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第三章 運命の勇者
第二十七話 恐れ火の森探訪
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ノヴァプトから乗合馬車で数時間、体格の良い冒険者に押し潰されそうになりながら、やっとの思いで『恐れ火の森』に到着。乗り合わせた冒険者のほとんどが付近の魔物討伐に向かう中、僕とアズボンドは森へ入ろうとしていた。
「おい、アンタたち」
話しかけてきたのは、右目の上に大きな傷痕がある男だった。彼もまた冒険者の一人だろう。
「興味本位でこの森に入るってんならオススメしねえぜ」
「何かあったんですか?」
「この森はその名の通り不審火が絶えない場所だ。近々、自警団が調査に入るらしいが……」
冒険者の男は警戒するように辺りを見回すと、僕たちに顔を近づけて言った。
「それに、商人たちの間で噂になっている、勇者様っていうのも胡散臭え」
「僕たちもその勇者様目当てで来たのです」
「そうか、気をつけろよ。俺も見たことはねえが、奴は人間じゃない気がするんだ」
手を振って去って行く冒険者にお礼を言い、いよいよ森の中へと足を踏み入れる。森の中はまるで、外と完全に遮断された別世界かのように、音も気温も全く違う。アーティファクトの準備は万端だけど、もしもの時に備えて警戒は怠らないようにしよう。
「入ったは良いけど、この先どうやって勇者を探すかだよね」
アズボンドの言う通り、商人たちの話によれば「魔物に襲われたところを助けられた」とか「森の中で炎に包まれたところを助けてもらった」など、その者に危険が迫った時に現れる。
誰も自ら勇者に会おうという者はいない。
それもなんだか不自然な話だけど。
いくら危険が多い地域だとしても、興味本位で訪れる者がこれほどまでに少ないのには何か他の理由《わけ》があるのだろうか。
「……にしても、この森広過ぎないか」
「確かにね。噂が本当なら自力で探し出すというのは難しいかもね」
僕は持参の小物入れから二つのアーティファクトを取り出した。
片方は『魔物呼びの笛』で甲高い音を発することで魔物が怒ると伝えられ、例え食事中であってもその音のする方向に一目散に駆けていくらしい。もう一方は『撃退用催眠スプレー』だ。これがあれば魔物に襲われても逃げ延びることができるという寸法だ。
「え、本当に大丈夫なの?」
「心配ないよ。元勇者もいることだしね!」
「じょ、冗談はやめてくれよ……」
顔を白く染めるアズボンドを横目に、僕は魔物呼びの笛を鳴らした。頭にこだまするような高音が森に響くと、どこからか魔物の咆哮が聞こえた。
「なんか地面、揺れてない?!」
地鳴りのような足音と共に現れたのはオークの群だった。戦争時のアズボンドは見る影もなく怯え切っていたが、僕はスンと勇者が現れるのを待つ。
なぜ、そんなに冷静かって?
自身で創り上げたアーティファクトを完全に信用していたからだ。
「勇者様!」
アズボンドが情けない声を出した瞬間、どこからともなく火柱が舞い上がり、オークの群を一掃した。
「やっと――」
アレが勇者……?
何か言ってるような気もするけど。
焼け焦げたオークの背後に黒い靄を纏った少年が一人。正確には影しか見えず、背格好から少年か少女だと推測した。
腰を抜かしたアズボンドを引き起こし、勇者と思われる影にゆっくりと近づいてみる。影に近づくにつれて遠い声が徐々に鮮明に聞こえ始めた。
あと数メートルというところで、勇者は確かに笑いながら「見つけた」と僕の方を見た。全身を寒気が覆うほどの彼の目は、狂気としか表現できない恐ろしいものだった。
「ダメだ、逃げよう」
「え?」
咄嗟にアズボンドの腕を引っ張り、僕たちは獣道をひたすらに走った。理由は分からないが、とにかく直感が「逃げろ」と叫んでいる。
来た道を戻っているつもりだけど、なんで出口が無いんだ!
半分分かっていた。でも今、確信した。
アレは勇者なんかじゃなく、魔人だ。
恐らく、不審火が絶えないというのも奴の仕業だろう。
誰かを探している感じだったのは確実。それが僕なのかは分からないけど、商人が「助けられた」というのは勘違いだ。悲鳴に誘われて見に来ただけ。僕でも感じられるほどの強大な魔力を持っているということは、人を襲っていないわけがない。
「もうすぐだ!」
木々の隙間から乗合馬車が見えた。背後にはずっと殺気を感じている。ここまで来たら死ぬわけにはいかない。
森から出ようとその木漏れ日を目指すが、あることに気づいた。
動いていない。
歩けないわけでも、身体が動かないわけでもない。しかし、一向に森から出ることができないのだ。入る時に感じた違和感の正体はこれだったんだ。結界のような何かがこの森を囲うように張られている。
「シント、やばいよ……もうダメだ!」
「くそ!」
僕は意を決して後ろを振り返った。
効果があるとは思えないけど、最期の抵抗だ!
「イテテテテテテッ!!」
「「え?」」
勇者、もとい魔人は僕が噴射した催涙スプレーを顔面に喰らい、地面にゴロゴロとのたうち回っている。ゆっくりと後ろに下がりながら結界が顕在であることを確認する。
奴にダメージを与えても消えないということは、これは自立式の結界か、あるいはもう一人仲間がいるのか?
どうしたら逃げ出せるんだ!
「……酷いことしないでよ、シント様」
「なぜ僕のことを知っている!?」
「そんなの当たり前じゃないか。君は私たちの――
お母さんなんだから」
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
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「おい、アンタたち」
話しかけてきたのは、右目の上に大きな傷痕がある男だった。彼もまた冒険者の一人だろう。
「興味本位でこの森に入るってんならオススメしねえぜ」
「何かあったんですか?」
「この森はその名の通り不審火が絶えない場所だ。近々、自警団が調査に入るらしいが……」
冒険者の男は警戒するように辺りを見回すと、僕たちに顔を近づけて言った。
「それに、商人たちの間で噂になっている、勇者様っていうのも胡散臭え」
「僕たちもその勇者様目当てで来たのです」
「そうか、気をつけろよ。俺も見たことはねえが、奴は人間じゃない気がするんだ」
手を振って去って行く冒険者にお礼を言い、いよいよ森の中へと足を踏み入れる。森の中はまるで、外と完全に遮断された別世界かのように、音も気温も全く違う。アーティファクトの準備は万端だけど、もしもの時に備えて警戒は怠らないようにしよう。
「入ったは良いけど、この先どうやって勇者を探すかだよね」
アズボンドの言う通り、商人たちの話によれば「魔物に襲われたところを助けられた」とか「森の中で炎に包まれたところを助けてもらった」など、その者に危険が迫った時に現れる。
誰も自ら勇者に会おうという者はいない。
それもなんだか不自然な話だけど。
いくら危険が多い地域だとしても、興味本位で訪れる者がこれほどまでに少ないのには何か他の理由《わけ》があるのだろうか。
「……にしても、この森広過ぎないか」
「確かにね。噂が本当なら自力で探し出すというのは難しいかもね」
僕は持参の小物入れから二つのアーティファクトを取り出した。
片方は『魔物呼びの笛』で甲高い音を発することで魔物が怒ると伝えられ、例え食事中であってもその音のする方向に一目散に駆けていくらしい。もう一方は『撃退用催眠スプレー』だ。これがあれば魔物に襲われても逃げ延びることができるという寸法だ。
「え、本当に大丈夫なの?」
「心配ないよ。元勇者もいることだしね!」
「じょ、冗談はやめてくれよ……」
顔を白く染めるアズボンドを横目に、僕は魔物呼びの笛を鳴らした。頭にこだまするような高音が森に響くと、どこからか魔物の咆哮が聞こえた。
「なんか地面、揺れてない?!」
地鳴りのような足音と共に現れたのはオークの群だった。戦争時のアズボンドは見る影もなく怯え切っていたが、僕はスンと勇者が現れるのを待つ。
なぜ、そんなに冷静かって?
自身で創り上げたアーティファクトを完全に信用していたからだ。
「勇者様!」
アズボンドが情けない声を出した瞬間、どこからともなく火柱が舞い上がり、オークの群を一掃した。
「やっと――」
アレが勇者……?
何か言ってるような気もするけど。
焼け焦げたオークの背後に黒い靄を纏った少年が一人。正確には影しか見えず、背格好から少年か少女だと推測した。
腰を抜かしたアズボンドを引き起こし、勇者と思われる影にゆっくりと近づいてみる。影に近づくにつれて遠い声が徐々に鮮明に聞こえ始めた。
あと数メートルというところで、勇者は確かに笑いながら「見つけた」と僕の方を見た。全身を寒気が覆うほどの彼の目は、狂気としか表現できない恐ろしいものだった。
「ダメだ、逃げよう」
「え?」
咄嗟にアズボンドの腕を引っ張り、僕たちは獣道をひたすらに走った。理由は分からないが、とにかく直感が「逃げろ」と叫んでいる。
来た道を戻っているつもりだけど、なんで出口が無いんだ!
半分分かっていた。でも今、確信した。
アレは勇者なんかじゃなく、魔人だ。
恐らく、不審火が絶えないというのも奴の仕業だろう。
誰かを探している感じだったのは確実。それが僕なのかは分からないけど、商人が「助けられた」というのは勘違いだ。悲鳴に誘われて見に来ただけ。僕でも感じられるほどの強大な魔力を持っているということは、人を襲っていないわけがない。
「もうすぐだ!」
木々の隙間から乗合馬車が見えた。背後にはずっと殺気を感じている。ここまで来たら死ぬわけにはいかない。
森から出ようとその木漏れ日を目指すが、あることに気づいた。
動いていない。
歩けないわけでも、身体が動かないわけでもない。しかし、一向に森から出ることができないのだ。入る時に感じた違和感の正体はこれだったんだ。結界のような何かがこの森を囲うように張られている。
「シント、やばいよ……もうダメだ!」
「くそ!」
僕は意を決して後ろを振り返った。
効果があるとは思えないけど、最期の抵抗だ!
「イテテテテテテッ!!」
「「え?」」
勇者、もとい魔人は僕が噴射した催涙スプレーを顔面に喰らい、地面にゴロゴロとのたうち回っている。ゆっくりと後ろに下がりながら結界が顕在であることを確認する。
奴にダメージを与えても消えないということは、これは自立式の結界か、あるいはもう一人仲間がいるのか?
どうしたら逃げ出せるんだ!
「……酷いことしないでよ、シント様」
「なぜ僕のことを知っている!?」
「そんなの当たり前じゃないか。君は私たちの――
お母さんなんだから」
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