ごしたいのだが仕方無い。それを揉みくちゃにされるのも困りものなので余計に電車からは足が遠のいていた。
 しかしその朝、出社する準備をしていると秘書が泣きそうな声で電話を掛けて来た。

「社長、ニュース見ました?」
「ああ、丁度見てるが……」
「大渋滞にばっちりハマっちゃってて、何時になるか分かりません……! 今日は電車のご利用をお願いします!」

 テレビには幹線道路で黒煙が上がっている映像が映し出されていた。どうやら大規模な事故があったらしい。我が家と会社の間だったのでもしかしてと思っていたが案の定だったようだ。
 これではタクシーも動けないし、迂回路も混雑するに違い無い。俺は小さく溜息を吐いた。

「分かった。今日は午後からミーティングだったな?」
「はい、グラーグ社様がお見えです。申し送りは別の者へやっておきます」
「まだ余裕があって良かったな……君も気を付けて戻ってくれ。時間は気にしないでいい」
「ありがとうございます……!」

 そう言って電話を切った。憂鬱だが致し方無い。
 俺は鏡の前で最後の身だしなみチェックをした後、鞄を手に取ると家を出た。

 ***

 考えることは皆同じなようで、駅もまたごった返していた。
 幸い入場制限が敷かれる前にホームに入れたが周囲全てが人だった。こんな混雑した空間は久し振りだ。皆浮かない顔をしていたり、スマホに向かって苛立った声を上げている。まぁ無理も無いだろう。

 そんな所に電車は滑り込んで来た。大量の人間を吐き出し、大量の人間を飲み込む。俺は流れに逆らわずに車内へと乗り込んだ。
 幸いドア横の角に立てたが、後ろからどんどん押されて手摺りに身を押し付ける形になる。窮屈だが仕方が無い。乗車時間はそれ程長くないからそれまでの我慢だ。
 ドアが閉まり、電車が発車する。この狭さではスマホを取り出す気にもなれず、近くの広告を眺めていた。
 海千山千の自己啓発書、学習塾、エステサロン。以前の記憶とバリエーションはそう代わりが無い。こんなに大勢の人間がみっちりと詰め込まれているのに車内は異様に静かだった。

 数駅通過した頃だろうか。広告も見終わって俺が退屈し始めていた。あいにく窓の外はよく見えず気を紛らわすことも出来ない。無理矢理スマホを取り出そうかと思っている頃、違和感があった。
 俺の尻に何かが当たっている。こんなに満員なのだからそれも仕方が無いことと最初は思っていたのだが、その動きが何やらおかしい。

 当たっているのは人の手だった。恐らく手の甲だろう。最初は電車の揺れに合わせて押し付けられているだけだったが、その合間にさわさわと撫でられたような気がする。
 まぁそれでも偶然だろう。揺れているから偶然そんな動きになっているのだ。俺はそう思い込もうとした。しかし、その手は次第に指の腹で揉み込むような動きに変わった。俺は思わず眉を顰めた。

 ——痴漢?
 そんな言葉が浮かぶが、俺はどこからどう見ても男だ。しかも三十路の180cmはあるデカいおっさんである。スーツ姿なのだから服で間違われる筈も無い。痴漢なんて女性か、男性の場合若い学生などがターゲットになるものだと思っていた。
 だからそんな馬鹿な、何かの間違いだと思ったが、確かにこの手は俺に触れてきている。おまけに触り方も少しずつだがエスカレートしてきている気がした。尻たぶをぎゅっと掴まれたり、揉まれたり。俺は小さく溜息を吐いた。
 この混雑で手が当たっているだけなのか、それとも本当に痴漢なのかは分からない。もしかしたら後ろのスーツの男性のものかもしれないと後ろを肩越しに振り向いてもみたが、その男性は両手でスマホを操作していたし全く関係無いようだ。

 どうしたものかと考えていると、その手は俺の尻の割れ目をなぞったり、その先にある穴の周りに指を伸ばし始めた。俺は思わずゾッとする。
 そう言えば男性同士の性交渉では尻穴を使うと薄ぼんやりと聞いたことがあった。勿論俺はノーマルで、女性しか相手にしたことが無いから未知の領域だ。

 だがもしかしたら、そのような人物の標的になっているのかもしれない。俺は恐怖と怒りが同時に沸いた。しかし、その手は俺が抵抗しないのを良いことにどんどんエスカレートしていく。
 服の上から尻穴の場所を探るようにグリグリと指が押し付けられる。俺は気色悪いと思いながら身を固くし耐えていた。

 声を出すことは出来なかった。男が痴漢されているなんて周囲も信じてくれないだろうし、何より恥ずかし過ぎる。せめて次の駅に着くまでは我慢するしかない。
 停車したら手首を掴んで引き摺り出してやると心に決めたが、犯人の指は俺のアナルを発見したようでずっとマッサージを続けていた。
 布越しということもあって感じるのは気分の悪さと、秘所を他人に触れられている嫌悪感と恥辱だけだった。俺は我慢出来ず、手を背中側に回すと犯人の手を振り払った。

「……ッ!」

 一度は接触が止んだものの、逆効果だったらしい。犯人は俺の振り払った手首を掴んで動きを止めつつ、俺の尻には服越しだが腰を押し付けて来た。
 その中身が硬くなっていることに気付いてゾッとする。更にもう片方の手が俺の股間に伸びた。

(う、嘘だろ……!)

 まずはその指先が俺の逸物の形を確認するかのように軽く布の上を滑った。4本の指で上下に撫でられるだけでゾワゾワと不快感とそれ以外の何とも言えない感覚が背筋を走る。
 俺は思わず腰を引こうとしたが、後ろには硬い物が押し付けられていて身動きが取れなかった。その間にも犯人の指の動きはどんどん大胆になっていく。

 やがて犯人は掌で俺の股間を包み込むと上下に擦り始めた。まだスラックス越しだが明らかに性器を狙った動きに俺は困惑していた。痴漢というのはこんなに堂々と触って来るものなのだろうか。
 そして何より悔しいことに、俺のペニスはその刺激に少しずつだが反応しつつあった。信じられないことだがここ数日、仕事の忙しさや疲労で自慰もしていなかった。現在恋人も居ない身は、所謂ご無沙汰状態だった。

 犯人もそれを感じ取ったのか、執拗に服の上から刺激を続けた。俺は段々と息を荒げ始め、額からは汗が噴き出してきた。
 必死に耐えようとしたのだが、俺の肉棒は硬さを帯びつつあった。悔しさで歯噛みするが犯人の手付きは慣れていた。いつしか俺のスラックスはテントを張り、窮屈さを感じる。犯人はその頂点をカリカリと擽った。

「ッ……、んっ……♡」

 思わず鼻から息が漏れてしまった。幸いにも電車の騒音にかき消されて周囲には聞こえなかったようだが、犯人の耳には届いたらしい。背後で小さく笑う気配がした。
 俺は恥ずかしさで更に顔を赤くさせたが犯人は更に爪を立て続ける。何とか耐えていたがこのままではいつか限界を迎えるのは明白だった。
 故に俺は足元に鞄を置くと前を弄る手も握って制止する。これで両手は封じた。何ならこのまま駅に着いたら駅員に突き出してもいいと一瞬勝利を感じた。

「……なんで止めるんだ?」

 だが犯人は不敵にも俺の耳元でそっと囁いた。男でもゾクリとする程の低音が耳穴に直接伝わり、熱い息まで掛かる。
 それで察したが、相手はかなり大柄らしい。少なくとも俺より身長が高いし筋肉もあるようで、本気で抵抗されたら力では制し切れない感覚があった。
 俺はいつしか犯人に後ろからすっぽり抱き締められるような体勢になっていた。そのまま犯人は俺の尻に押し付けた腰をくねらせ、硬い物を押し付けてくる。

「あんたも勃ってる。イきたいんだろ?」

 男は俺にだけ聞こえる声で続けた。そのままグリッと尻穴を押され、俺は小さく息を詰める。スラックス越しの刺激でももどかしい感覚が全身を駆け巡った。
 犯人の言う通り俺のペニスは痛い程に勃起しており、下着の中で窮屈そうにしている。

 だがここで屈する訳にはいかないと俺は必死に耐えた。しかしそんな俺を弄ぶように男は更に激しく腰を動かした。
 そこから逃げようと俺も少し身体を捩ると股間と布が擦れる。その度にビクビクと腰が跳ねてしまう自分が情け無かった。何より屈辱的だったのは男の手付きに感じてしまっていることだった。

(クソッ! なんでっ……!)

 俺は犯人の手を掴む力が徐々に抜けていくのを感じた。それをいいことに、相手はまたも俺の膨らんだ部分を、特に裏筋を撫で上げるように触れる。俺は何とか声を殺して思わず背筋を仰け反らせた。
 その反応を見て犯人は嬉しそうに笑い、俺の首筋に舌を這わせる。生温かい感触に鳥肌が立った。だがそれで一瞬下半身への注意が薄れ、その隙にグリッ!と布越しながら尿道に爪を立てられた。

「っ! ん、ぐっ……!!」

 俺は慌てて口を手で塞ぐ。だがその反応に気を良くし、更に片手の拘束が外れた犯人は執拗にそこを責め立てた。
 カリカリと爪で何度も亀頭を引っ掻かれる度に腰が震える程の快感が走る。そして同時に尻穴を刺激され、前も後ろも責められて頭がどうにかなりそうだった。

(こんな奴に……イかされたくないのに……!)
「ん、ン——……ッ♡」

 声を出さないようにするのが精一杯だった。ドプッ、と熱い液体が弾け、下着を濡らす感覚が広がった。
 目の前が真っ白になり、膝が震えて立っているのが困難になる。壁に身体を預け、後ろから犯人に支えられていなかったらへたり込んでいただろう。
 達してしまった。痴漢に触られて、下着の中に射精してしまった。快感の靄が霧散していくと恥ずべき現実が俺を襲った。

「はぁっ、はぁっ……」
「あーあ、出しちゃったな。高そうなスーツなのに」

 しかしそれで終わりではなかった。俺が身動きが取れないまま息を荒らげている間、俺の精液で濡れた下着を犯人は更に揉みしだくように刺激した。グチャグチャと粘着質な音が耳に入るが俺はそれどころでは無い程動揺していた。

 達したばかりの敏感なペニスは布越しの愛撫でも十分過ぎる程の快感だった。しかも先程出したばかりの精液も潤滑油となり滑りが良くなっている。その状態で亀頭部分を集中的に責められてはもう我慢出来なかった。
 再び射精感が込み上げるが、犯人はそこで股間から手を離して俺のベルトを外し始めた。俺の手にはもう力が入らず、制止は出来ずただ手首を掴んでいるだけになっていた。
 そしてカチャリと金具が外される音がしたかと思うと、次はジィー……というチャックの下がる音が響く。

(やめろ……ここ、電車の中だぞ……!?)

 社会の窓が開き、俺の膨らんで濡れた下着が露わになる。そこは先程達したばかりなのにもう硬くなっており、先端からは透明な液体が溢れてシミを広げていた。
 犯人はそこに手を突っ込むと、濡れた竿部分を掴み上下に扱き始めた。片手だけだがそれでも十分過ぎる刺激だ。俺は必死に声を我慢するしか無かった。

「すっごいグチャグチャになってるし、まだガチガチだな。溜まってたんだ?」

 再び耳元で囁かれて俺は顔が熱くなるのを感じた。事実だが正直に答えられる訳が無い。
 犯人の指先が改めて俺の先端を抉るように引っ掻いた。射精後の敏感な状態での刺激に思わず声が出てしまいそうになるが俺は歯を食いしばり必死に耐えた。

 しかしそんな様子を見て犯人は嬉しそうにクツクツと喉を鳴らして笑う。
 そして今度は前ではなく後ろに手を回したかと思うと下着に手を入れて尻の穴に触れてきたのだった。まさかと思い身体を捩るも遅く、到底他人は触れない部分を撫でられる。不快感がゾワッと背筋を駆け抜けた。

「……やめて……ください……」

 俺は犯人にだけ聞こえるような極々小さな声で言った。だが電車の音にかき消されたかはたまた無視しているのか、指は変わらず穴の縁を撫でている。
 周囲に聞かれたらと思うともう一度言う気にはなれなかった。俺は俯き、後ろに引っ張られている分前が窮屈な自分の下着を眺めることしか出来ない。

 どうしたらいいのだろうと思っている内に、犯人はゴソゴソと下着から手を入れたり出したりする。
 何をしているのかと思った矢先、尻にぬるりとした冷たい感覚があった。どうやら小さな容器に入ったローションを突っ込んで肌の上で出したらしい。更に犯人の指は肛門の縁にそれを塗り込んでいく。

(こいつ、本気でここで……!?)

 俺はもう恥ずかしさや情けなさを通り越して絶望感すら覚えていた。電車内という公共の場で射精してしまっただけでも人生の汚点なのに、尻を弄られるなど許される筈がない。
 俺は意を決して痴漢の手首を再び掴んだ。力を込めて引き剥がそうとするが相手も抵抗する。その結果は最悪な方に転がってしまう——勢い余って犯人の指の先端が尻穴の中に入ってしまったのだ。

「う、ぐっ……!!」

 その刺激に俺は思わず声を上げてしまった。幸いにも周囲には気付かれていないようだが、本当に電車の音に紛れられたのかは怪しい。俺が変態行為をしていると察して関わらないようにしているだけかもしれないのだ。
 恥ずかしさと情けなさで目に涙が浮かぶがそれを拭う余裕すらなかった。犯人はそんな俺を見て更に興奮したのか指の動きを激しくしてきた。

(クソッ……!)

 もうどうにでもなれという気分で俺は再び犯人の手を引き剥がそうと試みた。だがやはりビクともしないし逆に強く指を押し込まれる結果になるだけだった。
 本来外から何かが入らない場所で指が蠢くと凄まじい異物感が襲う。俺は侵入を拒もうと無意識に括約筋を締め付けていた。だがその締め付けで逆に指の形や動きを鮮明に感じてしまい逆効果だった。

(こんな所でケツの穴ほじるとか、正気じゃない……!)

 俺は思わず目の前の手摺にしがみ付いて必死に声を押し殺しながら心の中で悪態を吐いた。
 その間にも指は遠慮無く中を刺激し続けていたが、ある一点に指先が触れた瞬間俺の身体に電流のような刺激が走った。
 思わずビクリと腰が跳ねてしまう程の衝撃だ。犯人はそれを見逃さずその部分ばかり責め立て始めたのだ。

(な、何だコレ……!)

 尻に指を突っ込まれて感じる自分が信じられなかった。何故こうなるのかさっぱり分からない。
 それでも執拗に擦られれば否応なしに反応してしまい、どうやらこれが男の性というものだと痛感させられることになる。

「ケツアナ、自分で弄ったことある? この反応だと無いか? 前立腺って分かる? ここをケツから攻めると、嫌でも女の子みたいにビクンビクンしちまうんだ」

 俺が戸惑っているのを察してか犯人が矢継ぎ早に質問して来る。だが俺はどれにも答えなかった。こんな恥辱的なこと、答えられる訳がない。
 前立腺など、そう言えばそんな器官があったなという思うぐらいには馴染みが無かった。それをこうして触れられて感じているなど認められない。
 だが犯人は尚も執拗にそこばかり攻め立てた。俺が何も答えなくても、その反応で分かっているのだろう。

「っ! ん……ッ♡」
(クソッ、何でこんな……!)

 俺は必死に声を抑えながら犯人の手を引き剥がそうと躍起になっていた。だが相手は全く動じる様子が無いどころか更に強く中を刺激してくる始末だ。俺はもう早く駅に着いてくれと願う他無かった。

 すると、その時だった。甲高いブレーキ音と共に電車が急停車したのだ。慣性に従った人波に俺は押されて更に奥深くへと指が突き込まれる。

「うあっ……!」

 思わず声を上げてしまうが、同じような悲鳴は車内の至る所で上がっていた。やがて完全に停止するとどよめきが走った。
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