2 / 34
小さな正義
しおりを挟む
その日以降、フーリエはバングがいるうちは漫画や小説に浸るようになった。
バングもフーリエ用の椅子を用意し、彼も安楽椅子に揺られながら小説を読んでいる。彼女にとって彼にとっても至福の時間だった。
色々な本を読んだ。
綺麗な女性が変身して悪を倒す。非力だった少年が仲間と共に強大な悪に立ち向かう。頭脳戦を繰り広げて悪を追い詰める。恋愛物やアクション、ミステリ、日常系、スペースオペラ、サイバーパンク……。ただ所謂、悪は純粋な悪ではなかった。悪にも悲しい過去があり、正義と自負している悪もあり、必要な悪でもあった。
ただただフーリエは純粋に多感な時期に色々な情報を、その身や心に沁み込ませていた。彼女自身、語彙力や表現力も増え、複雑なストーリーテリングに溺れていた。
ある時、ふとフーリエはバングに聞いた。
「なんで、こんな面白いものが外には無いの?」
「うーん……」
小説から目を少し上に向けたバングは、相当悩んだ末に答えを出した。
「多様性に配慮せよ。って事かな」
「多様性?」
「フーリエがもうちょっと大人になったら分かるはずだ。まあ、どっちが多様性に富んでいるかは火を見るよりも明らかだけど」
「うーん……」
フーリエは少し考えたものの、すぐに視線は途中の本へ戻っていった。
そんな彼女をバングはコーヒーを啜りながら、温かい目で見ていた。
ある日、学校の廊下の隅。リールがまた他の子を威圧していた。
色々な本を読んで、リールを純粋な悪だと感じたフーリエは、昂った気持ちを抑えきれず、彼に声をかけた。
「ちょっと、止めなさいよ! 嫌がってるじゃない!」
ゆっくりとフーリエを向くリールの表情に気圧されたが、彼女は気丈に睨み返した。
「なんだぁ? お前」
教室がざわつく。皆の視線を背中に受けながらフーリエは再度、声に出した。
「皆も嫌がっているんだから、そういうの止めなさいよ!」
それを見たリールの口の片端が上がる。
「ははーん、お前、こいつの事が好きなんだろ?」
「そんなんじゃない、そんないじめは止めてって言ってるの! 皆が迷惑しているんだから!」
「煩いなぁ」
リールは片手でフーリエの肩を押す。彼女はバランスを崩して倒れそうになったが踏みこたえて、逆に体重を乗せリールを両手で押し返した。
「うわっ!」
まさか反撃がくるとは思ってなかったリールは、バランスを崩して転倒し、背後の白い壁に後頭部を打ち付けた。そしてかなりの衝撃だったようで、頭を切って出血をした彼は泣き出した。頭を少し切っただけだったのだが、頭部からの出血は勢いが強く、摩ったリールの手にはべっとりと血がついていた。
それを見たフーリエは自分のしたことが怖くなり、顔は青ざめ、その場に腰を抜かした。
ど、どうしよう……。
教室からクラスメイトが飛び出し教員のもとに走っていく。教室内は騒然となった。その騒然がフーリエの心をより掻き乱していく。恐怖にかられた彼女の目には涙が浮かんでいた。
リールは保健室で治療、検査を受け、いじめを受けていた生徒とフーリエは職員室で事情を聴かれた。
「本当に申し訳ございませんでした」
母、カミル・アメリと共に、フーリエはリールの家まで謝罪に訪れていた。
「脳に異常が無かったから良いものの、ホントどういう躾をしているんですか、お宅の子供に」
「はい、重々言って聞かせますので」
カミルは何度も平身低頭して、リールの母親の気持ちが治まるのに耐えていた。
フーリエも泣いて謝っていたが、泣いていたのには別の理由もあった。
リールも悪いことをしたのに、なぜ私や母さんだけが謝らないといけないのだろう。
それが悔しくて悔しくてしょうがなかった。
リールの母親の怒りも治まった帰り道、すでに日は落ちていた。カミルが運転する赤いシビックの中で母は諭すように言う。
「フーリエ、先生からちゃんと理由は聞いたから怒らないけど、暴力は駄目よ。わかった?」
「……うん」
フーリエはまだ泣き止んではいなかった。
正しいことをしたのに……。
彼女は、その気持ちが拭えないでいた。
バングもフーリエ用の椅子を用意し、彼も安楽椅子に揺られながら小説を読んでいる。彼女にとって彼にとっても至福の時間だった。
色々な本を読んだ。
綺麗な女性が変身して悪を倒す。非力だった少年が仲間と共に強大な悪に立ち向かう。頭脳戦を繰り広げて悪を追い詰める。恋愛物やアクション、ミステリ、日常系、スペースオペラ、サイバーパンク……。ただ所謂、悪は純粋な悪ではなかった。悪にも悲しい過去があり、正義と自負している悪もあり、必要な悪でもあった。
ただただフーリエは純粋に多感な時期に色々な情報を、その身や心に沁み込ませていた。彼女自身、語彙力や表現力も増え、複雑なストーリーテリングに溺れていた。
ある時、ふとフーリエはバングに聞いた。
「なんで、こんな面白いものが外には無いの?」
「うーん……」
小説から目を少し上に向けたバングは、相当悩んだ末に答えを出した。
「多様性に配慮せよ。って事かな」
「多様性?」
「フーリエがもうちょっと大人になったら分かるはずだ。まあ、どっちが多様性に富んでいるかは火を見るよりも明らかだけど」
「うーん……」
フーリエは少し考えたものの、すぐに視線は途中の本へ戻っていった。
そんな彼女をバングはコーヒーを啜りながら、温かい目で見ていた。
ある日、学校の廊下の隅。リールがまた他の子を威圧していた。
色々な本を読んで、リールを純粋な悪だと感じたフーリエは、昂った気持ちを抑えきれず、彼に声をかけた。
「ちょっと、止めなさいよ! 嫌がってるじゃない!」
ゆっくりとフーリエを向くリールの表情に気圧されたが、彼女は気丈に睨み返した。
「なんだぁ? お前」
教室がざわつく。皆の視線を背中に受けながらフーリエは再度、声に出した。
「皆も嫌がっているんだから、そういうの止めなさいよ!」
それを見たリールの口の片端が上がる。
「ははーん、お前、こいつの事が好きなんだろ?」
「そんなんじゃない、そんないじめは止めてって言ってるの! 皆が迷惑しているんだから!」
「煩いなぁ」
リールは片手でフーリエの肩を押す。彼女はバランスを崩して倒れそうになったが踏みこたえて、逆に体重を乗せリールを両手で押し返した。
「うわっ!」
まさか反撃がくるとは思ってなかったリールは、バランスを崩して転倒し、背後の白い壁に後頭部を打ち付けた。そしてかなりの衝撃だったようで、頭を切って出血をした彼は泣き出した。頭を少し切っただけだったのだが、頭部からの出血は勢いが強く、摩ったリールの手にはべっとりと血がついていた。
それを見たフーリエは自分のしたことが怖くなり、顔は青ざめ、その場に腰を抜かした。
ど、どうしよう……。
教室からクラスメイトが飛び出し教員のもとに走っていく。教室内は騒然となった。その騒然がフーリエの心をより掻き乱していく。恐怖にかられた彼女の目には涙が浮かんでいた。
リールは保健室で治療、検査を受け、いじめを受けていた生徒とフーリエは職員室で事情を聴かれた。
「本当に申し訳ございませんでした」
母、カミル・アメリと共に、フーリエはリールの家まで謝罪に訪れていた。
「脳に異常が無かったから良いものの、ホントどういう躾をしているんですか、お宅の子供に」
「はい、重々言って聞かせますので」
カミルは何度も平身低頭して、リールの母親の気持ちが治まるのに耐えていた。
フーリエも泣いて謝っていたが、泣いていたのには別の理由もあった。
リールも悪いことをしたのに、なぜ私や母さんだけが謝らないといけないのだろう。
それが悔しくて悔しくてしょうがなかった。
リールの母親の怒りも治まった帰り道、すでに日は落ちていた。カミルが運転する赤いシビックの中で母は諭すように言う。
「フーリエ、先生からちゃんと理由は聞いたから怒らないけど、暴力は駄目よ。わかった?」
「……うん」
フーリエはまだ泣き止んではいなかった。
正しいことをしたのに……。
彼女は、その気持ちが拭えないでいた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
紺坂紫乃短編集-short storys-
紺坂紫乃
大衆娯楽
2014年から2018年のSS、短編作品を纏めました。
「東京狂乱JOKERS」や「BROTHERFOOD」など、完結済み長編の登場人物が初出した作品及び未公開作品も収録。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
Last Recrudescence
睡眠者
現代文学
1998年、核兵器への対処法が発明された以来、その故に起こった第三次世界大戦は既に5年も渡った。庶民から大富豪まで、素人か玄人であっても誰もが皆苦しめている中、各国が戦争進行に。平和を自分の手で掴めて届けようとする理想家である村山誠志郎は、辿り着くためのチャンスを得たり失ったりその後、ある事件の仮面をつけた「奇跡」に訪れられた。同時に災厄も生まれ、その以来化け物達と怪獣達が人類を強襲し始めた。それに対して、誠志郎を含めて、「英雄」達が生れて人々を守っている。犠牲が急増しているその惨劇の戦いは人間に「災慝(さいとく)」と呼ばれている。
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる