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第二章 美談

第十六話 守りたかったもの

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 白白と夜が明け、拠点近くの林からは小鳥の囀りが聞こえてきた。まるで戦争など無いかのように清々しい朝だった。
 僕は寝袋を畳んでからテントの外に出た。見張りの兵士にお茶を入れ、一緒に見張り台に登る。

「綺麗ですね」
「ああ、そうだな」

 ズズズっと温かいお茶を飲み干すと、見張りの兵士は顔を緩ませた。何を想ったのかは分からない。だが、彼の薬指には朝日に煌めく指輪があった。
 兵士一人ひとりに守りたいものがある。それは当然、敵味方関係無いことなのに、僕たちはそれを忘れて戦い殺し合う。


 こんなこと辞めてしまえば良いのに――。


 今日も師団長から招集がかかった。
 僕たち補給部隊は昨日の襲撃を鑑み、拠点を移すことが決定された。場所はここから半日ほどの所にある“マガトゥラ湖”の辺りだ。

「移転はこの後直ぐに行うから、各人そのつもりで」

 テントや資機材は伸縮自在で持ち運びも楽だ。我ながら中々に便利な物を創ったと思う。

「おはよう坊主」
「おはようございます姐さん」

 姐さんことアロ・ゲインズは僕の頭を軽く叩くとニッと笑って見せた。
 しかし、いつも思うがこの人は本当に寝ているのだろうか。寝癖ひとつ無く浮腫も無い。相対に元気溌剌としていて本当に尊敬できる人だ。

「なんだい? 私に惚れちまったのかい?」
「い、いえそんなこと!」
「冗談だよ」

 意地悪な人だ。彼女は男勝りな部分を除けば王国一の美人剣士と言われていてもおかしくはない。色恋話が無いのは性格からか、それとも何か他に理由があるのか。

「さ、移転の準備を始めるよ」

 
◇◇◇◇◇

「奴らは拠点をマガトゥラ湖に移転させるようです」
「そうか」

 モルトケは不気味に口角を上げた。あまりにも自身の思惑通りに進んでおり、笑わずにはいられなかった。

「潜ませている兵に伝達を」
「はっ」


◇◇◇◇◇

「移転ご苦労だった。見張りの兵以外は小休止を取り、要請があるまで待機していてくれ」

 色葉散る季節にも関わらず、マガトゥラ湖の水面には白く美しい蝶と彩り豊かな花々が咲き誇っていた。

「これはデッドロックと言ってな、寒くなればなるほど美しい花を咲かせるんだ」
「とても美しいです」
「新婚旅行に来たことがあるんだ。近場と言われればそれまでだが、お気に入りの場所さ」

 名も知らぬ兵士は複雑な表情で湖を眺めていた。

 その晩、僕は結界装置の最終調整を行なっていた。眠れなかったわけではないが、この日は妙に目が冴えていたので暇を埋める為ひとりテントの外で作業をしていた。
 ふと空を見上げた時、一筋の流れ星が右から左へ流れて行くのが見えた。僕はそれを幸運だとは感じなかった。
 
「やぁシントくん」
「あ、今朝の兵士さん」

 彼は僕の隣に腰を下ろすと同じように空を見上げた。両手を合わせ、祈りを捧げるようにして瞼を閉じる。彼が何を願っても僕には叶えられない。

「兵士さん……」
「どうしたんだい?」

 心の中で「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝り続けた。今は戦争、仕方のないこと。そう、彼は僕たちの敵なのだから。
 剣が兵士の身体を貫き、血飛沫が舞った。

「どう、して……分かった」
「貴方はここを近場だと言ったけど、王都からはかなりの距離がある。近いのは……聖国家アストリスかな」

 彼は頬に涙が伝うと、静かに息を引き取った。

『ゴンゴンゴンゴン!』

「敵襲、敵襲!」

 草木の影から投石や弓矢が拠点目掛けて一斉に放たれた。僕は持っていた結界装置を起動して弾くが、敵兵は拠点を囲うようにして立っている。その数は不明なまま、応戦することとなった。

「坊主は魔剣を持ってこい!」
「は、はい!」

 テントに戻り魔剣を取ろうとしたが、奇妙な異変に気付いた。影が動いているのだ。それも水面に映ったように揺れている。
 影は次第に大きくなり、魔剣を掴むと僕に目掛けて投げつけた。

「坊主!」

 鈍い音を立て、間一髪のところで姐さんが助けてくれた。剣が折れたことで影は元の姿に戻り、僕はそのまま倒れ込んだ。

 魔剣を盗ろうとしたわけじゃない?
 だとすれば――狙いは、僕か?

「おい、しっかりしろ坊主!」
「姐さん……僕どうしたら……」

 姐さんはぐっと下唇を噛み外を睨んでから、放心状態の僕を起こして抱きしめた。
 
「大丈夫、私が守ってやる」

 
◇◇◇◇◇

「なんだと?! シントが狙われただと!」
「ああ、さっき伝令兵から王宮に通達があったらしい」

 アズボンド、リシス両名は国王直々の呼び出しを受け、王宮へと赴いた。リシスは既にその凶報を耳にしていたが、アズボンドは彼からそのことを知った。

「既に聞いておるかも知れぬが、西側に配置移転した補給部隊が襲撃され、現在も戦闘中とのことだ」
「敵の正体は、帝国ですか?」
「恐らくは聖国家アストリスだ」

 帝国との盟約もなく宣戦布告もされないままの今回の襲撃は、国王ならびに首脳陣ですら予期せぬところであった。
 その事実を国王から聞かされたアズボンドとリシスは「何か良からぬことが起きている」と胸騒ぎがしてならなかった。


「シント大丈夫かな……」
「うん、心配ね。それよりも親方が無理をしないかが怖いわ」

「ワンッワンッ!」

 
 バモナウツ王国は聖国家アストリスに対し圧力をかけ、今回の襲撃について問い詰めたが、同国は知らぬ存ぜぬの一点張りであった。


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