魔法と科学の境界線

北丘 淳士

文字の大きさ
上 下
93 / 114

孤独という弱さ

しおりを挟む
 ようやく泣き止んだエディアは、真っ赤になった目を擦りながら呟いた。
「なんでキタノ教授は……パパは、私のパパだということを黙っていたのかしら……」
 北野教授は確かに、頃合を見計らって本人に言う、と旭に言っていた。
 家族を置いてアシンベルの研究所に来たことに負い目を感じていて話せなかったのだろうか――。
 だが残された者にとっては、それすらも今となっては分からない。
「だから、あれだけ私に対して厳しかったんだわ……」
「それが教授の優しさだったんだろうな。教授と何度か2人っきりになったとき、『ロックベリーを頼んだぞ』と何度も俺に言ってきたから」
「アキラは、教授が私のパパだってこと知ってたの!?」
 旭は頭を振った。
「いいや、それは教えてくれなかった。誰かの忘れ形見だとか、エディアの父さんを知っている、とは言っていたが、それについて頃合を見て話すから、絶対にエディアには言うなと言われてて」
「そう、それなら仕方ないわ……。でも、ママからの時計をパパはずっと大切に身に着けていたことが嬉しくって、ママも浮かばれると思う」
 今まで子供のように泣いていた照れを隠すように彼女は、はにかんで見せた。
「それに……、パパはすでに他界しているのかもしれないとも思っていたから、そこまでショックじゃないの。でもね……」
 無理やりはにかんだエディアの相貌に翳が降りて、声が震えだす。
「……急に1人ぼっちだと思ったら、こんな遠い星の地で死ぬかもしれないなんて考えたら……私、怖い」
 再びエディアの黒い眸に、じわりと涙が溜まり始める。
「アキラ、お願い。私を1人にしないで」
 そう言って、エディアは旭の首根に手を回して、小さく整った顔を近づけてきた。そして薄く綺麗な唇が旭の口を塞ぐ。
 山代教授が――、と旭は一瞬思ったが、こっちを向いている気配は無い。
 それよりもいつも溌剌としてて高慢ですらあるエディアの気弱な姿に、旭は庇護欲を刺激された。彼女を必ず守って、そして絶対地球に帰そうと決心しながら、彼女の唇を受け入れた。それは、今まで味わったことの無い柔かさと暖かさを感じた。だがそれもすぐに溶け合って1つになり、エディアの気持ちが流れ込んでくる錯覚へと変わっていく。
 彼女の背中に手を回し、強く抱き締めた。
 気丈に振舞う彼女の本当の弱さも今まで知らなかったなんて、俺は今まで一体エディアの何を見ていたのだろう。人は1人では生きられない。孤独を厭うからこそ未来へ命を紡いでいける。そして今、地球では母さんは俺が行方不明になったことで、孤独と焦燥を味わっているはずだ――。
 小さな決意が芽生え始めた旭はエディアから唇を離し、仄かに赤く染まった彼女の顔を見ながら言う。
「俺が絶対にエディアを地球に帰す。そしてジェリコも連れて帰ろう。……エディアにとっては憎いだろうけど」
 エディアは微笑みながら軽く首を振る。
「パパはジェリコの逆恨みで殺されたけど、そのオオクマ教授を、ジェリコのパパの暴挙を止められなかったことに苛まれ続けてきたらしいから、そんな教授の……、パパの優しい性格を私は誇りに思うわ。ジェリコを憎んだら、そんなパパの遺志が台無しになってしまう。私は……、許すわ。それで怨恨の鎖を断ち切りたいもの」
 エディアは言葉にしたことで、どこかすっきりとした表情に変わっていた。
「アキラはパパと色々話していたのね。色々教えてくれる? パパのこと。パパとどんなことを話ししたのか」
「ああ、もちろん。でも、とりあえずここを出てからゆっくり話そう。その前にジェリコを捕まえるんだ。それが北野教授の遺志でもあるから」
「うん!」
 涙で充血し、ウサギのような赤い目で旭を見つめ、エディアは力強く頷く。そして彼女は手に持っている父親の時計を、愛しげに自分の手首に回した。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ヒトの世界にて

ぽぽたむ
SF
「Astronaut Peace Hope Seek……それが貴方(お主)の名前なのよ?(なんじゃろ?)」 西暦2132年、人々は道徳のタガが外れた戦争をしていた。 その時代の技術を全て集めたロボットが作られたがそのロボットは戦争に出ること無く封印された。 そのロボットが目覚めると世界は中世時代の様なファンタジーの世界になっており…… SFとファンタジー、その他諸々をごった煮にした冒険物語になります。 ありきたりだけどあまりに混ぜすぎた世界観でのお話です。 どうぞお楽しみ下さい。

宇宙戦艦三笠

武者走走九郎or大橋むつお
SF
ブンケン(横須賀文化研究部)は廃部と決定され、部室を軽音に明け渡すことになった。 黎明の横須賀港には静かに記念艦三笠が鎮座している。 奇跡の三毛猫が現れ、ブンケンと三笠の物語が始まろうとしている。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

NPCが俺の嫁~リアルに連れ帰る為に攻略す~

ゆる弥
SF
親友に誘われたVRMMOゲーム現天獄《げんてんごく》というゲームの中で俺は運命の人を見つける。 それは現地人(NPC)だった。 その子にいい所を見せるべく活躍し、そして最終目標はゲームクリアの報酬による願い事をなんでも一つ叶えてくれるというもの。 「人が作ったVR空間のNPCと結婚なんて出来るわけねーだろ!?」 「誰が不可能だと決めたんだ!? 俺はネムさんと結婚すると決めた!」 こんなヤバいやつの話。

ガラスの世代

大西啓太
ライト文芸
日常生活の中で思うがままに書いた詩集。ギタリストがギターのリフやギターソロのフレーズやメロディを思いつくように。

鉄錆の女王機兵

荻原数馬
SF
戦車と一体化した四肢無き女王と、荒野に生きる鉄騎士の物語。 荒廃した世界。 暴走したDNA、ミュータントの跳梁跋扈する荒野。 恐るべき異形の化け物の前に、命は無残に散る。 ミュータントに攫われた少女は 闇の中で、赤く光る無数の目に囲まれ 絶望の中で食われ死ぬ定めにあった。 奇跡か、あるいはさらなる絶望の罠か。 死に場所を求めた男によって助け出されたが 美しき四肢は無残に食いちぎられた後である。 慈悲無き世界で二人に迫る、甘美なる死の誘惑。 その先に求めた生、災厄の箱に残ったものは 戦車と一体化し、戦い続ける宿命。 愛だけが、か細い未来を照らし出す。

宇宙人へのレポート

廣瀬純一
SF
宇宙人に体を入れ替えられた大学生の男女の話

処理中です...