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第一章 万華鏡

第三話 常識の範囲外

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 先程の興奮は一気に冷め、リシスは分かりやすく頭を抱えていた。

「才能は感じていたが、起源術師が実在したなんてどう説明したら良いのだ」
「で、でもリシスの弟子ってことで起源術のことは隠せば」
「いいや、隠すことは不可能だろう」

 リシスは工房の棚を漁ると透明な板を取り出した。

「これはギルドなんかで使われるステータスやスキルを可視化できる物だ。この板に手を当ててくれ」

 緊張しながらリシスの言う通りにした。手を乗せてすぐ、板にゆっくりと文字が浮かんだ。

*****
<シント・レーブル>
レベル:1
腕力:23
器用:60000
頑丈:5
俊敏:8
魔力:25(-10)
知力:40
運:55

スキル:禁忌Lv.1、起源術Lv.2
*****

 これは、バレバレにも程がある。器用60000というのも気になるが、禁忌のスキルって大丈夫なのか? 捕まったりしない?

「はぁ、やはりな」
「どうしましょう……」
「どうもこうも出来ないだろ」
「ですよねぇ」

 悩みの種が増えたリシスは、更に大きなため息を吐いた。


「夕食ができました」

 せっかく双子が作ってくれたグラタンも喉を通らない。リシスが厄介に思い、僕を捨てる可能性もある。「また独りになるかも」そんなことを考えていたら自然と涙が出てきた。

「シント泣いてる」
「リシスが泣かせた」
「え、すまない泣かせるつもりは無かったんだ」

「僕は3人に拾われていなかったら死んでいた。だから、だから……」

 今まで堪えていた感情が溢れ出して止まらない。
 号泣する僕に、慌てるリシスと背中を摩りながら慰めようとする双子。

「大丈夫、親方も私たちも貴方を捨てない」
「私たちは家族」
「ベリスとマリクスの言う通りだ。約束しよう。君のことは絶対に見捨てない!」

 益々涙が溢れ出る。


 翌日、リシスは朝早く出かけて行った。僕は相変わらず双子に外出を禁じられていたので錬金術の本を読み漁り、自分には何ができて何ができないのか確かめていた。
 結果、できないことは無い。という結論に至った。

「魔法陣すら描かなくなった……」
「うん、創造力さえあれば何でも作れるみたい」
「じゃあ、人間も作れたりするの?」

 その発想は無かった。

「やってみようか」
「――じゃあこの人」

 ベリスはペンを取ると紙に似顔絵を描いて見せた。
 それは美しい女性だった。どこか2人に似ているような気もする。それより、絵が上手い。

「髪は金色で身長はこれくらい!」
「わかった」

 似顔絵と詳細から、人の形を想像する。肌と声、性格も記憶すらも思い浮かべ、意識を集中させる。

「ダメだ!!」

 帰ってきたリシスに腕を掴まれ制止された。彼は顔面を真っ青にさせ、怒りと焦りの声を上げた。

「何をしてるんだ!」
「いや、僕は何も……」
「まさか、人を創ろうとしていたのではないだろうな?!」
「私たちがお願いしたの」
「シントは悪くない」

 また大きなため息を吐いたリシスは、愕然と腰を下ろした。
 
「す、すみません」
「良いんだ。いや、良くはないけど……」

 よく考えれば人を創るなんて人のする事ではない。リシスに止められていなければ、僕は人間を辞めるところだった。

「まったく、そんなに会いたかったのか?」

 リシスは双子に問いかけた。2人は俯きながら涙を流した。察するに、あの似顔絵は彼女たちの母親だろう。

「例えシントが創造できたとしても、それはお前たちが知る母ではない、別の人間だ」
「そんなの分かってる……」
「分かってるけど」

 そうだ。きっと記憶や声まで再現しても、それは本人ではない。彼女たちの心を傷付けるかもしれない、という思考に至らなかった自分が情けなくなった。

「今回のことは忘れよう。明日、国王に謁見することになった。シントも一緒にな」
「どうして国王に?」
「お前のことをお伝えするためだ」

 国王への謁見。平民である僕には一生縁の無いことだと思っていた。それを可能にしたのはリシスが、世界一の錬金術師であるから叶ったことだろう。

「僕の存在を知られて大丈夫なのかな」
「国王には貸しがあるからな。でもその前に、もう一度ステータスを確認しよう」

*****
<シント・レーブル>
レベル:1
腕力:23
器用:70000
頑丈:5
俊敏:8
魔力:30(-19)
知力:35
運:55

スキル:禁忌Lv.4、起源術Lv.2
*****

 禁忌がレベル4ってヤバくない?

「色々とヤバいな」
「ですよねぇ」
「国王は寛大だ。シントの実力を知れば、まぁなんとかなる……たぶん」

 いやいや、良いように利用されるか極刑になるかの2択だろう。
 


「リシス並びにシント、顔を上げよ」

 翌日、僕たちは国王の御前に居た。僕は心臓が飛び出るかと思うほど緊張していたが、リシスは慣れているのだろう。いつもと変わらぬ様子だ。

「リシスよ。昨日の申し出は真であるな?」
「は。我が弟子、シント・レーブルは起源術師であると確認いたしました」

 周りの貴族たちが騒ついた。嘘はついていないはずなのに、なぜか後ろめたい気持ちになった。

「静まれ。そなたは国に大きな貢献をしてくれているが、伝説の起源術師というのは何とも信じ難い」
「恐れながら、伝説ではなく真実でございます」

 もういい。信じてもらえなくても良いから早くこの場から去りたい。そんな一心だった。

「それではシント・レーブルよ」
「は、はい!」
「自身の力で証明してみせよ」

 やっぱりこうなるよな。どうしよう……頭が真っ白で何も考えられない。

「陛下、無から有を創ると言っても注文が無ければ困るというものです」
「ふむ。では、この国では取れないコウタイト鉱石を創り出してみよ」

 コウタイト鉱石。確か工房の古本に記述のあった、あらゆる鉱石の大替品となり得る唯一無二の鉱石。

「シントよ、出来ぬのか?」
「――できます!」

 創造するのは、どんな鉱石の特徴も併せ持つ鉱石。本に描いていた挿絵から形と色を加える。そして引き換えにするのは僕の魔力。いや、魔力だけでは足りない。この際ステータスで不要な運も使おう。

「コウタイト鉱石!」

「身の程知らずめ。これはコウタイト鉱石ではないぞ!」
「形もまるで違う、虚偽の報告だ!」

 貴族連中は口々に罵詈雑言を浴びせてくる。

「恐れながら! 鑑定スキルを持つ御方は居りませんか?」
「ふむ。こんなこともあろうかと呼びつけておる」

 現れたのは僕と同い年か、少し上の少年だった。

「彼はこの国で一番の鑑定士だ。アズボンドよ、それがコウタイト鉱石であるか確かめてくれ」
「仰せのままに」

 彼は鉱石を手に取り「鑑定」と囁いた。そしてものの数秒、驚いた表情で僕の方を見た。

「陛下、これはコウタイト鉱石などではございません」

「やはりだ!」
「虚偽罪である!」

 貴族がまた騒ぎ立てる。本で読んだだけでは無理だったか、そう諦めようとした時――。

「しかし! これはコウタイト鉱石よりも遥かに希少な鉱石であります。我々の常識の範囲外の代物です」

 アズボンドは再度、僕の方を振り返るとニヤリと微笑んだ。

「この少年は本物でございます」
「うむ。そこまで言うなら聞かせてくれ。そのコウタイト鉱石よりも希少で、常識の範囲外の代物とは一体なんなのだ?」

「この鉱石は、紛れもなくそのものであります」
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