The Anotherworld In The Game.

北丘 淳士

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真原家

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 翌朝、まだ鎬剣道場が開いてない頃、来客があった。京香の母、沙耶子がモニター付きインターフォンに出る。
「はい、どちら様でしょう?」
「初めまして、私、商店街のミリオンの店長をやってます、二宮万里加と申します」
 ひっつめ髪の万里加はインターフォンに深々と頭を下げた。

「栞ちゃーん! お友達が見えたわよ!」
 弟である勇二の戯れに付き合っていた栞は、玄関から響く母親の声に顔を上げる。
 友達? 雨ノ宮先輩かな……。土日は部活休むって言っておいたのに……。
「勇二、ちょっと待ってなさいよ」
 栞は母家に来ていた。頭にカールを巻いて、ゆるふわパーマに挑戦している。含み笑いを見せる母親と廊下ですれ違い、やや怪訝な面持ちで母屋の玄関を開けた。
 そこには、涼、京香、そして見たこともない女性が立っていた。
「涼!!」

 栞は喫驚して俺を見つめる。隣に立つ京香は相変わらず無表情だった。
「突然で悪い。昨日、午後って言ったけど、ミリオンの店長直々に来てくださって。それで今からミリオンに行ってって……、あー、不都合だったら後にするけど?」
「はう! あ……!」
 突然の来訪に栞は言葉にならない声を出した。京香の服装は誰の目から見ても御洒落だし、俺のつぼを突いたコーディネートをしている。
 対する栞は……。中学校の体育で着てたような短パンに、鎖骨が見えるぐらいよれよれのTシャツ、左手には『今年の夏はこのコーデで彼をゲット!!』と見出しが書かれた女性誌AM・AM、右手には何故だか人生ゲームのルーレットを持っていた。帽子みたいな形をした白いやつである。
 何でそんなものを持っているんだ。
「えーっとね……。あのね、これは……、その……」
 栞はわたわたし始めたが、俺たちは怪訝な表情のまま首を傾げる。それが更なるプレッシャーになったのか、栞はついにパニックに陥った。
 右手に持った白色のルーレットを、ノーコンの栞は力任せにぶん投げた。
「いやーーっ!!」
 栞は逃げ出した。
 ルーレットは俺の頬をかすめ、風切り音を残して、遥か彼方に飛んでいく。
「あぶねっ! って、あれって無いと困るやつ……」
「涼様。自分の人生さえ儘ならない者が、人生を遊戯にするなど笑止千万。先に参りましょう」
 万里加さんも栞の奇行に驚いていた。
「うーん……」
 後ろポケットに手を突っ込み、後頭部を掻く。
「そだな、置いていくか……」
 そう俺が呟いたときだった。
 組み木張りの床をパタパタとスリッパの音を立てながら、栞の母親が玄関に顔を出した。
「涼く~ん。いま栞は準備しているから、上がって待っていて下さいな」
 空手とは無関係の人生を過ごしてきたような柔和な栞の母親が、にこやかに俺に言う。
 俺は自分の母親とは違う、いかにも日本の母親然とした気の良さそうな、栞の母親に好感を持っていた。俺はあっさりと翻意する。
「分かりました。じゃあお邪魔します」

 栞は離れの自室に駆け込み、今日の洋服を漁っていた。
「昼前に洋服を買いにいくつもりだったのに、午前中に涼が来るなんて!」
 栞は自室の引き出しやクローゼットを弄るも、そこに眠るは着こなしたTシャツばかりだった。
「お母さんの服もだめ。こ、ここは、制服……? って馬鹿!! あーっ、もーっ!! どうしたらいいの!?」

 真原家の客間に案内された俺は、ふかふかの座布団を用意され、お茶や高級な羊羹で歓待を受ける。栞の弟である勇二君に人生ゲームのルーレットの顛末を話したら、慌てて外に探しに飛び出した。勇二君が出てからかなり時間が経つが、あれは見つからないだろう、と俺は思う。
 何故かたまに栞の母親が客間に入ってきて、最近の事件やら天気やらどうでもいいことを話して、炊事の途中なのだろうか慌てて客間を後にすることがあった。

 そんなことでかれこれ二時間……。

「遅い……」
 さすがの俺もボソッと呟く。
 京香は躾が行き届いているのか、居住まいは崩れてないものの、明らかに憂色が瞳の奥に滲んでいる。
「涼様、足が痺れて動けません。どうしましょう」
「俺も、尻が痛い」
 俺はようやく栞の母親に事情を質した。
「あのう、すいません……栞は何をやっているんですか? まだ掛かります? 掛かるようでしたらミリオンまで来てくれと伝えて欲しいのですが」
「あら、栞? うーん、そうねぇ……」
 栞の母親も時計を気にしながらそわそわしている。
「あっ、それより涼君、昨晩、北海道の親戚からイクラが届いたんだけど良かったらどう? あっ、もうお昼の時間だわ! ごめんね~、気が回らなくて。いまからイクラ丼作るから、ちょっと待っててね! ご飯、炊き立てだから!」
「あの、もう入りませんので……」
 俺の言葉を無視して、母親はまた席を立った。先程から御茶や茶菓子やらで結構腹いっぱいなので、とてもじゃないけど入らない。
「涼様、もうそろそろお暇しませんか? 足が痺れて立てません。肩をお借りしていいですか?」
 痺れを切らした京香が漏らす。
 俺は嘆息し、「そうしようか」と呟いた時だった。組み木張りの廊下をどたどたさせながら、誰かが客間に近づいてきた。そしてノックもせずに部屋のドアを開ける。
「ごっめーん!! 丁度道場に呼ばれて遅くなっちゃった!」
 うんざりとした表情の俺たちの前に、ようやく栞が姿を現した。さすがに栞は俺たちの表情を見て後ずさる。
「まったく、それならそうと言ってくれれば、俺たちだけでミリオンに行ったのに……」
「そ、それだと、その女に水をあけられるでしょ!」
 栞は京香を指さす。
「いいから、ミリオンに行こう。あ、もちろんゲーム機持ってきて」
「あ、はい……」
 昨日、ストーカーと言ったのが効いたのか、妙に従順だった。

 栞は髪に緩くパーマをかけ、薄く化粧などを施していた。上着は所々にフリルの付いたほんのり淡い桜色のチュニックに、ハートの意匠のペンダントと皮で出来た細めのブレスレット。そして濃灰の七分パンツの足元は、天然素材で作られた茶系のサンダルと相まって栞の快濶さを引き立たせていた。
「なんだか美容室帰りの臭いがしますね……」
 栞を半眼で睨みながら、京香が一人ごちるように話しだした。今はミリオンの店長、万里加さんの車で香澄のところに向かっている。
「美容室?」
 助手席に座る俺は、半身を回して聞く。
「ええ、そうです。これは……、駅前のサロン・ド・ローザの匂いですね。最近出来た」
 栞が無表情のままビクンと跳ね上がる。
「栞……、まさか」
「ち、ち、違うわよ! そこの散ぱ……美容室のシャンプーを使っているだけよ! 別に涼を放ったからしにして行ってたとか、そんなことあるわけないじゃない!」
「別に、そこまで聞いていないんだけど……」
 俺の目蓋も、呆れたかのようにゆっくりと降りてくる。
「それにその服……」
 京香が気だるそうな表情で指をさす。
「同じく駅前にある、エール・ドンジュのコーデだな。先日、店頭に一式そのまま飾ってあったのを見た」
「ふーん……」
 俺の目蓋は、今にも閉じそうなぐらいの半眼である。
「あっ、あんた! なに適当に言っているのよ!! まるで今買って来たかのような言い草よね! 憤慨だわ!!」
「コーデは分析し応用することで初めて自分のものになるのだ。この三流が……」
「へぇ~、京香、よく知っているんだな。今度色々と教えてくれよ」
「お褒め戴き光栄です、涼様。私の趣向で良ければお見立ていたします。ふ、二人きりで」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。私だって涼に似合う服は知っているんだからね!」
「真原、チュニックにタグが付いたままだ」
「えっ! やだ、うそっ! どこ!?」
 栞は慌ててタグを捜す。
「嘘だ」
 京香が栞と目も合わせないで返した。
「うっ……! くっ……! あ、あんたね!」
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