魔法と科学の境界線

北丘 淳士

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約束

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 旭の背後で山代が笑いを堪えて状況を楽しんでいる。
 この2人の雰囲気を変えるため、旭はリータに山代を紹介した。
「俺たち2人は学生で、この人は俺の講師。山代教授だ」
 やっとといった感じで山代がリータに挨拶する。
「君が東城君が気にかけていたリータ君か。リータ姫と言ったほうがいいかな?」
「いいえ、リータで結構です。挨拶が遅れて大変失礼致しました。それにしてもアキラ様の講師をやってらっしゃるなんて、さぞかし聡明な方なのですね」
「いいや、そうでもないよ。それより幾つかお願いがあるんだが、私たちと同じ服を着ている男をあと1人探しているんだ。心当たりや情報などあるかな?」
「いえ……、アキラ様ちたの話は伺いましたが、それ以外の事は……」
「持てる全チャンネルでコランダムにアクセスを試みるも、梨の礫だ。……ここは人工衛星もネットも無いから不便だな」
「先生……」
 旭は、山代とリータを交互に見つめる。
「あっ、すまんリータ君。悪気があって言った訳じゃないから」
 だがリータは首を傾げて黙っている。教授の言った内容を理解出来てないようだった。
「不便と言ったのは失言だった。申し訳ない」
「いえ、大丈夫です。神祖の方々からすれば、ここは不便だと思います」

 リータと三人は先導する騎士の後に続き、リータの部屋に向かっていた。エディアは旭の隣で笑顔で話しかけている。その赤銅の髪が楽し気に揺れている。
 リータはその後ろからエディアを見ていた。
 綺麗な人……。そう、神祖の「民」と言われているぐらいだから、アキラ様にも仲間がいて、恋愛感情もあるのだろうと予想はしていた。……でも。
 先ほどのエディアの言葉が、ずっと彼女の心に刺さっていた。
 一夫一妻制……。こんなに文明の低い世界の女性を好いてくれる可能性は低いかもしれない。それに私は王女とはいえ、相手は神格……でも……。
 そう悩んでいるうちに、一団はリータの部屋の前まで着いてしまった。
 リータの部屋にエディアと山代、ラムザ、その傍に銀色の甲冑を身に纏った騎士が2人、あとはリータの身の回りの世話をしている侍女が2人が入ってきた。だがそれだけの人数がいても全く狭さを感じないほどの広さがある。
 リータの部屋は、旭が想像していたものと、あまりかけ離れてはいなかった。11年前の廊下で見えていた赤い絨毯。そしてリータが見せてくれた本も、室内に設えられた本棚の一隅に綺麗に並んである。
「あっ、覚えているよ、この本! まだ途中だったんだ」
 その言葉にリータの心は跳ね上がった。
「そうです! だからこの叢書はすぐに出せるよう、すべてここに保管しているんです! アキラ様が見られていた本も、すべて書架室に厳重に保管しています」
 先ほどの悩みは吹き飛び、リータは思わず目を輝かせて旭に説明した。
 旭は当時を思い出して顔が綻び、リータもその本を指差す。
「ここです、アキラ様。ここにアキラ様が現れたんです」
 そう言ってリータは床の一角を両手を広げて示した。その場所は微かに暗闇がかっていた。おそらく映像の投影先が、宇宙空間になっているのかもしれない、と旭は考えた。
「最初、突然現れて、本当にびっくりしたのを覚えています。覚えてらっしゃいます?」
 そういってリータは可愛く唇を尖らせながら、優しい笑顔を見せる。
「もちろん覚えているよ。……リータとの時間は刺激的だった。本当に楽しくて、次に会えるのが待ち遠しかったよ」
 リータは少し面映い表情をし、手のひらを自分の胸に置いて旭を見る。
「私もそうでした。アキラ様との時間を邪魔されたくなくて、ラムザ枢機卿や侍女も立入らせなかったんですよ。……もう11年ほど昔の話なんですね。つい最近のことのようですが、あの時間は私にとって大切な思い出です」
 そう言ってリータは再び懐古の情に満ちた遠い目をした。
「あの日以来、アキラ様が姿をお見せにならなくなって、嫌われたのかな……、と物凄く悲しくなったのを覚えています。何日も何日も待ったのですが、とうとう現れて下さらなくって……」
 ジーッとこっちを見るエディアとリータは一瞬、目が合った。
 旭はそれに気づかず会話を続けた。
「本当、あの時これを見せそびれちゃって」
 旭は胸ポケットから、最近新しく焼き直したリータの写真を2枚取り出した。
「写真って言葉、覚えている?」
「シャシン! もちろんです!! やっぱり、お持ち下さったのですね!」
「うん、リータ。ずいぶん遅くなってしまったけど、受け取ってくれないか?」
 リータの白く細い指は、旭の手から写真を優しく受け取った。その手は過去の触れ合えないそれではなく、温かみを感じるものだった。
 わぁ! と歓声を漏らしながら、子供が宝箱を覗き込むような満面の笑みを見せた。
「凄い! 凄いです……。幼い頃の私の肖像画はいくつもあるのですが、シャシンって凄いですね! あの頃の楽しかった思い出が、そのまま残ってますもの!」
 写真を凝視していたかと思うと、それを胸に抱き、また2枚の写真を交互に見る。あまりの喜びように、旭も釣られて笑顔になった。
 良かった。リータが喜ぶこの姿を見たかったんだ――。
 ここに来るまでが長かった。必死になって勉強し、狭き門のアシンベルアカデミーに入り、ラグラニアを発見することが出来て、そして遠く離れたトリオンに来てしまった。凄い体験だった。おそらく一瞬で地球からトリオンに着いたはずだ。理論や理屈すら分からない魔法のような力を借りて、実際にリータに会うことが出来た。目標を達成して少し寂しい思いをするのかもと思ったけど、まだジェリコやエディア、山代教授を地球に帰さなくてはいけない。ラグラニアを解析すれば、ここトリオンと地球だけでなく、他の星へも移動することが出来るはずだ。科学に行き止まりはない。もっとやることがある――。
 旭の心の中に少しずつ確かなものが芽生え始めた。
 旭はリータの左手を両手で握った。リータの手は旭より少し冷たかったが、触れているという感覚が、この遠い異国の地に下りた不安を取り除いてくれた。そして実際触れられなかったリータとこうやって触れ合えるだけで、今までの努力が結ばれている感じがした。
「リータ、幾つかお願いがあるんだけど」
 旭は気を取り直して言う。
「何でしょう、アキラ様」
「俺たちが出てきた博物館があるよな。その展示物に俺たちが乗ってきたこれぐらいの船があるんだけど、俺たちは使っても大丈夫……なんだよな」
 手を肩幅に開きながら、敢えてそれが自分たちの物、というような言い方を旭はした。
「そのサイズで船ですか!? ……ええ、それはもちろんですが、まさかニホンに帰られるんですか!?」
 リータは旭が再び日本に帰ることに、悲観の瞳を向けてきた。
 この雰囲気では、帰る、とは言いづらい――、と旭は思った。
「精密検査をしたいんだ。トリオンに着た時、俺達の1人が船を雑に扱ったからね」
「ならば大丈夫です。館長には私の名前で伝書を送りますので、今日明日にでも、この城に持参させます。ただ、ニホンに帰るのでしたら、必ず私も連れて行って下さい!」
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