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第4話 共感

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「お父さん、お母さん! どこにいるの?」

 暗闇の中で薄ぼんやりと2人の影が映る。それは段々と僕から離れ、直に消え去って行く。遠い日に見た2人の顔は、もう覚えていない。
 夢から覚めても僕の頬を伝う涙が消えることは無かった。永遠に刻まれた心の傷は、悪夢となって更に僕の心を締め付ける。

「またあの夢?」

 細く透き通った彼女の声が僕の耳元に響いた。

「すみません、起こしちゃって」
「謝らないで。君の苦しみは分からないけど、同じような経験が私にもあるから」

 淡い月明かりの下で、彼女は普段では一切言わない昔の話を始めた。
 彼女の両親も魔法族であり、テュルーフ領の領主であった。今の彼女と同じように放任主義で統治していた両親だったが、やがてそれに飽き、隣国に戦争を仕掛けて敗れた。戦犯とされた母は打首となり、父は娘を置いて逃亡。その先で盗賊に殺されたという。
 
 今テュールフ領が残っているのは、置き去りにされたカリンを哀れに思った領民が守ってくれたからだそう。

「私はね、本当は生きているのが不思議なくらいなのよ。あの時死んでいたら……」

 彼女は口を噤み、窓の外に視線を移した。その時彼女が何を思ったのか、何を飲み込んだのかは分からない。しかし、その目は僕には見る事ができない果てなき地平線を見ているかのようだった。

「変な話してごめんね」
「いえ、ちょっと嬉しいです」
「嬉しい……?」
「はい。カリン様の事を少し知れた気がして」
「変な人」

 珍しく僕とは反対側に寝返りをうった彼女の背中は、小さく震えていた。


「おはよう」
「お、おはようございます」

 ここに来て初めて彼女に起こされた。僕の使っていたエプロンを身につけ、僕を見下ろしている。

「早く起きなさい。朝食ができているわよ」
「あ、はい」

 ――朝食?

 寝ぼけ眼でキッチンに向かうと、卵焼きやらソーセージやらいつも僕が作っていた以上の多彩な料理が並んでいた。

「これって」
「私が作ったのよ」
「え?!」

 一気に目が覚めた。目を擦ってもう一度確認するが、しっかり朝食だ。

「そんなに驚く? 私だってやろうと思えばできるのよ」
「し、失礼しました!」
「よろしい。では食べましょう」

 僕をじっと見つめるカリン。

「あの……食べないんですか?」
「最初に食べて。毒味よ」
「は、はい」

 毒味って、自分で作った料理だろ。

 見つめられていると些か食べ辛いが、この際致し方ない。恐る恐る、いや高揚感を抱きながら口に運ぶ。

「美味い!」
「本当?!」
「うん! あ、失礼しました……」
「い、今のは聞かなかったことにしてあげるわ」

 本当に美味で思わずタメ語になってしまったが、嬉しそうに頬張る彼女を見て安心した。どうやら怒ってはいないようだ。
 どんな心境の変化があったのだろう。魔女の気まぐれ、とはちょっと違う様な気もするが。

 あっという間に完食し、皿を片付けていると彼女から耳を疑う言葉が飛び出した。

「今日は町に出るわよ」
「巡邏ですね」
「ええ、昼食もお店で済ませましょう」
「え?」
「え? いや、あれよあれ、たまには君もゆっくりしたいでしょ?」

 耳を赤らめた彼女に、何だか胸がざわついた。
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