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第二章 美談
第十四話 人として
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「ハッハッハッ、そんなことを気にしておられたのですか」
「まぁ、エルに限らずの話なんだけどね」
エルは戦争が始まるまでの間、若い騎士の育成を命じられ、訓練場に教官として働いていた。
彼は死後スケルトンとなり、彷徨い続けていた。僕が蘇らせて本当に良かったのか。そんな疑問、今までは考えたこともなかった。
「骸となってから400年。我は孤独の中に居ました。身体は動けども、景色を見る事も草木の匂いや土の感触も感じることができずにいたのです。
骸になって分かったのです。死とは尊いものであるかのように思われがちですが、その魂は解放されず死という呪いから解放される事は無いと」
彼はゆっくりとお茶を飲み、腕組みをしてみせた。その屈強な肉体と精神は魂の形であり、彼の在るべき姿。
「もし神が居るのなら、我は嫌われていたのでしょうな。幾人もこの手で殺めたのですから」
「つまり蘇生されて喜ぶかどうかは人それぞれ違う、と?」
「ハッハッハッ、そう難しく考える必要は御座いませぬよ。生に未練がある者ならば嫌な気はしないでしょう」
結局のところ、魂に聞いてみなければ分からないということか。生物は多種多様で、全てに魂がありその数だけ想いがある。
彼はどうしたいのだろうか。
「主人殿、もしよろしければ見学されてはいかがですか?」
「そうだね。エルの鬼教官ぶりを是非見たいな」
と、いうことで訓練を見学することにした。
内容は木刀による模擬戦と魔術の修練、実践的な指揮訓練などなど。多種多様な訓練兵たちの疑問に応えるエルは正しく騎士教官といった感じだ。
「エルロイド教官。前日ステータス更新があり、その中で『禁忌』のレベルが上がっておりました。それはなぜでしょうか!」
この質問は実に興味深い。僕はエルがどんな説明をするのか気になった。
「ふむ。この前の休日は実家に帰っておったな。狩りをしたか?」
「は、はい。猪を一頭」
「ふむ、皆もよく聞け。禁忌とは神の意思に反する行為をすると生まれる。皆が剣を振るい、魔術を鍛え、戦場における全てを学ぶ。これは神の意思に反することなのだ」
禁忌のスキルは文字通り“行ってはいけないこと”の総称なのだ。例えそれが自分が生きるための行為であったとしても、生物を殺せば禁忌がステータスに追加される。
「だが恐れる事はない。人間である以上、生きるためには肉を食らい土地を広げるのは必然のことである」
遥か昔から繰り返されて来た人の営み。殺し殺され、争いながら生きて行く。これが世界の摂理なのだ。
「そ、それでは教官も」
「我の禁忌レベルは5だ。幾人も殺しているから仕方のないことだ。騎士は永遠にその重荷を背負って行く使命なのだよ」
重荷か……。僕は騎士ではないけど、その覚悟が無かったのかもしれない。
しかし400年前の騎士団長がレベル5で、僕がレベル8って悲しくなるな。
「訓練はどうでしたかな」
「ああ、とても良い話を聞けたよ」
「主人殿に必要なのは覚悟。それだけですよ」
そう言ってエルはゆっくりと訓練場へ戻って行った た。
彼のおかげでようやく決心がついた。僕のできることは起源術しかない。やるべきことをやらなければ。
◇◇◇◇◇
「俺は反対だぞ」
リシスは頑なに反対だと曲げなかった。
「リシスは恩人だ。でも、これは僕にしかできないことであり、やるべきことなんだ」
「私たちは応援してる」
「うん、応援してる」
リシスは深いため息を吐くと、棚から子供用の絵本を取り出した。
「これは伝説の起源術師の話だ。子供用に読みやすくなっているが、どうやってこの世界を創ったのかが記されている」
「ありがとう。参考にするよ」
宣戦布告まであと半日。
『私が生と死を創ったのでない。陽と陰があるように、それは必然的に出来てしまったもの。
魂の行方はその者に委ね、在りたい場所に行けるようにした』
「本当に子供用か、コレ」
世界を創った起源術師も意図しなかった生と死。魂は在りたい場所に、か。
シリエルは何処に行ったのかは見当がつく。だけど、彼が許してくれるかどうかはわからない。
◇◇◇◇◇
「こんにちはシュリデさん」
「久しぶりですねシント」
僕は迷イ森に来ていた。どうやって入ったか、については秘密だ。彼女も大して気にしていなかったし。
「それで、なにか入り用なのでしょ?」
「はい、実は――」
「シリエルが。そうだったの」
「そこで、シュリデさんに説得していただきたいのです」
彼女は表情を曇らせ背を向けた。
「残念ですけれど、私にはできません」
「いいえ貴女ならできます。貴女にしかできない事なのです」
「もし失敗したら……」
「その時は諦めます。ですが、シリエルの魂を助けるには、アズボンドの心を開くしかないのです」
無理を言っているのは百も承知だ。でも八方塞がりの僕にはもうこれしか残っていない。
「蘇らせることが救いになるとは思えません。戦争で彼の魂を汚すなんて許し難いことです。もう話すことは無い。早くここから去りなさい起源術師よ」
「……分かりました」
こうして勇者シリエルが不在のまま、バモナウツ王国とサンドル帝国の歴史的な戦争が始まった。
◇◇◇◇◇
「戦況は?」
「今のところ全線で我が軍が優勢。しかし、西側に不穏な気配があります」
「西側は聖国家アストリスがあるだろう」
サンドル帝国はバモナウツ王国の北側から侵攻。この時、聖国家アストリスの首脳部はひとりの少年の暗殺に動き出していた。
――――――――――――――――――
この作品が面白い、続きが読みたいと感じたらお気に入り登録よろしくお願いします!
それでは、またお会いしましょう。
「まぁ、エルに限らずの話なんだけどね」
エルは戦争が始まるまでの間、若い騎士の育成を命じられ、訓練場に教官として働いていた。
彼は死後スケルトンとなり、彷徨い続けていた。僕が蘇らせて本当に良かったのか。そんな疑問、今までは考えたこともなかった。
「骸となってから400年。我は孤独の中に居ました。身体は動けども、景色を見る事も草木の匂いや土の感触も感じることができずにいたのです。
骸になって分かったのです。死とは尊いものであるかのように思われがちですが、その魂は解放されず死という呪いから解放される事は無いと」
彼はゆっくりとお茶を飲み、腕組みをしてみせた。その屈強な肉体と精神は魂の形であり、彼の在るべき姿。
「もし神が居るのなら、我は嫌われていたのでしょうな。幾人もこの手で殺めたのですから」
「つまり蘇生されて喜ぶかどうかは人それぞれ違う、と?」
「ハッハッハッ、そう難しく考える必要は御座いませぬよ。生に未練がある者ならば嫌な気はしないでしょう」
結局のところ、魂に聞いてみなければ分からないということか。生物は多種多様で、全てに魂がありその数だけ想いがある。
彼はどうしたいのだろうか。
「主人殿、もしよろしければ見学されてはいかがですか?」
「そうだね。エルの鬼教官ぶりを是非見たいな」
と、いうことで訓練を見学することにした。
内容は木刀による模擬戦と魔術の修練、実践的な指揮訓練などなど。多種多様な訓練兵たちの疑問に応えるエルは正しく騎士教官といった感じだ。
「エルロイド教官。前日ステータス更新があり、その中で『禁忌』のレベルが上がっておりました。それはなぜでしょうか!」
この質問は実に興味深い。僕はエルがどんな説明をするのか気になった。
「ふむ。この前の休日は実家に帰っておったな。狩りをしたか?」
「は、はい。猪を一頭」
「ふむ、皆もよく聞け。禁忌とは神の意思に反する行為をすると生まれる。皆が剣を振るい、魔術を鍛え、戦場における全てを学ぶ。これは神の意思に反することなのだ」
禁忌のスキルは文字通り“行ってはいけないこと”の総称なのだ。例えそれが自分が生きるための行為であったとしても、生物を殺せば禁忌がステータスに追加される。
「だが恐れる事はない。人間である以上、生きるためには肉を食らい土地を広げるのは必然のことである」
遥か昔から繰り返されて来た人の営み。殺し殺され、争いながら生きて行く。これが世界の摂理なのだ。
「そ、それでは教官も」
「我の禁忌レベルは5だ。幾人も殺しているから仕方のないことだ。騎士は永遠にその重荷を背負って行く使命なのだよ」
重荷か……。僕は騎士ではないけど、その覚悟が無かったのかもしれない。
しかし400年前の騎士団長がレベル5で、僕がレベル8って悲しくなるな。
「訓練はどうでしたかな」
「ああ、とても良い話を聞けたよ」
「主人殿に必要なのは覚悟。それだけですよ」
そう言ってエルはゆっくりと訓練場へ戻って行った た。
彼のおかげでようやく決心がついた。僕のできることは起源術しかない。やるべきことをやらなければ。
◇◇◇◇◇
「俺は反対だぞ」
リシスは頑なに反対だと曲げなかった。
「リシスは恩人だ。でも、これは僕にしかできないことであり、やるべきことなんだ」
「私たちは応援してる」
「うん、応援してる」
リシスは深いため息を吐くと、棚から子供用の絵本を取り出した。
「これは伝説の起源術師の話だ。子供用に読みやすくなっているが、どうやってこの世界を創ったのかが記されている」
「ありがとう。参考にするよ」
宣戦布告まであと半日。
『私が生と死を創ったのでない。陽と陰があるように、それは必然的に出来てしまったもの。
魂の行方はその者に委ね、在りたい場所に行けるようにした』
「本当に子供用か、コレ」
世界を創った起源術師も意図しなかった生と死。魂は在りたい場所に、か。
シリエルは何処に行ったのかは見当がつく。だけど、彼が許してくれるかどうかはわからない。
◇◇◇◇◇
「こんにちはシュリデさん」
「久しぶりですねシント」
僕は迷イ森に来ていた。どうやって入ったか、については秘密だ。彼女も大して気にしていなかったし。
「それで、なにか入り用なのでしょ?」
「はい、実は――」
「シリエルが。そうだったの」
「そこで、シュリデさんに説得していただきたいのです」
彼女は表情を曇らせ背を向けた。
「残念ですけれど、私にはできません」
「いいえ貴女ならできます。貴女にしかできない事なのです」
「もし失敗したら……」
「その時は諦めます。ですが、シリエルの魂を助けるには、アズボンドの心を開くしかないのです」
無理を言っているのは百も承知だ。でも八方塞がりの僕にはもうこれしか残っていない。
「蘇らせることが救いになるとは思えません。戦争で彼の魂を汚すなんて許し難いことです。もう話すことは無い。早くここから去りなさい起源術師よ」
「……分かりました」
こうして勇者シリエルが不在のまま、バモナウツ王国とサンドル帝国の歴史的な戦争が始まった。
◇◇◇◇◇
「戦況は?」
「今のところ全線で我が軍が優勢。しかし、西側に不穏な気配があります」
「西側は聖国家アストリスがあるだろう」
サンドル帝国はバモナウツ王国の北側から侵攻。この時、聖国家アストリスの首脳部はひとりの少年の暗殺に動き出していた。
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