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第62話 鶴の一声
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「10分だけでいい、時間を貰えないだろうか」
その懇願するような瞳は歴戦の海将とは思えないほどに美しい。
2日後に迫った裁判。それを覆せるのは彼の手腕と、首を賭ける覚悟のみ。それを負うのは他の誰でもない海将ただひとり。
「少しひとりにさせてくれ」
そうして僕とユークリッド氏は団長室を後にした。
扉を閉める直前、左手で頬杖をつきながら窓の向こうにある水平線を黄昏れるように見つめる海将の姿が目に焼き付く。
「最高尋問官はどうしてこんな急に……」
「恐らく魔人騒動の件が原因でしょう。内々の話にはなりますが、王国内に裏切り者がいる可能性があるのです」
ユークリッド氏によれば、王都で起こった魔人騒動。広場に突如として現れ、その場に居合わせた一般人を容赦なく虐殺したのにも関わらず、騎士団が現れるとすぐにどこかへ飛び去ったという。
これが王都の魔人騒動の全貌ではあるが、後に周辺を調査した結果、広場の地面に魔法陣の痕跡が発見されたのだ。様々な要因から、それは魔族が描いたとは考えづらく、人族によって手引きされたものだと結論が出された。
「血眼になって憲兵団が捜査していますが、手掛かりは少なく。だから教会としてもこちらの件は早くに済ませておきたいのでしょう」
まるでこの裁判が作業の一環でしかない、というような言い方だが、本当にそのようにしか思っていないのかもしれない。
前世のように、いくつも裁判所があるわけでも、裁判官が何人もいるわけでもない。彼らにとってこの事件はありふれた仕事のひとつでしかないのだ。
「ようシント。元気か」
約束の時間より幾分か過ぎた頃、エリク大尉とダリウス少尉が現れた。聞けば彼らは海将に「大切な用事がある」と呼ばれたらしい。
「なんだか久しぶりな気がしますね」
「海岸の復旧作業ではバラバラだったしな」
ダリウス少尉は相変わらず元気いっぱいという感じだが、エリク大尉は少しだけ瘦せたように見える。
「どうしたの?」
「い、いえ……」
心配になり、ついジロジロと見てしまった。
「大尉が痩せたのに気づいたんじゃないですか?」
「ダリウスくん、それセクハラ」
そんなこんなお喋りをしていると、団長室の扉が開いた。先に呼ばれていたユークリッド氏は「では、これで」と言い残し去って行く。
そうして扉が閉まり、イザベラ海将は大きくため息を吐くと集めた僕らを座らせ、ひとこと――
「私は反逆することに決めた」
団長室は一瞬の静寂の後、大騒ぎとなった。
「ま、待ってください。どういう意味ですか?!」
「そのままの意味だが」
「いやいやいや、冗談にしては……」
「これが冗談を言っている顔に見えるか?」
僕は察していた。
先ほどユークリッド氏が言っていた、非公開の特殊部隊員の証人召喚。これがリラ中尉の裁判で最も重要なピースであることに違いはない。しかし、それは同時に国家機密を国内外にバラ撒くことと同意なのだ。
イザベラ海将は海将として、騎士としての心を捨て去ろうとしていた。
「待ってください」
「シント……聞いていただろう? 私が首を切る覚悟でなくては、リラ中尉は救えん。これはやむを得ないことだ」
彼女の仲間を思う気持ちは誰よりも強い。だからこそ、今この地位にまで上り詰めたのだろう。だからこそ、彼女のような人がここで落ちてしまっては勿体無いが過ぎる。
なにか、何かいい案は無いものか。
国家機密を守りつつ、リラ中尉を救う手立ては――
「国家機密なら、秘密にしておけばいいじゃない」
鶴の一声か、ナニアントワネットかはまだ誰も知り得ない。
その懇願するような瞳は歴戦の海将とは思えないほどに美しい。
2日後に迫った裁判。それを覆せるのは彼の手腕と、首を賭ける覚悟のみ。それを負うのは他の誰でもない海将ただひとり。
「少しひとりにさせてくれ」
そうして僕とユークリッド氏は団長室を後にした。
扉を閉める直前、左手で頬杖をつきながら窓の向こうにある水平線を黄昏れるように見つめる海将の姿が目に焼き付く。
「最高尋問官はどうしてこんな急に……」
「恐らく魔人騒動の件が原因でしょう。内々の話にはなりますが、王国内に裏切り者がいる可能性があるのです」
ユークリッド氏によれば、王都で起こった魔人騒動。広場に突如として現れ、その場に居合わせた一般人を容赦なく虐殺したのにも関わらず、騎士団が現れるとすぐにどこかへ飛び去ったという。
これが王都の魔人騒動の全貌ではあるが、後に周辺を調査した結果、広場の地面に魔法陣の痕跡が発見されたのだ。様々な要因から、それは魔族が描いたとは考えづらく、人族によって手引きされたものだと結論が出された。
「血眼になって憲兵団が捜査していますが、手掛かりは少なく。だから教会としてもこちらの件は早くに済ませておきたいのでしょう」
まるでこの裁判が作業の一環でしかない、というような言い方だが、本当にそのようにしか思っていないのかもしれない。
前世のように、いくつも裁判所があるわけでも、裁判官が何人もいるわけでもない。彼らにとってこの事件はありふれた仕事のひとつでしかないのだ。
「ようシント。元気か」
約束の時間より幾分か過ぎた頃、エリク大尉とダリウス少尉が現れた。聞けば彼らは海将に「大切な用事がある」と呼ばれたらしい。
「なんだか久しぶりな気がしますね」
「海岸の復旧作業ではバラバラだったしな」
ダリウス少尉は相変わらず元気いっぱいという感じだが、エリク大尉は少しだけ瘦せたように見える。
「どうしたの?」
「い、いえ……」
心配になり、ついジロジロと見てしまった。
「大尉が痩せたのに気づいたんじゃないですか?」
「ダリウスくん、それセクハラ」
そんなこんなお喋りをしていると、団長室の扉が開いた。先に呼ばれていたユークリッド氏は「では、これで」と言い残し去って行く。
そうして扉が閉まり、イザベラ海将は大きくため息を吐くと集めた僕らを座らせ、ひとこと――
「私は反逆することに決めた」
団長室は一瞬の静寂の後、大騒ぎとなった。
「ま、待ってください。どういう意味ですか?!」
「そのままの意味だが」
「いやいやいや、冗談にしては……」
「これが冗談を言っている顔に見えるか?」
僕は察していた。
先ほどユークリッド氏が言っていた、非公開の特殊部隊員の証人召喚。これがリラ中尉の裁判で最も重要なピースであることに違いはない。しかし、それは同時に国家機密を国内外にバラ撒くことと同意なのだ。
イザベラ海将は海将として、騎士としての心を捨て去ろうとしていた。
「待ってください」
「シント……聞いていただろう? 私が首を切る覚悟でなくては、リラ中尉は救えん。これはやむを得ないことだ」
彼女の仲間を思う気持ちは誰よりも強い。だからこそ、今この地位にまで上り詰めたのだろう。だからこそ、彼女のような人がここで落ちてしまっては勿体無いが過ぎる。
なにか、何かいい案は無いものか。
国家機密を守りつつ、リラ中尉を救う手立ては――
「国家機密なら、秘密にしておけばいいじゃない」
鶴の一声か、ナニアントワネットかはまだ誰も知り得ない。
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