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23.夫人と鷹
しおりを挟む「今日はたくさんお買い求めくださりありがとうございました」
彼女は人好きのする笑みで、中身のたくさん詰まった紙袋を渡してくれた。
「ありがとうございます」と、会釈して受けとる。
ふと合った目線に、私はゆっくりと肩の力を抜いた。少しばかり、警戒が強すぎたのかもしれない。目の前に立つひとは、商人らしくない真摯な目の色をしていた。
「不躾に申し訳ありません」
「いえいえ、とんでもございませんわ。突然踏み込んでしまった私が早急すぎました」
モンテ夫人はにっこりと笑みを深める。
「かの御仁には、実は大変お世話になっているのです。商売人は色々と敵が多いですから」
カロロンと、ドアにつけられたベルが音をたてた。木製のベルは金物と違って音が優しく、耳障りじゃない。
お店の中に常に人が居る場所だから、その配慮だろう。
また新しく入ってきた二人のお客に、ドアマンが「ごゆっくりどうぞ」と慇懃に礼をしていた。
店内には、貴族の使用人らしき服装の人も、精一杯清潔感のある格好をしてきた下町の人も、同じくらいの人数で存在していた。
ここは下町と貴族街の狭間に建つ商会だが、私がニナと懇意にする事抜きで名前を聞くようになったのは最近の話だ。
出る杭は打たれるとよくいうし、色々と危ない橋のやり取りもあるのかも知れない。
ルフタはそう言う時、時折仲介を担っていたことを思い出す。
貧民街の方面をルフタが。貴族以下をニナの仕える王女殿下のネームバリューが、謗り話を上手く抑えてくれているのだろう。
モンテ夫人曰く、商人独自の情報網で恩人というか支援者であるルフタの居所を、数日遅れではあるが把握しているのだとか。
彼と私の関係も、同じ孤児院の出身という事で認知していたから今回声をかけてくれたらしい。
今日孤児院に行って、ルフタの所在が長くわからないと知ったら確かに動揺しただろうな。と思い至り、夫人の心遣いに感謝した。
「忙しい時に長話をさせてしまって、申し訳ない」
「それはこちらのほうですわ。お詫びにどうぞ、こちらを」
そう言って取り出されたのは、調理ナイフほどの高さの瓶だ。中には優しい色合いの飴玉が詰まっている。ひとつが銅貨くらいの大きさで、持ち手なのか作る時に必要なのか、紐がついていた。子どもが手に持って食べられる、丁度いい長さだ。
「果汁が入った飴です。これから帰られると伺っております。よろしければ皆様で」
丁寧に手入れされた指先が、瓶の蓋になっている蜜蝋布をそっと剥がし中を見せてくれる。
ふわりと広がる砂糖の香りに、つい頬がゆるんだ。
毒味だと言ってモンテ夫人は私に一粒取らせるとそれを口に含み、安全性を明らかにする。
そこまでしなくても。と、普通なら思うだろうが、私も騎士の端くれだからか、純粋にその配慮をありがたく思った。
「嬉しいです。子らが喜びます」
「うふふ。是非またご利用くださいませ……アリア様が必要とする情報があるときも」
最後の方は声量が落とされる。
「彼の方だけでなく、娘からも得難い友人だと耳にしております。珍しいんですのよ。あの場所で商人気質の小娘が受け入れられることなど……特に女の園では」
ですから、と話の流れと声量を戻すと。
「騎士様のお役に立てるなんて光栄ですわ。是非またご贔屓に」
恐らく何百回も繰り返して完成された完璧なお辞儀を賜る。ニナが「まだまだ親には敵いません」と言っていたのを唐突に思い出して、つい笑みが浮かんだ。
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