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桜の木の下で
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終焉の日、俺は部屋に現れたゲートを潜ると、学校の校門前に着ていた。ふと振り返ると街の景色はゲートと同質の白いもやに覆われ、世界はその範囲にしか存在していない。その校庭の隅に咲く一本の大きな桜の下に人影が見える。背中を向けて立つ、その人影に向かって、俺はゆっくりと歩き出した。俺が近づくと顔を伏せている栞が顔をゆっくりと擡げた。
「凄いね。この世の終わりって、もうちょっと絶望的な感じがしていたんだけど、……あまり怖くない」
俺を見つめ笑顔で続ける。
「それどころか、なんだかこれから何かが始まりそうな気がする」
舞い散る桜の花びらが、栞の笑顔を引き立たせている。
「本当だ、不思議な感じ。死ぬことが物凄く怖かったはずなのに」
俺は微笑みながら返した。
この世界が先刻よりも明らかに狭まっている。さっき俺が出てきた場所はすでに白いもやに飲み込まれていた。一度後ろを確認して俺は心の底から伝える。
「この二ヶ月間楽しかったよ。ありがとう」
「ううん……、それは私の台詞。今まで依怙地になっていた自分が馬鹿みたい」
栞は自然と微笑んで告白する。
「何か自分のプライドみたいなのが邪魔して、素直になれなかったのかも」
その返答に困っていた俺を見て、栞は訥々とだが続けて話し出した。
「こんな時にしか……、言えないなんて卑怯だけど。――私、涼のことが、す、すす……」
栞は一旦胸に手を当てて呼吸を整える。
「好きなの!」
俺の耳元で思いのたけを大声でぶつけた。耳がキーンとする。
白いもやが俺たちを中心に十メートルの距離まで迫っていた。告白した栞を鎮めるかのように優しく両肩を掴み、俺は静かに言った。
「……ありがとう。なんというか、俺は嫌いだと思われていた分、素直な栞が違って見えて、気付けば気になる存在になっていったって感じかな。正直に言うと、今は答えは出せないけど、もっと栞と色々な話しをしてみたい」
栞は上気した顔を綻ばせ大きく頷いた。
「告白はOKって意味!?」
「あー、……どうだろ」
「どっちよ! Yes or Noで答えなさいよ!!」
俺の襟を掴みながら、表情を一転した栞は決断を迫る。
「どっちかっというと……Yes、かな?」
このゲームの隠しパラメータが涼を後押しした。
この世界は半径二メートルまでに縮まっていた。世界は俺たちと桜の幹、頼りない小さな足元の地面しかない。世界が終焉する寸前で、使命にも似た課題を遂行した二人に終劇が待ち受ける。
「私、涼をもっと知りたい……」
栞は幸せに包まれていたようで、紅葉を散らしたような赤い顔をして俺に抱きついてきた。そう満たされていたはずなのに身体は強制的にさらに何かを求めていた。栞はさらに俺を引き寄せて強く抱きしめる。
「えっ!? えっ? えっ??」
栞はなぜか狼狽していた。
強い抱擁に俺も強張る。
栞はこの世界に来てすぐ、端末に流れていたこの世界の説明書を、最後まで読んでいなかった。その説明書の脚注、『相手の告白にOKを出されたらキスをする』を見過ごしていた。
「ちょ、ちょっと、栞!?」
積極的な栞に驚きながらも、俺の身体も自由が利かない。整った栞の顔が近づいてくる。栞の顔は朱に転じていたが、やがて覚悟を決めたのか目を閉じ、唇をぎこちなく突き出した。
「むぐっ!!」
収斂が加速していくこの世界で俺たちの唇が重なる。
感覚が少しずつ鈍くなってきたせいか判らないが、お互いの体温は感じられない。唇が合わさる事で昂る感情を抑えようとする事に精一杯で、頭は理性を失い何も考えられずにいた。
強制的なキスの時間からは開放されたものの、その口は離れない。そのまま俺たちを追い込むように迫っていた白いもやは、俺たちに向かって一気に蝟集し、世界は俺の意識と共に白く掻き消えていった。
ベッドの上で仰向けになっていた栞は、携帯ゲーム機の画面を見ていた。いつから見ていたのか全く覚えていない。その画面はエンドクレジットを流している。ふと半身を起こし机上の小さな時計を見る。いつも部活を終えて帰宅した時間と変わらなかった。
寝てたのかな……、それにしても。
ボッ! と顔が瞬時に赤くなる。
凄い夢だった……。
時間が経つにしたがって夢想でのデートをありありと思い出してきた。しばらく煩悶としていたものの、ベッドから飛び降りて制服を脱ぎだした。そして胴着に袖を通し、黒帯をキュッと締める。
「よしっ! 今夜もがんばろっ!」
頬を叩いて、足取り軽く道場へと向かった。
「凄いね。この世の終わりって、もうちょっと絶望的な感じがしていたんだけど、……あまり怖くない」
俺を見つめ笑顔で続ける。
「それどころか、なんだかこれから何かが始まりそうな気がする」
舞い散る桜の花びらが、栞の笑顔を引き立たせている。
「本当だ、不思議な感じ。死ぬことが物凄く怖かったはずなのに」
俺は微笑みながら返した。
この世界が先刻よりも明らかに狭まっている。さっき俺が出てきた場所はすでに白いもやに飲み込まれていた。一度後ろを確認して俺は心の底から伝える。
「この二ヶ月間楽しかったよ。ありがとう」
「ううん……、それは私の台詞。今まで依怙地になっていた自分が馬鹿みたい」
栞は自然と微笑んで告白する。
「何か自分のプライドみたいなのが邪魔して、素直になれなかったのかも」
その返答に困っていた俺を見て、栞は訥々とだが続けて話し出した。
「こんな時にしか……、言えないなんて卑怯だけど。――私、涼のことが、す、すす……」
栞は一旦胸に手を当てて呼吸を整える。
「好きなの!」
俺の耳元で思いのたけを大声でぶつけた。耳がキーンとする。
白いもやが俺たちを中心に十メートルの距離まで迫っていた。告白した栞を鎮めるかのように優しく両肩を掴み、俺は静かに言った。
「……ありがとう。なんというか、俺は嫌いだと思われていた分、素直な栞が違って見えて、気付けば気になる存在になっていったって感じかな。正直に言うと、今は答えは出せないけど、もっと栞と色々な話しをしてみたい」
栞は上気した顔を綻ばせ大きく頷いた。
「告白はOKって意味!?」
「あー、……どうだろ」
「どっちよ! Yes or Noで答えなさいよ!!」
俺の襟を掴みながら、表情を一転した栞は決断を迫る。
「どっちかっというと……Yes、かな?」
このゲームの隠しパラメータが涼を後押しした。
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「私、涼をもっと知りたい……」
栞は幸せに包まれていたようで、紅葉を散らしたような赤い顔をして俺に抱きついてきた。そう満たされていたはずなのに身体は強制的にさらに何かを求めていた。栞はさらに俺を引き寄せて強く抱きしめる。
「えっ!? えっ? えっ??」
栞はなぜか狼狽していた。
強い抱擁に俺も強張る。
栞はこの世界に来てすぐ、端末に流れていたこの世界の説明書を、最後まで読んでいなかった。その説明書の脚注、『相手の告白にOKを出されたらキスをする』を見過ごしていた。
「ちょ、ちょっと、栞!?」
積極的な栞に驚きながらも、俺の身体も自由が利かない。整った栞の顔が近づいてくる。栞の顔は朱に転じていたが、やがて覚悟を決めたのか目を閉じ、唇をぎこちなく突き出した。
「むぐっ!!」
収斂が加速していくこの世界で俺たちの唇が重なる。
感覚が少しずつ鈍くなってきたせいか判らないが、お互いの体温は感じられない。唇が合わさる事で昂る感情を抑えようとする事に精一杯で、頭は理性を失い何も考えられずにいた。
強制的なキスの時間からは開放されたものの、その口は離れない。そのまま俺たちを追い込むように迫っていた白いもやは、俺たちに向かって一気に蝟集し、世界は俺の意識と共に白く掻き消えていった。
ベッドの上で仰向けになっていた栞は、携帯ゲーム機の画面を見ていた。いつから見ていたのか全く覚えていない。その画面はエンドクレジットを流している。ふと半身を起こし机上の小さな時計を見る。いつも部活を終えて帰宅した時間と変わらなかった。
寝てたのかな……、それにしても。
ボッ! と顔が瞬時に赤くなる。
凄い夢だった……。
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「よしっ! 今夜もがんばろっ!」
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