魔法と科学の境界線

北丘 淳士

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決意

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 その日の夕方。
 リータの部屋にある、もう1つの扉を出て、旭の部屋以上の幅の廊下をリータに連れられて彼は進む。地球からやってきた3人に部屋を宛がい、落ち着いた隙にリータが旭だけを部屋から連れ出した。
 その廊下に敷かれた緋毛氈は擦れた感じもなく、日々の手入れが行き届いていた。両側の壁には扉もなく、この長い廊下は構造上の設計というよりも儀式上そのような造りをしている。
「なあ、リータ。仕事って何だ?」
 少し前を行くリータに、旭は何気なく聞いてみた。
 王女の仕事と言えば、たまに映画などでみる社交界の集いとか、書類に判子を押したりだとか、参賀のような民衆に顔を見せたりする程度のことしか思い浮かばない。その中で自分が出来ることと言えば、判子を押す手伝いぐらいだろう。リータの部屋でやらないのだろうか――、とも思った。
 廊下の突き当たりの扉が開くと、ざわめきと同時に強い恒星アジブの斜陽が旭の目を射る。
「来て頂ければ分かります。アキラ様にしか出来ないことですので」
 そう言って漏れる光を背後に振り返ったリータは、顔が朱に色付いていた。
「俺にしか出来ないとなると、やぶさかではないけどね……」
 その答えにリータは、笑顔で小さく頷いた。

 やぶさかにしておけばよかった――。
 ラステア城のベランダに旭とリータは立っている。傍らには2人の騎士。
 旭たちはただ立っているだけなのだが、そんな彼に注がれるのは数千、いや、万に達しているかもしれない無数の視線。ベランダから30mぐらい下にある広場には、ラステアの街人が城内の広場にひしめき合っていた。その全ての民の視線が、リータと旭を食入る様に見つめている。
 その視線は鼻の奥や毛穴まで見られているようだ。入学式での挨拶の緊張どころではない――。
「リ、リータ……、なんで俺が……」
「アキラ様、そんなに固くならずに、軽く笑顔で手をお振りになって下さい」
「あ、ああ、うん……」
 少し微笑んだリータは街灯を指さした。
「それよりも街のあの光をご覧ください。御存知とは思いますが神具の一つ「小アジブ」と呼ばれるもので、今までモニュメントの一つに過ぎなかったのですが、アキラ様が現れて私たちを祝福するかのように白く輝いています」
 リータの話は旭の頭の中に入って来なかった。
 頭の中が真っ白になりそうだ。何となく手を振っていることは分かるが、自分がどんな表情で何でこんな事になっているのかが全く分からない――。
 そのような旭のそばでリータは膝まづき、旭の手を取った。
 街人の歓声が突然止む。
 旭はその状況が理解できなかった。
 そしてリータは旭の左手の甲を自分の額に着けた。その瞬間、街人の声が一気に爆発した。その声は歓声だった。
「え……、何?」
 我に返った旭は、その意味が分からなかった。 
 そしてリータは戸惑う旭のそばで立ち上がった。首筋まで真っ赤になっている。リータはそのまま体を寄せてきて、旭の首に細い腕を回し抱きついた。
 民衆の中には慌てて走り出す者もかなりいた。旭たちが入ってきた門とは逆の方向に走っていった。参賀専用の門がそっちのほうにあった。
 その所作は、「私は生涯、あなたと添い遂げる」という意味だった。

 ラステア王女リータの決意は、瞬く間にラステアの街に流布された。夕刻、街人が郊外の田畑で仕事を終え、街に人が集まり出してきたため、その情報は口伝され、さらに夜の街に広がっていった。その噂がアベルディの耳朶に触れるのも、そう遅くはなかった。

 その日の夜、再びリータと共に3人は円卓で食事を取っていた。
 だが昼間とは違い、リータは如実に旭との距離を縮めていた。
 その距離感にエディアは苛立ちを隠せない。
「ちょっと、距離が近いんじゃない?」
「いいえ……、そのような事は……」
 だがリータは上気した顔を見せる。
 リータは自分で後戻りが出来ないような状況にしてしまった。それは彼女の決意だった。民衆の前で、男女二人っきりの時にしかしないような所作をしたのだ。その突飛な行動に後から聞いたラムザも驚きを隠せなかった。
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