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28.駆ける
しおりを挟む外に出ると、夜特有の冷たさを帯び始めた空気が頬を撫でた。
子ども達のおやつの時間を過ぎ、夕食にはまだ早い頃合い。騎士宿舎の門限までは時間があるけれど、ここは暗くなると一気に治安が悪化する。今のうちに、せめて街灯がある場所まで帰路につきたかった。
この辺りのゴロツキなら負けることはないだろうけれど、今は動きにくい服を着ているし、孤児院に何か報復をされても困る。ルフタも居ない今、避けられるトラブルは避けるに越したことはない。
私は徒歩で下町に抜け、辻馬車を捕まえに下町でも中心と呼ばれる場所へ向かった。
途中、カルロス先輩の実家のパン屋に挨拶しようと思って前を通ったのだが、夕食どきだからか、何やら人が多く断念した。
下町は中央広場がロータリーになっている。
着くと帰り用の辻馬車がいくつも並び、そして行き交っていた。
仕事を終えた職人達や、お針子の少女達が集団で列に並んでいる。
朝きた時よりも人が増え、全体的に騒がしい。目的の王城近くへ向かう馬車を待っている間に、待ち人達はどんどん増えていく。
そんな中、近くの鍛冶場が閉まったのか、煤けた壮年の男達が声を張って、ガラガラと響く車輪の音に負けじと会話していた。さらに周囲の音量が増す。
街の喧騒を、ぼんやりと見つめる。
たくさんの音に溢れているのに、こういう時は何故か意識から音の気配が薄くなっていく。
言語化するのが難しいが、考えている内容か、目から入ってくる情報に集中する感覚だ。
ロータリーの向こう岸、髪色が揃っているから親子だろうか。エプロン姿の母親に手を引かれて、はしゃいでいる子どもの挙動を、私はなんとなく目で追っていた。
大型の辻馬車が通りを渡っていく。
オープンテラスに座る夫人から餌をもらっていた鳩達が、一斉に飛び立っていった。
私は片膝をゆっくりと落とす。
荷物をその場に残して、大きく一歩踏み込んだ。
瞬きさえせずに、視線はそのまま。
刹那の間に、地面を踏む足へ、魔力を最大限に流していく。
良くある街の夕方、いつもの風景。
だからだろうか。
誰も気が付かなかったのだ。
路地裏から急に飛び出してきた猫。
それを追いかけて、母親の手を振り切り子どもが通りに飛び出した。
母親の悲鳴、近くの馬車の御者達の怒声。戦慄く馬達。
どこか遠くに聞こえるそれらを切り裂くように、私は駆け抜けた。
馬車の間をすり抜け、たどり着いた子どもの肩を抱く。どこからか石つぶてが飛んできたおかげで、馬の影で見えなかったのだろう。やっと子どもの姿に気付いた御者が手綱を引くより先に、馬の進みが止まった。
子どもの膝裏に腕を差し込んだが、いななき、前脚を高く上げた馬はもうすぐそばまできている。
離脱が、間に合わない。
私は子どもを強く抱き込んで、魔力を全身に纏わせた。
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