魔法と科学の境界線

北丘 淳士

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 その瞬間、旭は木製の家にいた。生活に必要な小物まで揃い匂いまで感じる。旭の実家を思い出すような光景が広がる。窓の外からは海が見えた。種類は分からないが動物の鳴き声もする。旭が呆然としていると部屋の扉が開き、一人の若い女性が入ってきた。
『あ、そちらの椅子に座ってて下さい』
 その黒髪の女性はティーセットをトレイに持ちながら目線でその椅子を指す。
「あ、はい……」
 旭はその部屋の戸口から椅子に移動し座る。女性が茶器を用意し、カップにお茶を注ぐ。
「あの、ここは……」
『夫はすぐに来ると思いますので』
 カップにお茶を注ぎ終わった女性は、カップだけを残し茶器を下げた。そして旭を見て微笑み、部屋を出ていこうとした。カップからは香ばしい匂いが漂う。トレイを持ったまま彼女は開けておいた扉を全開にし、奥へと戻っていく。その扉から子供の笑い声が聞こえた。それと同時に男の笑い声が近づいてくる。女性と入れ替えに、旭が着ているボディースーツとは、また違うそれを着た中年の男性が入ってきた。
『やあ、初めまして。ここで私と会話できるようだと、ようやくトリオンの民はジラニ36を開くまで科学技術が発展したようだな』
 その言葉は日本語で脳内に響いているようだった。
「あ、あなたは……」
『私はトラム、トラム・ダグラニという者だ』
 トラム・ダグラニ、トラム――!
 旭の中でいくつものピースが繋がった。
 その男、トラムは旭の近くの椅子に座った。
『私たちは地下に非難しているトリオン人を一箇所に集め、トリオン人をフレアによる滅亡から防いだ。かつて私たちの科学技術は自力で小宇宙を作るまでに至ったが、時は遅くわずかな程度しか、それを利用して宇宙に放てなかった。私は何とか民衆を掻き集め科学技術を継承するように、と思ったが、突然のことで技術を放棄するしか出来なかったんだ』
「地下に非難しているトリオン人?」
『ああ、遊離中性子星が運悪く恒星のフレアを巻き上げ、それが私たちの星を襲ったんだ。……その表情から察するに、トリオン人は地上に戻れたのかね?』
 その問いに、旭は思わず首肯した。
『そうか! 私のハーラフがうまく作動したのか!』
 ハーラフ?
 旭の頭には色々な疑問が渦巻いたが、とりあえず始めから質問することにした。
「先ほど、フレアと言いましたが……」
『ん? フレアの事は伝わってないのかね』
 何も語らない旭を見て、トラムは物悲し気な表情と共に続ける。
『フレアがトリオンを襲ったのだ。十三万年前になる』
 十三万年前……。
 旭は地球物理単位系が通用することに驚かなかった。ただ、こうしてあのラグラニアの開発者と会って話が出来る事が光栄だった。だが今こうして対話できるということは、AI(人工知能)ならぬAE(人工存在)に近い技術が使われているのだろう、と旭は思惟した。
「フレアが襲ったとなると海は蒸発し、金星のようなとても人が住めない環境になってしまうはずですけど」
『ああ、だからハーラフなのだ。惑星改造と言えば分かるかな?』
 惑星改造……、ああ、テラフォーミングか。テラフォーミングの装置なのだろう。
 旭は驚嘆と共にそう解釈した。そして言葉を紡ぐ。
「えーっと……、私たちは遠く離れた地球という星からやってきました」
『そうか……、トリオン人ではなく、そのチキュウという星に言った皆のほうが先にジラニ36を開くことに成功したのか。ところで今トリオンはどうなっている?』
「トリオンなら復興に向かって順調に発展しています。宇宙レベル1に到達するまで、まだしばらく掛かるとは思いますけど」
『それならばチキュウの文明をトリオンにも分け与えてほしい。私もこのトリオンで数々の発明をした。ジラニ36の道が開いたのならば、それらは『起動せよ』と命じれば扱えることが出来る。科学文明が一旦衰退すると、人類は原始的な生活に一気に後戻りしてしまう。早く科学力を回復させて、また来るであろう宇宙規模の災厄からトリオンやチキュウの民を守ってほしいのだ。それだけが私の心残りであった。もし君が私と同じ科学者ならば分かってくれると思っている』
「あの……、ラグラニアはどういったメカニズムで飛行しているのですか?」
『あれはジラニ36から漏れるエネルギーをある結晶化し、それをエネルギー元にして飛ばしたのだ』
「ある結晶?」
『ああ、ジラニ36から抽出されるエネルギーは変換効率が高く、それを結晶化したのだ』
「結晶化してエネルギーとして使えるのですか?」
『ん? それを知らないという事は、まだタービンを回しジェネレーターで電気を起こしているのかね』
「え、あ、はい……。核融合炉で」
 トラムは小さく息を吐いた。
 その仕草に旭は急に恥ずかしさを感じた。ラステア城でリータが感じていた気持ちも、こういう感じだったのだろうと思った。
「色々なところで利権の為に邪魔が入って、なかなか次世代のエネルギー変換を実行に移すことが出来ないのです」
 旭の口から、つい言い訳のように言葉が出た。
『そうか、まずはその非効率なエネルギー変換から脱却することだな。次世代リアクターの基本原理を教えよう。重量がエネルギーに変換されるのは知っているな』
「あ、はい」
 そのまま旭はトラムの言葉を聞き続けた。いくつか知らない単語や技術があったので、LOTに記録しようとしたが、それは反応しなかった。仕方なく旭は出来るだけ鮮明に記憶する。体感で一時間ほどの講習を受けた。

 殆ど分からねぇ……。
 旭は項垂れる。地球の科学力では、まだまだ到達出来ない巨大な壁がそこにはあった。消沈していた旭だったが、まだまだ聞きたいことがあった。
「ところで、あのラグラニアの使い方など教えていただけませんか?」
 目覚め始めた旭の使命のようなものが後押しし、唐突に口に出た。
「ああ、そうだな。トリオンとチキュウを結ばないと技術交換ができないからな」
 そう言ってトラムは手のひらを床に向けた。すると旭がラグラニア内で見た黒い筐体が小さいサイズで浮かび上がる。
「基本操作は教えておこう」

 十五分程、旭は基本操作を学んだ。地球に帰れる事に旭は安堵した。
『ある程度知りたいことは聞いたようだな。長時間ここにいると精神的に疲弊するだろうから、一旦休むと良い。まぁ話を鑑みるにチキュウでも後100から150年も経てば自然と私たち程度の技術革新が起こるだろう。私はいつでもここにいる。科学の話でも、世間話でもよい。話したいことがあったらいつでも白斑を押すがいい』
 トラムは立ち上がって、少し張った声で言う。
『ソニア、アグニス、お客さんがお帰りだ』
 すると先ほどの黒髪の女性と、声の主だろう子供が扉を開けて出てきた。二人は軽く微笑む。
『それではまたな、科学の子よ』
 気付けば旭は白斑を押したまま意識は現実世界に戻っていた。
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