上 下
22 / 31
第二章 美談

第二十二話 勝利と慢心

しおりを挟む
「東門に援軍を要請しろ!」

 シントがいる正門の部隊は、10万を超える帝国軍を迎撃しつつ、東門に援軍を送ろうとしていた。しかし、帝国兵の数に比べれば正門の守りも万全とは言えない。

「ダメです! ここも人手が足りません!」

 王国側は新兵器を持っているとはいえ、それはただの時間稼ぎにしかならず、兵士の体力も気力も魔力も消耗しつつあった。

「ねぇシントさん。私の好きなおとぎ話を読んでみない?」

 ノールックで敵兵を仕留めつつ、マリーは『女神の星降り~古代魔法全集~』と記載されている本を手渡した。
 こんな非常時に本なんて読んでる暇は無い。と思ったシントだったが、マリーの意図するところがすぐに分かった。

「僕に……できるのですか?」
「私にはできなかったけど、やってみる価値はありそうじゃない?」

 今は、できるかできないかの段階ではない。
 
 やるしか無いのだ。

 側から見れば、戦場で読書なんて気が狂ったのかと思われるだろうが、それを気に留めるほどの余裕は彼らにはなかった。
 シントは無作為に本を開き、そこに書かれた『魔剣ダクス』の一文を読んだ。

『戦中、多勢が無勢に迫りしほど、ひとりの幻術師が天より無数の剣降らせ敵を圧倒せり』

 常識的に考えれば、魔力がどれだけあってもこれはただよおとぎ話。本当にあったのかも分からない古代魔法だが、今はひたすらに創造力を膨らませる。

 無数の剣の一本一本が精巧でなければならない。
 創造するのは、選ばれた騎士のみが扱える聖剣にも匹敵するほどの強度と魔力を持ち合わせた剣。それは天から無数に降り注ぎ、敵の鎧をも穿つ。

 魔力は最低限を残して全て使い、ステータスからは有り余っている『器用』と『運』をトッピング。

「いきます! 前にいる兵は全員下がって!」

「『魔剣ダクス』」

 何も起こらない、と思ったのも束の間、雲の狭間から光が見えたと同時に無数の剣が今や遅しと浮遊している。

「放て!」

 魔剣ダクスは起動。
 降り注いだ剣は、星降りのように煌めきながら帝国軍に風穴を開けていった。

 朦朧とした意識の中、マリーだけが「良くやったね」と頭を撫でてくれた。その姿はまるで今は亡き母のようであり、あの時の姐さんのようだった。


◇◇◇◇◇

 同時刻、東門では。

「もう保ちません。投降いたしましょう」
「そうだな……」

 少数部隊ではあるが、全員が選りすぐりの兵たち。彼らにも帝国軍の強大な兵力にこの戦争を諦観しつつあった。

「あの光はなんだ?!」

 その希望の光は、当然、その者たちの目にも届いていた。

「剣が、剣が空から降ってきております」
「こ、これが女神の星降りなのか……」

 帝国兵の悲鳴にも似た咆哮がこだまする中、伝令が走った。

「伝令、シーランス公国の戦艦が間も無く参戦とのこと!」
「よし、勝てる……勝てるぞ!」

◇◇◇◇◇

「シント、シント。起きなさい」
「母さん」

 またこの夢だ。
 確か僕は起源術を使ってから、それから――よく思い出せない。

「また会えて嬉しいわ」
「僕もだよ母さん。僕は死んだのかな?」
「いいえ、あなたはまだ生きてる。気を失っているだけよ」

 母さんは優しく僕の頬に手を添えた。またしばらく会えないからと、目に焼き付けるかのようにじっと見つめる。
 しばらくすると、どこからかミュールの声が聞こえた。お別れを悟るように、母さんは涙を滲ませながら僕を抱き寄せた。

「さぁ、そろそろ戻る時間よ」
「うんまたね」

◇◇◇◇◇

 重たい瞼を開けると、ミュールをはじめ、共に戦った兵士たちがシントを囲んでいた。

「やっと起きた!」
「ああ、上手くやったんだね」

 ミュールは威張るように胸を張った。あの時指示したのはシントだが、この功績は紛れもなく行動を起こした彼女のものだろう。

 シントは起き上がり、気を失っていた間のことを確認した。
 帝国は魔剣とシーランス公国の戦艦により、ほとんどの師団が壊滅。残った兵士たちも投降したとのこと。

「一件落着ってわけか」
「いいえ、シントさん。西門に忘れ物があるわよ」

 マリーの意味深発言は、そこにいた全員を凍りつかせた。

「西門には敵は居ないのでは?」
「すぐに分かるわ。ほら3、2、1……」

 カウントダウンがされると、伝令兵が真っ青になって走ってきた。
 
「で、伝令! 西門側に大量の魔族と魔物の群が侵攻中!」
「さぁ皆さん行きますわよ」

 スキップで西門に向かうマリーを見た兵士とシントたちは、開いた口が塞がらぬまま、彼女に着いて行った。

「シント殿とのお話はまた先延ばしになってしまったか」
「シーランス公、そんなこと言ってないで私たちも戦艦で向かいますよ!」

◇◇◇◇◇

 魔物の襲来は参謀本部にも報告された。

「またモルトケの仕業か?」

「案ずるな。魔物ごとき蹴散らせばよかろうて」
 
「正門の部隊数名が西門に向かったと報告がある。あの少年の力があれば大事無いであろう」

◇◇◇◇◇

 参謀本部の考えは、正に根拠のない楽観だった。
 シントは既に魔力のほとんどを使い果たし、歩くのが精一杯だった。とてもじゃないが、戦える状態ではない。
 
 魔族率いる魔物の群は、お構いなしに進軍し続け、やがて西門の城壁から見えるほどのところに陣取った。

「我が名は魔王軍大尉『魔人シュルク・ターク』バモナウツ王に話がある。畏まって門を開け!」

 このシュルク・タークの要請を、参謀本部は詳細も聞かずあっさりと棄却した。 

 当然と言えば当然、怒った魔人と魔物たちは、バモナウツ王国に宣戦布告をした。



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 この作品が面白いと感じたら、お気に入り登録していただけると励みになります!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

私の代わりが見つかったから契約破棄ですか……その代わりの人……私の勘が正しければ……結界詐欺師ですよ

Ryo-k
ファンタジー
「リリーナ! 貴様との契約を破棄する!」 結界魔術師リリーナにそう仰るのは、ライオネル・ウォルツ侯爵。 「彼女は結界魔術師1級を所持している。だから貴様はもう不要だ」 とシュナ・ファールと名乗る別の女性を部屋に呼んで宣言する。 リリーナは結界魔術師2級を所持している。 ライオネルの言葉が本当なら確かにすごいことだ。 ……本当なら……ね。 ※完結まで執筆済み

性欲排泄欲処理系メイド 〜三大欲求、全部満たします〜

mm
ファンタジー
私はメイドのさおり。今日からある男性のメイドをすることになったんだけど…業務内容は「全般のお世話」。トイレもお風呂も、性欲も!? ※スカトロ表現多数あり ※作者が描きたいことを書いてるだけなので同じような内容が続くことがあります

キャンピングカーで往く異世界徒然紀行

タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》 【書籍化!】 コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。 早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。 そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。 道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが… ※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜 ※カクヨム様でも投稿をしております

転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。 全力でお母さんと幸せを手に入れます ーーー カムイイムカです 今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします 少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^ 最後まで行かないシリーズですのでご了承ください 23話でおしまいになります

旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉

Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」  華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。  彼女の名はサブリーナ。  エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。  そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。  然もである。  公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。    一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。  趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。  そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。 「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。  ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。  拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。    

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...