濁渦 -ダクカ-

北丘 淳士

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発覚

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 フーリエがトーアの本を読み始めてから一年が経とうとしていた。彼女はバングがいる時にしか部屋に入れないため、まだ片方の本棚の三分の二しか消化できていない。バングがいる時は、いつも彼の部屋に籠るフーリエに母、カミルは疑問に思っていた。
「フーリエ、おじいちゃんの部屋でいつも何しているの?」
 トーアの本の事は内緒にするようにと言われていたフーリエは、目線を逸らす。
「えーっと……」
 言葉を探るような素振りだったフーリエにカミルは疑念が募りつつも答えを待った。
「えーっとね、本を借りて読んでいるの」
 何か言い訳を考えていたが、トーアの本であることを隠して表面だけを伝えた。
「そう、どんな本?」
「ただの小説……」
「それで最近、難しい言葉も覚えてきたのね。良い事よ」
 そう笑顔で紅茶を啜る母親に対し、彼女は後ろめたい気持ちになった。

 ある日の夜、フーリエはまたしてもバングの部屋で漫画を読んでいた。その漫画は日常系のもので、彼女は声を出して笑っていた。その笑い声にバングもつい笑顔になり、再び小説に目を落としながらコーヒーを啜る。
 だがちょうどカミルがバングの部屋横の廊下を通ろうとする時に、フーリエの笑い声が扉を通して漏れる。
 何をそんなに笑っているのかしら……。
 先日のフーリエの様子といい、今の笑い声に疑問をもったカミルは、入ってはいけないと言われていたバングの部屋のノブをゆっくりと回し、少しだけ扉を開いて中の様子を見た。すると色々な漫画が並んでいる本棚を見つけた。
 あれは漫画……しかもあのサイズはトーアの物。トーアの漫画は禁止されているはず。
 それが本物かどうか、もう一座目を凝らしてみるも、彼女はトーアの漫画だと確信した。
 そんな、お義父さんがトーアの漫画を持っているなんて。だから私をここに入れたくなかったのね。
 ショックを隠し切れず、カミルは扉をゆっくりと閉めた。そして足音を立てずにその場を離れた。
 
 その様な秘密を胸に閉じ込めたまま数日過ぎたカミルは、午前中スーパーに買い物に行こうとドアを開けた時、庭いじりをしていた隣の住人、サブリナに声をかけられる。
「あら、こんにちはカミルさん。今日はコールフーズに行きました?」
「あ、こんにちは。これからですけど」
「今日はサーモンが特売ですよ。早く行かないと売り切れるかも」
「あ、そうなんですか……」
「どうかしました、カミルさん?」
「あ、……いいえ」
 逡巡したカミルは、胸のしこりを取りたいがために聞いた。
「あのぅ、仮にですよ」
「はい?」
「仮にトーアの漫画を持っていたら、どれぐらいの罪になりますか?」
「トーアの漫画……、そんなもの持っていたら、一年ぐらいの実刑でしょうねぇ。多分」
「実刑……」
 いつもと様子が違うカミルをサブリナは訝しんだ。
「誰か持っているんですか?」
「あ、いえ! ちょっと聞いてみただけです。それでは私もコールフーズに行かなくてはいけませんので」
 挙動不審なカミルに手を振ったサブリナは、庭いじりを続けた。その後しばらく中腰で雑草を取っていたので、一回立ち上がり腰を叩いた時、フーリエの家のカーテンが揺れているのに気づいた。滅多に開けていないその窓が開いていたので、揺れるカーテンの隙間から中を見てみると本棚が見えた。
「本棚……」
 さほどコンテンツの無いこの社会で本棚があることが珍しかった。サブリナは、いけないと思いつつも、ついつい中を覗いてしまう。すると一般には売られていないようなサイズの本が多いことに気づいた。背表紙の文字は見えない。
 さっき、カミルさんはトーアの漫画がどうのとか言っていたような……。
 訝しんでいたことを思い出したサブリナは、もう少し中が見える位置に移動した。するとやはり見たこともないサイズの背表紙が並んでいる。眉をひそめたサブリナは庭いじりを途中に部屋の中へと入っていった。
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