魔法と科学の境界線

黒紫の瞳孔

　背中に圧し掛かっていた死の重みから一瞬で開放された旭は、唖然と山代を見ていた。そんな旭にエディアが駆け寄ってくる。エディアに抱き締められながら、すぐに旭はジェリコを見た。黒い筐体に頭部を強かに打ちつけ、苦悶の表情で呻いている。手に持っていたセラミックのようなアイボリーの鋭利な刃物は、教授がすぐに間合いを詰め、彼の手の届かない後方に蹴り飛ばした。
「うぐ……、うう……」
「コランダム！　投降するんだ。東城君、ここにいる４人をここから外に出すことは出来るな。やってくれ！」
「あ、はい！　エルザ！　ここにいる４人を……」
「させるか！」
　途中で旭の指示を遮ったジェリコは立ち上がり、黒い筐体を乱雑に触り始めた。筐体に浮かんでいた紅い文字が、ジェリコの手の流れに沿って現れては消え、やがて一つの小さな丸い白斑が筐体の右下に浮かびあがった。慌てた山代がジェリコを羽交い絞めにして制しようとするも、ジェリコが一瞬速かった。ジェリコは躊躇いもせず、その白斑を叩く。すると今まで真っ白だった周囲の壁が研究室内を映し出した。
　旭は一瞬外に戻ったのかと錯覚した。近くにはショックウェーブブラスターを手にした４人の保安員の姿も見える。そして筐体を挟んで、その正面の画面に左回転の黒紫色の渦が現れ、それが瞳孔のようにスッと開くのが見えた。その黒紫の瞳孔は、旭たちを観察しているようにも見えた。その黒円のサイズはおよそ直径５０ｃｍ。
「……サブスペースゲートだ」
　ジェリコを羽交い締めしている山代が力を緩めながら呟いた。
　途端、エルザの声がコクピット内に響く。
「ジラニ３６を通じてトリオンへ移動します。１０、９、８……」
　ジェリコはその音声を聞いて、乱心したように喚き出した。
「ははは……！！　この俺に、父さんがたどり着けなかった科学の粋を見せてくれ！！」
　ジェリコは我を失っている。ようやく冷静を取り戻した旭は、エルザに叫んだ。
「エルザ、運転を停止しろ！！」
「操舵命令に関しましては、コンソールからの手入力でお願いします」
「じゃあ、ここにいる４人を外に！」
「発射準備に入ってますので、コンソールからのコマンドで運転を停止してください」
　その応えと同時に、カウントダウンは二重音声で留まること無く進んでいる。
「……１、０――」カウントダウン終了後、周囲の景色はジェリコの高笑いと共に黒紫の闇に包まれた。