桜舞う星の下で

北丘 淳士

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悲哀

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 死ねない……、ふと言われて理解が追いつかず、その言葉が頭の中を二三周走っていた。
「えっ……と、や、やだなぁ。からかわないで下さいよ」
「ううん」
 那美は小さく首を振った。
「死ねるのかもしれないけど、死ぬ方法が分からない」
 二人の間に静寂が漂う。鳥の鳴き声だけが割り込もうとする。
「那美さんは、その……、宇宙人かなにかなんですか」
 三弥は敢えて冗談めかして言った。場をほぐそうという気もあった。
 那美は小さな笑みを見せる。
「でもそうかもね。最初の記憶すらないわ残念ながら。生まれた場所も時代も全く分からない。一度ミイラ化した影響か、それ以前の記憶がないの」
 絶句していた三弥は、なんとか固い唾を飲み込む。
「60年前、私はミイラ化した状態で発見されたの。でも死ねない。何度か死ぬ実験をしたわ。だけどケガや毒がすぐに中和される。だから……」
 そこで一旦、那美は言葉を区切った。そして三弥を見つめる。
「私を殺してくれる人を作ってるの」
「殺してくれる人……」
「あなたよ」
 細く白い人差し指で三弥の鼻先を指差す。三弥とは対照的な屈託のない笑顔で彼を見つめた。
「いずれ三弥君には私を殺す力が備わるわ。多分」
「……えっ、どうしてですか」と三弥は驚嘆の表情を見せる。
「この不死の能力のおかげで、このアシンベル研究所で超能力研究棟を預かることが出来てるの。ギブ&テイクってやつね。最初にアシンベル所長と会ったとき、所長は私の能力にひどく興味を持っていて研究に協力してくれたけど、結局なにも解析出来ないまま他界してね。私の能力で肌の色や姿を変える事は出来るから、ここの一員として、ひっそりと所属できているわけ。1回アシンベルを引退して、また別人になって今回は2回目よ。私ね、人類がこのレベルにまで到達するのを待っていた気がするわ。やっと、やっとね……死ねる可能性が見えてきて、うれしいの」
 瞬きと同時に那美の左目から一粒の涙が零れた。
 三弥には想像もつかない人生を送ってきたのだと、その嬉し涙から感じることしか出来なかった。
「俺は……、俺、那美さんを失いたくない……。もし死ぬ方法が分かっても、死ぬのはもう少し後でもいいじゃないですか」
「そうね。もし三弥君のおかげで普通の死で一生を終えることが出来るならば、恋愛して、子供を何人か作って死にたいわ。出来るか分からないけど」
 那美は三弥の肩に頭を預けた。
 輝度を落とした橙の太陽が、半分だけ沈んでいた。もうすぐシステム化された夜の帳が下りる。
 帰りましょう、と三弥がそう言って差し出した手を、那美は優しく手にとり、三弥はコンソール前にテレポートした。
「そうそう。言い忘れていたけど、明後日の10時からアシンベルで大掛かりな実験というか観測があって、それに、朋に立ち会ってもらう事になったから」
「観測……、ですか?」
「うん、明後日は朋と訓練の予定だったけど、三弥君一人でやっててね」
「ええ、わかりました」
 二人はコンソール上の白斑に手を当てて、軽い衝撃と共に研究所へと戻っていった。
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