桜舞う星の下で

北丘 淳士

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初めての外出

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 アシンベル第5地区32棟、4F、402実験室に、60年前アフガニスタンで発見されたクリアボードが立てられていた。上下二か所が固定されている。超硬化アクリル板を挟んだ観測室に黒田と那美、朋、その他研究員と保安員、それになぜか三弥も待機していた。
 本来ならば以前言われたように一人トレーニングに当てられる時間帯なのだが、三弥は先日の逃亡で抵抗の意思を見せなかったことと、万が一の保険のために、急遽黒田から招集されたのだった。
 三弥は彼らが起居する建物から出るなり、初めての外を眺め始めていた。街路に黄色く色づく公孫樹が等間隔に並べられ、肌をくすぐる風が心地よい。綺麗に舗装された白い路面にその風に煽られた公孫樹の落ち葉が舞い落ちる。その様子に三弥は見とれながら32棟まで連れてこられた。
「何か感じる?」
 観測室で那美が朋に尋ねる。
「いいえ、まだ何も」
 朋はプレコグニションやクレヤボヤンスで、その装置を眺めていたが変化はなかった。
「あと何分ぐらいですか?」
 三弥の問いに黒田が答える。
「あと30分ぐらいだな」
「まだちょっと時間があるだろうけど、朋はクリアボードを見ててね。三弥君はクレヤボヤンスで外を見てても良いわよ」
 三弥は胡坐をかいて意識がはずれ、それは部屋の外に飛び出した。まずは同じような建物がいくつか立ち並んでいるのが見えた。さらに先に先にと意識を飛ばす。その後、多種多様ながら一様に白い建物が散見されるようになる。これらもアシンベル関係の建屋だろう、と三弥は朋から聞いていた。さらに先へと意識を飛ばしてみた。青や赤、和風の古式な建物から瀟洒な建物まで、先程よりもバリエーションが多い。民家だろう。三弥は好奇の目で見ていた。
 ただ途中でその建物の色素が薄れてきた。能力の距離が離れすぎてきたのだ。
 ――まだ行けるか。せめて海まで。
 今度は建物の輪郭がぼやけてきた。もう限界だろう。このままではまだ意識が霧散してしまう可能性がある。
 仕方なく三弥はUターンした。戻るに連れて色素が戻ってきた。少し俯瞰した位置からアシンベルを眺めてみると、一目瞭然だった。建屋が巨大なリング状の中に林立している。それはかつて巨大な量子加速器だと聞かされていた。アシンベルリングとは聞いたことあるが、このことだろう。
 すべてが新鮮だった。右往左往と飛んでは見たが海へはたどり着けないものの、朋のテレパスから入ってきた景色が眼下に広がっている。そしてその街が本当に存在している。三弥は402実験室に戻ってきた。意識を元に戻す。
「どうだった、お外は」
 意識がラボに戻って来るなり那美は、にやにやしながら聞いてきた。
「すごかった……。何度テレポートしようか迷いましたよ」
「ふふ、テレポートはダメよ。今度一緒に行くんだから」
 そんな言葉を吐いた那美を、集中していた朋は横目で睨む。
「那美先生、デートですか!」
 那美は、しばらく視線をそらして考えた後、そうよ、と優しく頷いて朋を見返した。
「那美先生、みっちゃんを連れていくなら私も!」
「あなたたち、そんな関係だったの?」
「い、いえ……」と、三弥は拒否するが、「これからそうなるんです! 私のみっちゃんを取らないで下さい」と、朋の言葉が三弥を遮り言った。
 朋の表情は、まるで子供を守る肉食獣のようだった。
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