魔法と科学の境界線

北丘 淳士

文字の大きさ
上 下
84 / 114

錯乱

しおりを挟む
「そんな……」
 5分ぐらい経ったのだろうか、ジェリコが呻くようにしゃべり出した。「父さん、なんで……」
「コランダム……、科学者は結局、見栄や好奇心で動く人間が大半なんだ。君の父さん、大熊教授は亜空間に魅入ってしまったんだ。その業を誰も責めることは出来ない。欲望と科学は切っても切り離せないものだから」
 その時、ジェリコの脳内に埋め込まれた極小のカプセルが割れた。それは『降臨の日』が幹部クラスに埋め込むナノマシンの自爆装置だった。死亡した時、自動的に割れるもので、ジェリコの生体反応が地球上から喪失したことで、それが作動した。脳を破壊して、教団の真に迫る情報を引き出せないようにしたものだ。ナノマシンがジェリコの脳内に入り込み、『降臨の日』の機密情報そのものを破壊するように浸食する。
 だがそこで抵抗したのが、アシンベルアカデミーに入学した時に摂取したナノマシンだった。『降臨の日』とアシンベル科学都市の戦いが、ジェリコの脳内でも始まった。
「うっ……、ぐっ……! あっ、ああーーっ!!」
「コランダム! おい、どうした!!」
 山代が駆け寄り、痛みに頭を押さえてうずくまるジェリコに駆け寄った。
 
 しばらく痛みに耐えていたジェリコだったが、やがて容体は呼吸と共に安定してきた。
「……そうだ、父さんは悪くない」
 ジェリコのその言葉に山代教授は一瞬安堵の表情を見せた。
 だが『降臨の日』のナノマシンはジェリコの記憶を一部、削り取った。
「ああ……、父さん。これが、父さんが俺に見せたかった世界なのか」
「コランダム?」
 ジェリコの背を摩りながら隣で山代は訝しげに彼に問う。
「ぐっ……!」
 ジェリコは膝に全体重を乗せてきた。旭は思わず肺の中の空気を呻き声と同時に全部出してしまう。
「アキラ!!」
 目の色が変わったジェリコに山代は飛びのいた。
「このような神のごとき科学の力を使えるのは、俺だけだ! 二人もいらない! 悪いな旭、散れ!!」
 エディアの声が少し遠くに聞こえる。ジェリコはアイボリーのブレードを掲げた。「散れ」と言う言葉に見えた殺意が凝縮され、旭の首筋にジェリコの意識が集中しているのを彼は感じた。
 父さんと母さん、北野教授、リータ、エディアの顔がほぼ同時に一瞬で浮かぶ。17になったばかりだ。父さんよりも10年も早い一生だった。死の瞬間なんて、なんてあっけない。バッテリーの残量管理システムが故障したアンドロイドが、ある日いきなり無言で活動を停止するように、死というものは突然やってくるものだと気付くなんて、人間って、なんて平和で間抜けなんだろう――。
 そんな思いが一瞬で駆け巡ったが、訪れるはずの死がやってこない。
 教授のショックウェーブブラスターが、ジェリコをふっ飛ばしていた。
しおりを挟む

処理中です...